383 甘いものを配るおしごと
城の廊下をマリエルさんと一緒に歩く。
人通りはかなり減っており、代わりに見回りの兵士さんをちらほらと見かける。 親父が出勤するときのとほぼ同じ軍服と、腰にはサーベルを帯びていた。
「もう始まっちゃったかな?」
手を繋いでいる視線の先、深緑のメイドさんに聞く。
「厳密にここから始まり、というものはありませんから、始まっているかと言えば始まっているでしょうね」
聞いてみるとパーティの前に城内の別の場所で簡単なセレモニーがあったようで、まず来賓はそこに集まってから王様や主賓のスピーチ、使節祭の盛況の様子やこれから王都内で予定されている主なイベントの日程などを聞いたりしていたらしい。 で、その後にぞろぞろと会場に移動して、なし崩し的にパーティが始まるのだとか。
ちなみにオイゲンさん――様も、スピーチを終えてからパーティ用の服に衣装替えに戻ってきたところで、アルヴィちゃんに呼ばれたようだ。
つまり、主賓である狼団長さんやお姉さん大使さんは欠席したということだけど……まあ、呼ばれた相手が相手なので問題ないのだろう。 スピーチの代理も誰かしらいただろうし。
「じゃあ、僕達も急がないといけないよね」
「いえ、大丈夫ですよ。 私達が到着するまで、代わりの者がいるそうですから」
会場が近づくにつれ、廊下を歩く給仕さんや何やら立ち話をしているらしい参加者の人を見かけるようになってきた。
更に先には会場の入口が見え、出入りしている来賓と出迎え役らしいメイドさんや執事さんっぽい人が並んで立っている。 会場の周囲は、上品なざわめきに包まれていた。 それを少し離れたところから見ている。
当然だけど、みんなフォーマルな格好をしていた。 参加者の男性はスーツや軍服、または民族衣装的な何かを着て、勲章かアクセサリーみたいなものを首回りにつけている人もいる。 武器っぽいものは……さすがに持ってないみたいだな。
女性はやっぱり色鮮やかでキレイなドレス姿の人が多いけど、特別ハデだったり大胆な格好だったりする人は少ない。 肌を出すにしても、だいたいは肩や腕くらいまでだ。
大使のお姉さんと似たような巻き布系の人は、やっぱりヒミングレアの人だろうか。 肌の色も少し濃いし。
「こんばんはー」
「あら……こんばんは」
近くで偶然目の合った女の人に挨拶をしてみる。 優しく微笑んでくれた。
それにしても、みんな美男美女ばかりだ……。 団長さんみたいにライカンスロープな人もいるから、そういった人の「美」の基準はイマイチ分からないが、俺の目で見る限りはそういう人もキレイだったりカッコよかったりする。
参加者は全体的に若そうな人が多いけど、中には中年くらいの人や子供もちらほらと見かける。 ちょっと背伸びしている風な大人っぽい服に身を包み、お父さんやお母さんに手を引かれて大人しくしていた。
頭から上は、キョロキョロと忙しなく動かしていたりするけど。
それにしても――。
「あら……」「なんと」「おお……」
「……」
目立ってるよねー、俺達。
というか、マリエルさんが。
煌びやかな人々に近づいていくと、背の低い俺はもちろん、マリエルさんのメイド服なんて地味で目立たないだろうと思いきや……全然そんなことはなかった。
比較的自己主張の強い衣装がいっぱいの中で自然に溶け込むようなマリエルさんのメイド服と雰囲気は、豪華な料理の並ぶテーブルの中央にさり気なく置かれた花瓶の花のように、目立たないんだけど不思議と視線が集まる。
香水みたいなものを振っている人もいるんだろう。 そばを通りかかるくらいならほんのりといい香りがするくらいなんだけど、いろんな香りが混ざり合っているために何が何やら分からなくなっている空気が漂う中でも、マリエルさんの周囲だけはスッキリと晴れているような感じがする。
「どうかしました?」
「……いや、なんでも」
