478 快適な夏の過ごし方
高気圧様、ご滞在中につき。
寝苦しさのあまり毛布を蹴飛ばし、だけどセーレたんだけはキッチリと抱きかかえたまま眠った翌朝のリビングでのこと。
……いやあ、それにしても無意識ってスゴイね。 おかげで寝冷えしませんでした。
「すっかり手放せなくなったわね~♪」
色は同じでも、バリエーションはわりとあるお袋の白ワンピ。 俺がプレゼントしたコサージュを後ろの髪につけ、首には例のチョーカーをつけたお袋がその首元を触りながら言った。
少し細いタイプの黒いチョーカーが、普段は白一色のお袋に目新しいアクセントを加えている。 ちなみに、ワンポイントの花飾りは白い。
「寝るときには、つけられないのが惜しいですねー」
少し大きめのピッチャーを持ち、チャロちゃんが隣のマールちゃんにお茶を入れる。 二人の首にもしっかりとチョーカーがつけられていて、メイド服との組み合わせが何ともいえない。
特にねこ耳のチャロちゃんは、チョーカーの飾りが鈴っぽいのもあって似合いすぎている。
「始めは少し違和感がありましたけど……慣れてくると快適ですし、なぜか落ち着きますね」
穏やかに微笑むマールちゃんのは、飾りは同じだけど魔力は外から入れる充填タイプなので、厚さも大きさも他のみんなと比べるとひとまわりは大きくてますます首輪っぽい。
見た目も雰囲気もお姉さんっぽいのに首輪、というアンバランスさがかえって妖しい魅力に繋がっている。
「えへへへへ~♪」
妹様も今朝は、アルヴィちゃんからもらってつけていたペンダントを外してチョーカーに替えている。 この子の飾りは銀色の輪っかタイプで、少し大きめだ。
見ていると、その輪っかにヒモか何かをつけてみたい気分になってくる俺は……昨夜の疲れが取れていないのだろうか。
食事で汚さないようにと今はつけていないリソ君や、いつものシュガーを入れるお仕事でテーブルの上を歩き回っている普段通りのニアちゃんを見て心を癒すことにする。
「いやはや。 まったく……便利な世の中になったもんだねえ」
『ぷっ!』
俺も自分のチョーカーを触りながら、しみじみと呟く……と、なぜかメイドちゃんズが小さく噴き出した。 目を向けると、二人は「やっぱりジャスさまですよねー」「そうねー」とうなずき合っている。 ……何がやっぱりなのか。
ちなみに俺の飾りは金色の小さな十字、つまりクロスだ。
しかし、個人用携帯クーラーなんて前世でも見たことがなかったぞ? 便利なものだよなー。
といっても、今まで商品化されていなかったらしいのにはちゃんと理由がある。 直接首元から魔力を入れる、というのが難しいのだ。
手以外の場所から魔力を入れる魔導具というのは他にもあるけど、基本的にはどれも上級者向け、もしくはプロ仕様だったりする。 お袋もチャロちゃんも、家事などで他のことに頭を使いながらの同時使用はムリらしい。 魔力消費もバカにならないしね。
かといって、使うたびに手で触れないといけないのは不便だし、充填タイプにするとどうしてもサイズが大きくなる。
それでも「絶対に需要はある!」と発売に踏み切ったのが、ラピヨーネ商会――るー君のお姉さんである、リティシア社長である。
デザイン性やファッション性にも評価が高い「ラ・ピーヌ」ブランドの力を活かして、上級者用として割り切った直接注入タイプと、「野暮ったいのが逆にカワイイ」というキャッチフレーズで充填タイプを同時発売したのだ。
本体部分はシンプルに、かつできる限り小型化してギリギリまで価格を下げ、代わりに胸元の飾り部分を付け替え可能にすることで日常的に使えるように――というコンセプトである。
……以上、エルリアさんから聞かされた説明兼CMでした。
「行ってきまーす」「行ってきまあ~す♪」
この説明を使う機会がどれくらいあるんだろうなーと思いながら、俺達は帽子を被せてもらって学校に向かったのであった。
それが……意外とあったのだよ。
「ふう、今日も暑いわねぇ……。 あら、お揃いのチョーカー? 可愛いわね~」
「えへへ~」
道すがら、顔見知りのメイドさんと挨拶を交わすとさっそくご指摘を受けた。 まあ、目立つからな。
セーレたんはご機嫌である。
「これ、身体を冷やせる魔導具なんだ」
「そうなの? ……わ、ほんと! 涼しいわ」
帽子を被り、額にじんわりと汗をにじませて道の掃除をしていたメイドさんに、俺の首元へ手を近づけてもらう。
「でしょ? 新しく出たばかりなんだってー」
「うわぁ、うらやましい……」
軽く説明すると、メイドさんは「うぅーん……買ってみようかしら」と頬に手を当てて悩んでいた。
早くもお客さんGET?
