38 落ち着く所に落ち着くのね
洗って干されているシーツの白が眩しい、よく晴れた日。
『――――フッ! ――――ハッ!』
外の庭から、親父の気合の入った掛け声が聞こえてくる。
『――フッ!』
「……」
『――ハッ!』
「……ぢ~んぎす○ーん」
『――ホッ!』
「えーわじゃーあいわじゃー」
『――ハッ!』
「わじゃわじゃー」
「おにぃ~?」
……すまん、ネタが古かった。
「なんれもないおー」
「やあぁ~ん♪」
取り敢えず、妹様をなでなでしておく。
何故と言われても特に理由はないが、敢えて言うならそこにセーレたんがいるからだ!
至極名言である。
うんうん。 名言でした、っと。 ……なんか今、ドイツ語っぽくなかった?
「せーれたん、ぱぱ、みてみゆー?」
「あぃ~!」
少々こっ恥ずかしいが、妹様の手前、俺も両親の事はパパママと呼ぶようにしている。
間違って、セーレたんが『おーい、親父ぃ~!』とか言い始めたら困るし。 なんか、どこぞのお下げの女みたいなセリフだな。 水かぶった方の。
どうやら姫殿下がご高覧になりたいとの仰せなので、私めが触手で二人分のゴンドラを作って、窓の下から見える高さまでリフトアップ。
開かれた窓から吹き込んだ、室内よりも少しだけ涼しい風に一瞬閉じた目を開くと、五、六メートルくらい向こうで木剣を振っている親父がいた。
半袖のシャツにズボンという、非常にラフな格好である。
こちらに背を向けているので分かりにくいが、親父は左足を前に大きく一歩踏み出して半身に構え、一から一.五メートルくらいの、かなり長くて軽く反りの入った木剣を、右肩の上から後方へ切っ先を向けて、両手で水平になるように持っている。
右腕を真横に伸ばし肘は上向きに曲げ、その手は剣の柄から二、三十センチくらいか――短めに持っており、左手は柄の先を握っている。 かなり柄の長い剣を想定しているらしい。
もしも正面から敵として対峙したなら、右手は頭と胴体に隠れてほとんど見えない位置にあるのではないだろうか。
そして、肩幅より少し広めに開かれた両足の膝は軽く曲げ、身体全体は若干頭を下げるように――正面の敵から見れば左側に屈めている。
その姿を例えるなら、野球のバットの構えのような、ゴルフクラブを振り上げたような……とでも言えばいいだろうか。
ヨーロッパに近い雰囲気の世界だから、てっきりフェンシングのような構えを想像していたが、むしろ日本剣術に近いのではないか?
もしもあの木刀が本物の長剣であれば、革鎧を着た人間の二、三人位は軽く斬り飛ばせるのでは? というくらいの、まさに一撃必殺を感じる迫力である。
……いや、迫力だけじゃない。 実際に全身と剣全体に黄色っぽい魔力を巡らせているのが、俺には分かる。
部屋の明かりに流れる魔力とも、俺が普段使っている触手とも全然違う。
なんというか、鋭く刺さって来るというか、ビリビリ来るような感じ。
ひょっとして――これが、魔法?
「――――ハアッ!!」
裂帛の気合と共に、身体を正面に向ける動作から全身を使って上から木剣が振り下ろされる。 黄色い軌跡と共に風を切り裂いた音は高く鋭く、とても一メートル超の剣を振っているとは思えない。
しかも、剣先を地面に着けずに直前でピタリと止めると、左足を軸にして、止めた剣へ身体をくっつけるように素早く反時計回りに一回転させた。 そして。
「フゥンッ!!」
自身の背中を梃子の支点として、三六〇度の敵全てを蹴散らさんばかりの薙ぎ払い!
親父を中心とした光のリングが残像のように目に焼き付き、その風圧に触れただけでも切り裂かれそうだ。
そして正面を向き、左手だけで剣を持つ手を手元に引き寄せると同時に、離した右手を再び木剣の柄に添え力強い踏み込みと共に――
「アアッ!!」
たった一歩で二メートル程の距離を瞬時に詰め、厚い鉄板さえ貫けそうな突きを放った。
空中には雷のような残像と、地面には回転と踏み込みによって抉られた跡、そして脚を擦って切り裂いたような跡が二筋。
最初の構えからここまでの時間は恐らく――三秒、かかっていない。
「…………」
その一連の動きを見ていた俺は、その迫力に息をするのも忘れて見入ってしまった。 今になって全身に鳥肌が立ち、息を吸い込みながら思わず震える。
さすがの妹様も、同じように見入っていたようだった。
「ぅぅ~……」びくびく。
……窓の下に半分隠れていたが。
でも、普段のセーレたんの怯えっぷりからすれば、完全に逃げていても全然おかしくない。
それだけ目が離せなかったという事か。
その後は、ひとつひとつの動作を確認するように光の軌跡を描いて素振りを続けていた親父だったんだが――
「ハァッ!! ――――ぁ」
俺達が見ているのに気付いたようで。
「ハッ! ホッ!」
「おりゃ、そりゃっ」
「そーら、そらそらそらそーらっと♪」
段々気持ち悪いくらいにニヤニヤし始め、動きもヘリウムのように軽くなってきた。
魔力も完全に消えた……。
「ぉ……おやぢぃ」
「ぁゃ~?」
「あーら、ほーいさっさ~の、こーりゃこりゃ?
……えへ、えへ、えへえへえへへっ♪」
終いには、なんかタコが阿波踊りしてるような動きになってきた。
「あーりがっとねぇーーー♪」
その表情もまさに恍惚というか、どこぞの師匠を彷彿とさせるアホっぷりである。
「あ~ぁ……」
「きゃはは~っ♪」ぱちぱち!
さっきまでの勇姿が完全にぶち壊しである。
所詮は親父か。
「いやいや、どーもどーも~!」
しかし、非常に珍しいことに……というか妹様が親父を見て笑ったのって、これが初めてじゃない? しかも拍手付き。
それはそれで、やるじゃないか親父っ!
ナイス芸人!!
「……てへぺろ?」
「……」
調子に乗るな。
キモイよ親父。




