455 まっすぐに前を見て
――もしも、運命の女神がこの世にいるのなら。
彼女はきっと、聖母様の大親友に違いない。
「ああ……素晴らしいです、ジャス様♪」
髪を下ろしていたお休みのマールちゃんには、下着だけは死守しながらもじっくりと時間をかけて変身させられ。
今までに見たこともいないような笑顔のるーちゃんには、「ふふふ、ボクと同じくらいにあってる」と右から抱きつかれ。
左からは「お兄さま、素敵です……」と目がハートマークの妹様に抱きつかれた。
そして、満面の笑顔を咲かせるお袋とチャロちゃんからあちこちをなでなでされ、少し離れたところからアナさんに生温かい目差しを注がれながら、けっこう凝っていたエルネちゃんの首や肩や背中などを指圧していると。
「ああっ♪ ジャス君、そこ……」
「この辺り?」
「んあああああーーーっ♪」
エルネちゃんの声に混じって何か聞こえたかなー? と思ったら。
「え? もしかして、ジャス……?」
「……えっ?」
開いた部屋のドアのところに、くりむちゃんが立っていた。
さらに。
「どうかしたのくりむちゃ――! か、かわいい……♪」
その横から顔を出したニコが固まり。
「皆さん、ここにいらっしゃ――え?」
その後ろから現れたメイド服のエルリアさんが固まり。
「ん? 誰もいないと思ったらこんな所に――ああ」
最後に、軍服を着て帰ってきた親父が中の様子を見て、なるほど、と言った。
「……」
その呟きの直後、静まり返った部屋に昼を告げる重い鐘の音が響きわたったのだった。
************
翌日の火の日。
俺とセーレたんとエミーちゃんとでおやつを作り、エルネちゃんをはじめとする家族のみんなに振る舞った。
「お嬢様、どうぞ」
まずは最初ということで、執事モードの俺がエルネお嬢様にお出しする。 誕生日の今日はお手伝いはナシということで、最近はあまり見ていない私服姿だ。
朝からメイドちゃんズに買って来てもらったパンを一口サイズに薄めに切り、それをフライパンでこんがりと焼き目が付くくらいに焼く。 少しサクッとして香ばしいくらいがベストである。
そこに小さく切って半冷凍したフルーツや、三人で一生懸命にかき混ぜて凍らせたミルクアイスを乗せて……お熱いうちに召し上がれ?
更に、上からハチミツやシロップをかけても美味しいよ。 ジャムでもOK。
「あつあつひとくちトースト・アラモード仕立てでございます」
「うわあああーーーっ♪」
指先を伸ばした右手を胸に当てて、うやうやしく頭を下げる。 今日の俺は執事モードである。
すると薄着かつオシャレな夏の装いに身を包んだエルネちゃんが、茶色い瞳を黄金のごとく輝かせて黄色い声を上げた。
テーブルには親父やメイドちゃんズも含めた全員が座り、ちびっ子トリオが作った新作スイーツを見て嘆声を漏らしている。
その様子に、エプロンを着けたまま立っているリトルメイドちゃん達も嬉しそうに胸を張っていた。
……当然ながら、俺達が後で食べる分もちゃーんと取ってある。
「これは……すごいわね~」
「アイスをお作りになっている横で、パンを焼き始めになったので、えっ? と思いましたけど……」
「熱いものに冷たいものを……こんな組み合わせがあるんですねー!