それでもメイドさんは表情を崩さない。 自己主張しない程度にすっと背筋を伸ばし、木漏れ日のような笑顔を浮かべ、風のように周りの視線を受け流していた。
マリエルさんを見ている人の表情は様々。 ぽーっとしているだけの人もいるし、後から服装の表す意味に気付いたらしく驚く人や、感心している風な視線に変わる人もいる。
で、後者の人達は次にマリエルさんが手を繋いでいる執事姿の子供――つまり俺を見て、首をひねるのだ。
俺達は混雑している参加者用の入口ではなく、少し離れた従業員用の入口から中へと入る。 入口に立っている男性職員さんに会釈すると、ドアを開けてくれた。
「おおー」
いろいろなざわめきに満たされている大きな会場。 ただし従業員スペースはつい立てが並んでいて、その向こうはまだ見えない。 スペース内をたくさんの男女の給仕さん達が、早歩きで行き交っていた。
雅やかなパーティ会場というのにも興味はあるが、こういう舞台裏に入るとまた違った面白さがある。 参加者側では見られないものを見られたお得感というか。
壁際には控えの料理が盛りつけられている大皿や飲みものが入っているらしいピッチャーだけでなく、取り皿などの食器類もカートに乗せられてズラッと並んでいる。
単体なら食欲を刺激するだろういい匂いが、区切られた空間の中でこもってやはりゴチャゴチャになっていた。 しっかり食べてきたせいもあって、今の俺の胃袋を刺激することはない。
見上げてみると天井は二、三階分くらいの高さがあり、どこからか耳の心地のいい音楽が流れてくる。
人のざわめきも混じって、その音楽がどこから聞こえてくるのかハッキリと分からないんだけど……まさか、放送じゃないよな?
「ジャスパー・オリオール君ですね?」
いきなり名前を呼ばれて目を向けると、責任者風のメイドさんが立っていた。
パッと見は厳しそうな人だけど、その目を柔らかくして微笑んでくれている。
「はい」「そうです」
俺とマリエルさんがほぼ同時に答え、メイドさんは俺達を見てうなずいた。
そして屈んで俺の目線に合わせると、俺の目を見て話しかけてくれる。
「お待ちしておりました。 今日はよろしくお願いしますね」
「はーい」
「今日は、何をすればいいか……聞いていますか?」
「大丈夫です」「問題ありませんよ」
メイドさんの問いかけに俺はうなずき、それから視線を投げかけられたマリエルさんも首を縦に振る。
「では、ジャスパー君の持ち場に案内しましょう」
「お願いしまーす」
俺の言葉にメイドさんは笑みを深めると、立ち上がって片手を俺の背中に当てながら歩き始める。 しかし、マリエルさんはいまだに俺と手を繋いだままだ。
いくつかあるつい立てのすき間のひとつをメイドさんが通り、すぐに続いて俺、マリエルさんが通り抜ける。
つい立て板にさえぎられていた音が直接鼓膜に入り始め、俺の視界に会場の様子が飛び込んできた。
「おおおー」
ズラッと一直線に並んだ料理のテーブル。 近くにある料理の匂いが俺の鼻をくすぐる。
テーブルの向こうには参加者の人達がお皿を手に次々とやってきて、担当らしい給仕さんがお皿を受け取ってはトングでキレイに盛りつけて渡している。 学生給仕さんもその横で同じようにやっていて、ちょっと盛りつけが崩れていても、一生懸命な様子に参加者の人は頬を緩めていた。 服の種類が違うので、学生だというのがすぐに分かる。
テーブルのこちら側にいる給仕さんはサポート役だろう。 新しい料理を運んだり、汚れた食器を受け取ってテーブルクロスに隠れた足元のカゴに入れたりしている。 残飯用らしき、フタつきのゴミ箱なんかもあるな。 へー、そんな風になってるんだ。
飲食店の店員側になったみたいで、ちょっとワクワクしてきた。
