476 いやよいやよも
雲さえも蒸発したんじゃないかと思うほど、日射しが突き刺さっている。
「……風さえも熱い」
渦風塔をフルパワーで働かせてみるも、熱風が渦巻く更なる地獄が生み出されただけであった。 それでも蒸し焼き地獄よりはマシと、前髪を揺らすほどの熱風を身体中に受けることにする。
……前髪は、汗で貼りついてるから揺れないけどな。
「はい、お兄ちゃ~ん」
同じようにしっとりと汗をかいているツインテールのセーレたんが冷風扇子を持って来て、俺にくっつきながら二人を同時に扇ぎ始める。 要にはめ込まれた魔石が淡いブルーの光を放つ。
渦風塔の風の方向に合わせて生み出される冷風は熱気と混じり合って生温くなってしまうが、それでも十分に天国だ。
「おぅふ、涼しい……ありがとね」
「うんっ」
暑そうではあるけど余裕のありそうなセーレたんは、天使のスマイルを返してくれた。
心まで癒される。
「わ、わたしも入れて……」
二人でぬぼーっと風に当たっていると、疲れた顔をしたエミーちゃんもやってきた。 俺の右側にくっついて温い風の恩恵にあずかる。
「はぁぁぁぁ~……♪」
多少暑くてもキリリとしているエミーちゃんだが、さすがに今朝は無理そうだ。 おデコに貼りついた前髪を払い、ポニーテールを揺らして気持ちよさそうな無防備顔を晒している。
「こ、この暑さが二、三日続くって、本当なの……?」
「らしいよ」
「あぁあぁぁあぁぁ……」
絶望の声を上げるエミーちゃん。 お天気お姉さんによると、どうも強力な高気圧がドカンと居座っているらしい。
しかもラアン海から蒸発した水分が、気圧のドーム内をサウナ状態にしているようだ。
「さ、さすがに、今日だけはニアに涼しくしてほしいわ……」
「……いや、やめておこう」
エミーちゃんはぐったりとして俺の肩に頭を預けるが、すぐに暑くなって姿勢を直した。 そういえば立ちっぱなしなので、左右の二人に目配せして絨毯に腰を下ろす。
と同時に、妹様が暑くなるにもかかわらず、こてんと俺の肩に頭を乗っけた。 冷風扇子を使いながら。
ほんのりと甘く感じる二人の汗の混じった香りが鼻をくすぐるが、セーレたんはともかくエミーちゃんは恥ずかしがりそうなので口には出さない。 俺も嫌ではないしな。
「うぅ~」
唸るエミーちゃんの気持ちは分かるけど、我が娘の身を削ってクーラー代わりにするのはどうかと思うのだ。 俺が消費する分のご飯をあげるにしても、日が暮れるまでとなると量が足りないだろうし。
だったら、みんなに土用のアレを振る舞ってスタミナ増強を図った方がいい。 家族のみんなには既に食卓の場で食べてもらっていて、そうでないのはもちろん俺自身と、夜勤でまだ帰ってきていない親父。
そして――真面目な母親のアナさんまでもがうっとり顔になっているのを見て遠慮した、エミーちゃんだけだ。
「エミーちゃんも、食べたらいいのに~」
「で、でも」
俺の肩に頭を乗せたまま、話しかけるセーレたん。 だけどエミーちゃんは困ったような顔をしてもじもじしている。
「セーレちゃん、嫌がっているのにムリに勧めることはないよ」
「……おいしくて、気持ちいいのに~」
可愛らしく口を尖らせるハニーの頭をなでなでする。 まあそれは見ていればよーく解るんだけど、集団で触手をほおばる姿はシュールだからな。
触手が見えていれば「クリーチャーに襲われる女性達」の図だし、エミーちゃんのように見えていなくても「口を開けて恍惚としている集団」として目に映るハズだ。
チクリと胸に刺さるものがないわけではないが、エミーちゃんが嫌がるのはいたって正常な反応だと思う。
俺もエミーちゃんに顔を向けて微笑みかけると、彼女は上目遣いで俺の腕を指でつーっとなぞりながら――。
「べ、別に……イヤ、というわけじゃぁ」
「へ?」
「――じ、ジュースもらってくるっ!」
意外な言葉を残し、エミーちゃんはポニーテールをなびかせて小走りで部屋を出ていった。
やがてエミーちゃんは真っ赤な顔で、ピッチャーとコップをお盆に乗せて戻ってきた。
ビミョーな雰囲気で三人座ってジュースを飲んでいると、ドアの向こうからチャロちゃんの声が聞こえてきた。 元気なようで何よりである。
『みんなが来ましたよー♪』
「分かったー!」
残り少なくなったジュースを分けてすべて飲んでしまうと、俺達は素早くテーブルの上を片づけて立ち上がった。
エミーちゃんがカップとピッチャーをお盆に乗せ、セーレたんがすかさずテーブルを拭き、エミーちゃんがお盆を持つ。