ところで、『あらもーど』というのは?」
「うん? いろいろ乗っけるーって意味」
お袋もマールちゃんもチャロちゃんも、目を丸くして感心してくれている。
実は「冷たいものをお好みで添えて」みたいな長ったらしいフランス料理風の名前も考えたんだけど、結局はシンプルに「アラモード」で落ち着いた。
コレもフランス語だけどなー。
「こんな発想はなかったわ……。 パンの種類がいるって言っていたけど、このためだったのね」
さすがのアナさんも驚いている。 本当は揚げパンが理想なんだけど、子供に揚げ物は危ないし、この国じゃ揚げ物自体が珍しいからな。
「これ……本当にお前が考えたのか?」
「うん」
意外と甘いものもイケる親父も、エルネちゃんに渡した皿を見てぽかーんを口を半開きにしている。 ……あ、よだれが出かかって慌てて拭った。
リソ君もだらーりとヨダレをこぼし、気づいたお袋が拭いてあげている。
まあ、俺だって前世で知らなきゃ考えもつかないレシピだ。 セーレたんはともかく、エミーちゃんも「は?」って片眉を吊り上げていたからな。
うん。 なかなか器用だなーと思った。
「さ、みんなは好みでいろいろ乗せて食べてみてね。 パンが冷めないうちにどうぞ?」
「ジェ、ジェドさぁぁん……」
「あ、ああ……それじゃ、食べるか」
溶け始めたアイスを前に泣きそうな顔をしているエルネちゃんを見て、すぐに親父がみんなに声をかける。
お袋達も一斉にパンに手を出し始め、あちあちっと言いながら楽しそうにフルーツやアイスを乗せ始めた。
そして各自で作ったトーストアラモードを口へと運び――声にならない声を上げていた。
『んんんんーーーーーーーっ!?』
事前に話したときのエミーちゃんの反応で半ば確信していたが、好評なようでなにより。 セーレたんとエミーちゃんと笑みを交わし、うなずき合う。
そして二人はキッチンに向かい、セーレたんがコンロに火を入れてエミーちゃんが次のパンを焼き始めた。 焼きたての方が美味しいからな。
一方それを確認した俺は、裸足のまま履いていた靴をリビングの隅っこで脱ぎ、同時に足裏から触手を伸ばして一時的に身長を伸ばす。 ……ちょっとシュールだけど、お茶の給仕をして回るにはまだ背が足りないのだ。
最初の一杯目は既に入れて配ってあるので、俺はアイスティーのお代わりを注いだり、アラモードのオススメの組み合わせを聞かれれば答え、あるいは俺が手ずから乗っけて渡したりする係をこなす。 城のパーティでの経験が役に立つな。
ちなみにニアちゃんはいつも通り、テーブルの上でシュガーを入れ、アラモードにかけるシロップなどの要望があればそれも持っていって渡す係である。
「これは美味しいわね~♪ ……はい、リソちゃんはふーふーして食べましょうね~」
「あいーっ♪ ふーっ。 ふぅーーっ!」
お袋にもらったトーストに、リソ君はバースデーケーキのロウソクかというくらいの勢いで息を吹きかけているが……ま、いっか。
リソ君自身はこの前終わったが、今日はエルネちゃんのバースデーだしな。 昨日はニコもくりむちゃんも試験に合格したって言ってたし、よかったよかった。
そして。
「――フフッ」
これで、昨日のアレを少しでもみんなの記憶から消すことができれば、一石二鳥である。
この場にいないニコとくりむちゃんとエルリアさんには、秘密にしてくれたら今度同じものを振る舞うって約束したし、ニコにいたっては――。
『バラしたら、お前にも着せるからな』
と、耳元でささやいておいた。 ……メイド姿のままで。
青い顔で震えながら何度もうなずいていたから、大丈夫だろう。
幸せそうなみんなにお茶のお代わりを注いで回りながら、ちょっぴり黒いことを考えていると。
アラモードにジャムをかけて口に放り込んでいた親父が、しみじみとした口調で声をかけた。
「……しかし。 エルネちゃんも、もう十一歳か」
「はふはふ……はい、そうですね」
学校では年上のクラスメート達と一緒に勉強をし、前から親しいとはいえ、るー君とこでメイド実習もこなしているエルネちゃん。
ここでは子供っぽい一面もしばしば見せるものの、それ以外ではもう大人とそれほど変わらない受け答えや振る舞いをしている。
日本ではまだまだ小学生の歳だが、こっちではあと四年もすれば世間的にも社会的にも大人と見なされるのだ。