そんな俺の顔を見て笑みを深めたメイドさんにそっと背中を押され、俺はとあるテーブルの手前に立たされる。 会場の中では奥の方にある場所のようで、テーブルには交流会でも見たお菓子がたくさん並んでいる。 多少は減っているけど、本格的に取りに来られるのはもう少し後になりそうな感じだ。
「ジャスパー君には、このテーブルをお願いします」
「は、はいっ」
ただ単にお菓子を配るお仕事とはいえ、仕事は仕事。 本物のパーティ会場の雰囲気に、少し緊張してくる。
「くすくす……練習通りにされていれば、何も問題ないですよ」
「うん」
マリエルさんが目の前で両膝をつき、俺の両手をそっと握ってくれる。 色の違うメイド服にさり気なく視線が集まってきているんだけど、このお姉さんは一向に気にしない。
その間に責任者さんが俺の代わりを務めていたメイドさんを呼び、見ると俺と目が合って笑顔を見せてくれた。 「こっちへ来てね」という意味だろう。
マリエルさんが俺の手を離して立ち上がり、再び横に回って俺の肩に触れる。
俺はロイヤルメイドさんを見上げてうなずき、ヒト一人が通れる程度のすき間を抜けてテーブルの向こう側に出た。
「こんばんは。 何をどうすればいいかは分かってるかな?」
「こんばんはー。 ……うん、大丈夫」
こくんと首を縦に振ると、けっこう若そうなメイドさんはにっこりと笑った。
「じゃ、ここに立ってね」
お姉さんの足元に、俺用らしいお立ち台が置いてあった。 テーブルの幅に合うように数個並べられており、乗ったまま左右に動くことができるようになっている。
階段一段分くらいの高さだけど、乗っただけで視線がグッと大人の世界へと近づいた。
「はーい」
子供らしい返事をすると、笑顔のメイドさんから卒業式か何かのように両手でトングを渡され、俺も両手でうやうやしく受け取った。
その間に俺のお客さん第一号らしきご婦人が来ており、すぐそばで俺達の引き継ぎ式を微笑ましそうに見ている。 というか、既に二号、三号と続々人が集まって来た……おおう。
お姉さんは、俺の通ってきたすき間から向こう側へ歩いていく。 俺が手を振ると振り返してくれ、責任者さんと一緒にこの場を離れていく。
残ったのは、俺とマリエルさん。 しかし……初学生とオルスターマイナって、目立つ組み合わせだよな。
……ま、とにかく仕事だ。
「こんばんは、ボク」
「こんばんはー!」
口元のホクロがセクシーなご婦人と挨拶を交わす。 胸元の開いたドレスを着ていてちょっと目のやり場に困ったが、平静を保って子供らしく応える。
「あのメイドさんと一緒に来たの?」
マダムの視線を追うと、後ろのいるマリエルさんと目が合った。 俺のサポート役も務めてくれることになった宮廷メイドさんは、自然な笑顔を浮かべてお客さんにお辞儀した。
まさに最強のサポーターである。
「うん。 武術と魔術の試験に通って、飛び級もしたら聖母様に呼ばれてほめられちゃいました」
「あらまあ……ところで、ボクはいくつ?」
「六歳です」
「まあ」
恐らく何度も聞かれるだろうなと思われる質問に、気恥ずかしい思いを抱きながらもわざと大きめの声を出して答えた。 意図せず、照れ笑いのようになる。
後ろに並んでいる他のお客さんからも「ほう」と感嘆の声が聞こえてきた。
「それじゃあ、ボクにおすすめのお菓子を教えていただこうかしら」
「そうですねー……」
さっそく予習が活かされる機会がやってきた。 マダムからお皿とフォークをを受け取り――あ、サラダのドレッシングらしきものがついてるな。
「はい、ジャスパー様」
「ありがと」
さっすがマリエルさん。 顔を上げたと同時に、新しいお皿とお菓子用の小さいフォークをセットで差し出してくれた。
笑顔でお礼を言ってそれらを交換し、テーブルに用意されたカラフルなスイーツ達と向き合う。 一個一個は小さいが、その代わりに十種類くらいのお菓子が用意されているのだ。
アダルティな雰囲気のお姉様なので、好き嫌いを聞きながら担当のテーブルの中からよさそうなものをチョイスしていく。 ……おっと、乗せ方にも気をつけないとな。