……俺が何もさせてもらえないのは、いつものことである。 だから、なでなでしておく。
「えへへ~」
「ふふっ」
ご機嫌な妹様と落ち着いたエミーちゃんを連れ、階段を降りる。 部屋の外は無風なので、やっぱり暑い。
廊下から、ざわざわとみんなの楽しそうな声が聞こえてくる。
階段を降りるにつれて大きくなってくるそれに、先頭の俺が声をかけた。
「おはよー。 今日はみんな、おそ――」
――ウチの廊下に、首輪の集団がいた。
「あっ、ジャス♪」
「ふふ、おはよう」
「みゅーっ♪」
元気に黒いしっぽを振るくりむちゃんと薄く微笑むるーちゃんの、獣耳短パンコンビはまだいい。 おねにーさまにくっついている、リリちゃんもだ。
確かに恐ろしく可愛いけど、前にも見たし。
だが……。
「おっはよー!」
「お、おう……」
なぜか、ニコも首に巻いていた。
たとえはアレだが、まるで少年奴隷のようである。
……いや、コレもまだいいんだ。
問題は。
「うふふふふ~。 これは涼しいわね~♪」
「ジャスさまー、似合ってますかー?」
「ど、どうでしょうジャス様……」
「……」
なんで、お袋とメイドちゃんズまで首輪してるのさ……。
段の途中で立ち止まった俺は、目線でお袋に尋ねてみる。
「うふふふふ~。 買っちゃった~♪」
ワンポイントの花飾りをあしらった首輪をつけた、金髪の女神様がおっしゃった。
本当に買ったらしい。
「本当に涼しいんですよ、これー!」
「わ、私のは大きめですから、少し気になりますけど……ね」
鈴のような大きな飾り付きの首輪をお揃いでつけた、メイドさん達がおっしゃった。
特にマールちゃんのはひとまわりは大きいもので、外側から魔力を入れるタイプらしい。
「そ、そうか……」
ビジュアル的にゾクゾクさせられるモノではあるけど、暑さ対策としてはかなりのもののようだ。
「はい。 もちろん、お値段の方はギリギリまでお安くさせていただきました♪」
エルリアさんも首輪着用済みで、とても嬉しそうな顔をしていた。 いくらしたのかは知らないけど、さぞ懐は温かくなったことだろう。 商売上手だな!
更にお袋は、俺と真後ろにいるハニーとエミーちゃんにも笑顔を向けて、おっしゃった。
「もちろん、ジャスちゃん達の分もあるわよ~♪」
「え」「えっ!」「ほんと~?」
俺達の分も、あるらしい。
「……」
で、つけてみた。
「あ、涼しい」
「でしょう~?」
見た目は完全に首輪な、黒いチョーカー。
首元の飾りはいろんな種類があるようで、俺のは金色のクロスがぶら下がっている。 なかなかカッコイイ。
大きさは調整できて苦しくもなく、内側の素材も柔らかくて嫌な感じも少ない。 魔力を注ぎ込む板は首の後ろ側にあるようだ。
さっそく直接チョーカーに魔力を流し込むと、ひんやりとした空気がわき出てきて、首だけでなく上下からも外に流れ出てきた。 その冷気が後ろの髪の生え際や耳の下、そしてアゴのラインくらいまで届き、下は襟のすき間から服の中にまでじんわりと入ってくるので、鎖骨や肩甲骨のあたりまで涼しい。
こ、これは……想像以上に実用的だぞ。
「とっても涼しいの~♪」
「目が覚めるようね……」
セーレたんとエミーちゃんも、その涼しさに目を丸くしつつ喜んでいる。 あまり広くない廊下に全員でたむろしているのもどうかということで、幼なじみーズはリビングでジュースを飲んでもらっている。 リリちゃんも今は向こうだ。
俺達はリソ君の部屋にお邪魔して、お袋とメイドちゃんズ、それからエルリアさんが一緒に来て首輪の装着を見てもらっているところである。
ちなみに妹様の飾りは輪っかで、エミーちゃんのは細いリボンが正面についている。 エミーちゃんのについては首輪のサイズが大きい。 セーレたんはモチのロンとして、エミーちゃんは大人っぽい雰囲気に大きな首輪というアンバランスさが、かえって可愛らしさを引き立てている。
「うー……?」
リソ君も外部からの注入タイプなので首輪が大きく、また幼児用ということで特に飾りは付いていない。 四角い銀色の板がはまっているけど、それは飾りではなく魔力注入パネルである。
少し首回りをいじりながらもぞもぞさせているけど、特に嫌がっているわけではなさそうだ。
《みんな、いいなあー》
胸元の御使いのネックレスをいじりながら、ニアちゃんがうらやましそうにみんなを見ている。 気持ちは分かるけどな。
エルリアさんも苦笑いを浮かべる。
「ごめんね。 さすがに、ニアちゃんに似合うサイズは……」
だが、この娘にはとっておきの手があるのだ!