だから、お袋のこんな質問にも、彼女は詰まることなくすんなりと答えた。
「エルネちゃんは、お勤め先は決めているのかしら~?」
「ええ、もちろん! ……まずは単位を取って卒業しないといけませんし、まだそこにも正式にはお話していませんけど」
チラリと視線を受け、ミョーな八頭身になった俺はエルネちゃんの下に歩み寄ってカップへアイスティーを注ぐ。 するとニアちゃんもとことこーと小走りで近づき、シュガーの量を聞いた。 今回は控えめに一杯だけらしい。
そこで、俺も話に入ってみた。 エルネちゃんの将来について、聞くのはこれが初めてだ。
「やっぱり、エルネちゃんはメイドさんに?」
「……うん」
「そっか」
首を縦に振る彼女の瞳に、迷いはなかった。
「たくさんの人たちに喜んでもらえるのも嬉しいけど……やっぱり私は、ママみたいに同じ人に尽くしたいし」
「……」
エルネちゃんと目が合うと、アナさんが一瞬複雑そうな顔を見せた。
アナさん達の家には父親がいない。 亡くなってはいないとだけは聞いているから――子供には言いづらい事情があるんだろう。
敢えて触れるつもりはない。
「ママのことは本当に尊敬しているから、私も……私がいることで、喜んでもらえる人のところに、行きたいな」
「エルネ……」
アナさんが俺達に見せるような、母性を感じる微笑みをエルネちゃんが浮かべた。 それを見て、大人のみんなも温かく微笑みながらうなずく。
特にアナさんは食べる手を止め、両手を自分の大きな胸に押しつけるようにしていた。
なんだか嫁入りみたいにも聞こえる言葉だけど、住み込みのメイドさんであれば、勤め先の人達とはまさしく家族同然の付き合いになる。 本当にそのまま家の人と結婚しちゃうケースもあるみたいだし、ツェリさんとこみたいに代々で仕えているという家もある。
まあ、エルネちゃんの場合は、普通の仕事と同じように辞めたければ辞められるんだけど。
でもそうでなければ、たとえ他の人と結婚した後でも――もしかしたら、彼女がいつか産むだろう子供もいっしょに、その家の人達とは世代さえも越えて付き合っていくことになる可能性も高いだろう。
そう考えれば、他の仕事に就くよりもずっと「永久」と冠するに近い就職と言える。
「そっか。 エルネちゃんは優秀だし可愛いから、きっと大丈夫だよ」
それがるー君とこのラピヨーネ家だったら、まさにうってつけだ。
名家だからメイドさんの勤め先としても一流だし、このままるー君やリリちゃんに仕えるならご主人様についても文句なしだ。 エルネちゃんの魔眼耐性の高さにはツェリさんも太鼓判を押していたから、正式に申し入れれば採用される可能性は高いと思う。
仮に本家だったとしても、あちらのご両親もいい人達らしいし。 ほとんど月イチでしか会いに行っていないらしいるー君も、両親のことは好きだと言っていた。
「……うん。 絶対、狙ってるところに入ってみせるわ!」
ゆっくりと息を吐いたエルネちゃんは、力強い笑みで応えた。
「うんうん」
俺も笑って返す。 自信満々にニヤリとしているくらいが、やっぱりエルネちゃんらしくていいや。
「絶対に、ねっ♪」
そして彼女は、いつものように片目を瞑った。
――だが。
彼女のたくましさに安心しつつ、俺は心の奥底で逆の気持ちを抱く。
なーんとなくとしか考えていない、自分自身の将来について。 いろいろなことに手を出しては、アレもいいな、コレもいいなとフラフラしている俺の将来について。
前世でも決められなかった俺は、生まれ変わった今になっても決められないでいる。
「……」
それに……キッチンで楽しそうに料理をしているセーレちゃんは、どうするつもりなんだろう?
「お嫁さ~ん♪」も決して悪いだなんて言わないけど、職業とは別の話だ。 成人して即、家庭に入れる保証なんてどこにもないんだし。
一応は、魔術を使うお仕事がいいな~とは聞いているけれど、やはり他のみんなと比べると漠然としている。 情報化ならぬ「魔導化社会」のこの国では、魔術を扱う仕事なんていくらでもあるからな。
「エミーちゃ~ん、このくらいでいいかな~?」
「んー。 もう少し焼いてもいいんじゃない?」
「分かったの~」
「……」
高校へ行けば、専門の学科を選択する必要もある。
俺もあの子も、せめて方向性くらいは決めておかなければならないだろう。
改めてそう思った。