『首輪ああああああああああーーーーーーっ!!』
一組の教室から聞こえてくる子供達の絶叫に若干引きながら、自分の教室に入る。 廊下にいる他の子達もギョッとしていた。
……どうやら、るー君もつけてきたらしいな。
「あら? そのチョーカー」
「あれ、知ってるのマーヤさん?」
「ええ」
俺達もクラスのみんなに「お揃いだね~」と声をかけられたが、やはりマーヤお姉さんからも言われた。 今日はノースリーブで多めの露出を、透ける薄さの夏用ストールを巻いてオシャレかつ涼しげにまとめている。
聞いてみると、なんと父親のアーンさんが開発に携わっていたらしい。
「ずっと使いながら来たの? 器用ね……」
「ふあっ!? ……ま、まあ、暑かったからねー」
艶めかしい手つきでアゴの下をなでられ、ゾクッとしながら答える。 甲高い声が出ちゃって、周りの子達に笑われちゃったよ……。
難易度の高い魔導具ではあるけど、俺はオドの操作には自信があるからこの程度なら並列思考も必要ないし、セーレたんも器用なので常に使っていても平気だ。 消費魔力も半日くらいなら大丈夫だし、妹様にいたっては一日中でも何ともないだろう。
「私も、父におねだりしてみようかしら?」
俺に触れた指を自分の唇の下に当て、色っぽく小首をかしげるお姉さん。
「うん。 マーヤさんだったら、きっと似合うと思うよ」
「説得するわ」
正直な感想を述べると、マーヤさんは即座にうなずいた。
どうやらアーンさんの従業員割引が利くようで、めでたくお客さんGETである。
「はあ……」
魔術の時間中。 生徒達がフラヴリースの試合をしているのを少し離れたところから眺めていたシャルちゃん先生が、視線を落として重いため息をついていた。
いつもはピンと立っているリス耳や大きなしっぽも稲穂のよう重々しく垂れ下がり、小さな肩をがっくしと落としている。 少し日に焼けている首回りに対して、肩ひもの下からチラリと覗く焼けていない部分は真っ白だ。
かなり夏バテ気味に見えたので、気になって声をかけに近づいてみる。 セーレたんは試合中につき、俺一人だ。
「先生、疲れてるみたいですね」
「あわっ……そうなんですよぅ~」
反射的に顔を上げて耳としっぽを立てた先生だけど、俺の顔を見ると跳ね上がった肩をまた落としてため息をつく。
「食事ものどを通りませんし、昨夜もほとんど寝られなくって……」
「あらら」
本当にお疲れのようだ。
だけど、子供達だってバテている子は少なくないし、もともとは午後の部の子達も暑いからという理由で俺達の午前の部に多く来ていて、今日も教室に空席がなくなっている。
……人口密度が高くなって、それで朝の教室も暑くなってしまっているが。
「先生も、コレつけたらどうです?」
「あー、朝からみんなが言っていたチョーカーですねぇ~」
幽霊みたいに手首が垂れ下がった両手で俺の首を左右から触れると、「涼しひ~♪」と頬を緩める先生。
ほにゃ~っと、可愛らしい目がだんだん細くなる。
「ふあぁあぁあぁぁ~」
「ちょっ!?」
だが、気持ちよさそーな顔が近づいてきて抱きしめられそうになり、焦ってシャルちゃん先生の両腕を下から支えるようにして掴んで止める。
一四〇センチもなさそうなちびっ子とはいえ、この人はれっきとした大人だ。 身体の丸みとか腕の柔らかさとかは、やっぱり子供とは全然違うんだから。
ムネの方はマーヤさんとあんまり変わらないような気がするけど……それは言うまい。
「うーん……買っちゃおうかなあ~」
ハッとして丸い瞳を取り戻した先生は、俺のチョーカーを触りながら真剣に悩み始めた。
「うん。 先生だったら、特に似合うと思うし」
「そうですかっ!」
ちびっ子先生の表情が輝く。 アメジストのような紫の瞳がキレイだ。 ……ちなみに、なぜ似合うと思ったのかは言わない。
でも先生くらいの人なら、使いながらでも授業できるんじゃないかなーと思う。
「でも、お金がぁぁ~。 ……あぁ、でもでも! しばらく、おやつを一日一回にすれば――」
「……」
食欲はないって言ってたのに、おやつはしっかりと食べていたらしい。
まさか、ご飯の代わりにしていないよね?