クラッカーの上に甘いクリームとやや酸っぱいフルーツがトッピングされたものなど、甘いだけじゃないタイプのお菓子をいくつか見繕った。 どれも見た目も凝っていて、見ているだけでも楽しい。
「はい、お姉さん」
「あら、とても美味しそうね……ありがとう」
ちょっと張り切って乗せすぎたかなーと思いながらもお皿を手渡したが、お姉様はとても喜んでくれた。 並べ方も、最初にしてはまあ悪くないかという感じだ。
俺が作ったわけではないし、あるものから適当に選んで乗せただけなのだが、それでも喜んでもらえると嬉しいもんだね。
「さっそく頂こうかしら」
「どうぞー」
時間制限の食べ放題じゃあるまいし、優雅なパーティなのだから別に構わないだろう。 後ろの人達ものんびり待ってくれているしな。
……マリエルさんに見とれている人もいるが。
ご婦人はキレイな手で、最初に俺が勧めたクラッカーを摘んで上品に口へと運ぶ。 思わず赤い唇に目が行ってしまう。
別に変な意味じゃなくて、気に入ってもらえるかなーと思って。
「……んんっ。 とっても美味しい! 私の好みよ」
「よかった」
ほっとして笑みが漏れる。
「困ったわぁ。 美味しすぎて、またお代わりしたくなりそう」
「あはははは……そうしたら、また来てくださいね?」
「ええ」
やっぱり、ちょっと多かったかも……。 だけどご婦人はおくびにも出さず、本当に嬉しそうな様子でテーブルを離れていった。
次からは量にも気をつけることにしよう。
そう思っていると、すぐにお客様第二号の若い女の人が俺の前に立つ。 その次に並んでいる人は男性だけど、今またその後ろに並んだ人は女性だった。
お菓子のテーブルだけあって、やはり女性が多いな。 男の人の目も少なからずこっちに集まってくるが、その視線の先はお菓子よりも俺自身に向いている。 俺の背後に向けられている視線もあるが……その数は意外と少なかった。
次のお姉さんのお皿も交換したときに改めて見てみると、マリエルさんは周りのメイドさんとは明らかに違う色の服でありながらも、自然と周囲に溶け込んで見えた。
動作はさり気なくも的確で、しかも流れるようにスムーズ。 俺が何かを言う必要もなく……それどころか、いちばん残りの少なかったお菓子がいつの間にか補充されていた。 すげぇ。
「ジャスパー君、その服とても似合っているわね」
「ははは、ありがとうございます。 お姉さんもキレイですよ」
「あら、ふふふ……お上手ね」
次々とお客さんにスイーツを選んでは手渡す。
お菓子の好みを聞いて選んでいる合間にも、次に順番の来たリス耳お姉さんと楽しくお喋り。 けっこう小柄な人で、お立ち台に立っている俺と目の高さがほとんど変わらない。
男の人は会話も少なく、好みを聞いてみても「任せる」とか言われるんだけど、女の人は大抵それ以外の雑談も積極的に振ってくれる。 誰からも急かされないから仕事としても問題ないようだし、だったら俺もその方が楽しいので大歓迎だ。
俺の服装をほめてくれる人も多くて、俺もついつい調子に乗って「執事モード」が顔を出し始める。
「どうぞ、お姉さん。 果物系を多めにしてみました」
「ふふふっ、ありがとう♪」
「またお待ちしていますね」
耳としっぽをぴこぴこ動かしながら、お姉さんは軽い足取りで離れていった。
「――では、次は私のをお願いしようか」
更に二人のお姉さんにお菓子を選び、見送っていると次に俺の前に立った人が声をかけてきた。
同じく女の人のようで、だけど声はちょっと低め。 滑舌がよく、凛々しい感じの……って。
ま、まさか――。
「……うそーん」
俺の目の前に立っていた人。 それは。
「なんだ、私の顔に何かついているか?
ジャスパー・オリオール」
「せ、せんせ……」
なんと、学校の担任の先生だった。