「だったら、ニアちゃんは自分で作ったらどう?」
「あー!」
生身の声を上げて、ぽんと手を叩く我が娘。 ミニスカレオタードだって自分で作っているんだから、首輪もいけるハズだ。
ニアちゃんはネックレスについている緑の石を首にくっつけて、同系色の大きな目を静かに閉じた。
すると首元がパッと光って、ネックレスの石を飾りにした緑色のチョーカーが具現化された。
「おおっ!」
《にゅふー。 どうかなー?》
「うん、とても似合ってるよ」
「やたー♪」
ほめてあげるとニアちゃんは喜び、羽を出して飛び上がった。 そしてリソ君の前へ行くとハイタッチを交わす。
いつの間に、マイブラザーはそんなことを覚えたんだろう?
「ありがとうママ。 これで勉強がはかどるよ」
「いいのよ~」
セーレたんとエミーちゃんも並んで、三人でお袋にお礼を言う。 エミーちゃんは、アナさんにも言わないといけないんだけどね。
アナさんはエルネちゃんの分も買ったらしい。
値段は教えてくれなかったけど、お袋の顔を見るに本当に安くしてもらったようだ。
「今回は、リティシア様からお許しを頂きましたので」
「えっ」
エルリアさんの言葉にビックリする俺。 まさかツェリさんではなく、社長さんから鶴の一声がかかっていたとは。
……いや。 この場合は「バニーさんの一声」か?
「『ぜひとも、それを身につけてたくさん外出してくださいね?』と伝言を預かっております」
「……商売上手だ」
「上手ね~」
互いの顔を見てうなずき合う俺とお袋。
新商品の宣伝になると同時に、俺達も「モデル料込みなら――」とそれほど気を使わなくて済む。 まさに一石二鳥。
ウィンウィンであった。
――渦風塔のパワーを弱め、俺達は適度な風の吹く二階の部屋で勉強に励む。 私服に着替えたメイドちゃんズも一緒だ。
特に俺は、先週はお休みだったからな。 大学院生用の本を開きながら、みんなからの質問にも答える。
今日はバリバリ勉強するのだ!
と、そこへ。
「よう! 今日も稽古つけに来たぜ!」
いきなりドアを開けて、木刀を肩に担いでレイグ叔父さんがやってきた。
刈り上げた黒髪に日焼けした肌、そして汗。 まさしく体育会系であった。
「……間に合ってます」
「なにいぃぃぃーッ!?」
だが、俺は即座に断った。 集中していた他のみんなも、うんうんと首を縦に振っている。 今は勉強会の真っ最中だからな。
それに……ダンス鑑賞や武術の授業で、ここ最近はお腹いっぱいなのだ。
外は暑いし。
「ちくしょーッ! ……ところで、何でお前らも首輪つけてるんだ?」
首輪って言うな。
俺も内心ではそう呼んでいるが、口に出すときはちゃんと「首飾り」と言ってるぞ?
細かいけど、大事なコトなのだ。
「これ、最新型の涼しくなる魔導具なんだ」
「ふーん」
だが叔父さんは興味がないご様子。
きっと、下でお袋達のを見ても「ふーん」で流したんだろうなあ。
「ぐぬぅ……せっかく来たのになぁ」
テンションが下がったのか、木刀を持った手を下ろしてしょんぼりしてしまった。
午後からだったらまだいいんだけど、今からというのはなあ……。
「だったらレイグさん、僕達の勉強見てくれる?」
かわいそうだったので聞いてみると。
「ん? いいぞ?」
「……え?」
意外にも、あっさりと了解されてしまった。
思わず声に出してしまった。
「えっ?」「ええーっ?」
俺だけじゃなく、エミーちゃんとニコも声を出したが。
とっさに口を押さえて目で愛想笑いしているけど……エミーちゃんもなかなか容赦ないよな。
ちなみに声は出さなかったものの、メイドちゃんズも一瞬だけ意外そうな顔を見せていた。
……まあ、見た目が思いっきり体育会系だもんな。
「あのな……俺、こう見えても警備隊だぞ」
本人も自覚があるのか、そう言うと靴を脱いで中に入ってくる。 木刀はドアの近くの壁に立て掛けた。
「み、見せてみろよ……たぶん、大丈夫……だから、さ」
途端に自信がなくなったような口調になったけど、木刀を持っていない叔父さんはいつもこんな感じである。
「じゃあ、お願いするね?」
「あ、ああ……」
こうして、意外なゲストを迎えて勉強会は再開された。