「ええいっ、買っちゃえー!」
「まいどありー」
だけど、ちゃんとご飯は食べましょうね? その言葉はしっかりと付け加えておく。
先生は可愛らしく舌の先を出し、「はーい」とお返事をした。
ともあれ、お客さんGETである。
――思った以上の営業成績を上げ、学校が終わった俺達は家に帰ってきた。 積極的に売り込んだつもりはなかったんだけどな。
しかし、廊下でバッタリ会った事務局のお姉さんにも好感触だったし、セーレたんも友達が何人も「買ってもらうかな~」と言っていたようだ。
一組の方は……言うまでもないだろう。
「たっだいまー!」「ただいまなの~」
上からの日射しや石畳からの照り返しは変わらないものの、それでもかなりの暑さを免れて快適に帰ってきた俺達。
だが、午後からはチョーカーを外して今まで通りに過ごすことになっている。 冷房の使いすぎは身体に悪いからな。
出迎えてくれたお袋も既に外していて、おやつを用意してくれたメイドちゃんズもやはりつけていなかった。
「うふふふ~♪ だけど、代わりのものを用意しているわよ~?」
「えっ、なに?」
リビングでテーブルを囲み、見た目にも涼しげなフルーツゼリーを食べながら、お袋が女神様スマイルを浮かべる。
今日は徹底的に涼を取って楽しむコンセプトらしい。
「今日は、お風呂にお水を張ってあるの~」
「おおっ?」「んにゃ?」
もしかして、水風呂ですか!
基本的に泳ぐ習慣がないこの国では、これがいちばんの水を使った涼の取り方である。
日中はもちろん、日が暮れてからでも水は冷たいというほどではない。 もしも冷たく感じても、少しだけ温めればいいしな。
水を温められる桶もあるから、特にリソ君はそれで身体を冷やしすぎないように気をつければ大丈夫だろう。
「だから――」
両手を豊かなお胸様の前で合わせ、お袋が微笑む。
メイドちゃんズは、なぜか恥ずかしそうにもじもじしているけど……。
「今日は、みんなで入りましょう~?」
「わあ~っ♪」「わあーっ!」
無邪気に喜んでいるハニーとニアちゃんの声を聞きながら、俺はわずかな引っかかりを覚える。
で、その疑問は間もなく解けた。
「……みんな、で?」
「そうよ~」
お袋とリソ君が座っている席の向かい側に目をやると、チャロちゃんは照れ笑いを浮かべ、マールちゃんは顔を赤くして俺の顔をチラチラと見ている。
「みんなで、お風呂?」
親父は帰りが少し遅くなるらしいから……ここにいるメンバーで、ってコト?
「ええ~♪」
「……」
リソ君を除けば、全員女性……だよな?
「お兄ちゃんとお風呂~♪」
《みんなでおっフロー♪》
「おふおー? おふりょー!」
はしゃぐちびっ子達の声を聞きながら、俺の目は点になった。




