36 きっと彼も本望でしょう
外に出れば、長袖の服では少し汗ばんでしまう程の昼下がり。
マールちゃんからお客様だと呼ばれた私は、玄関に向かいます。
「わたくし、城の方からやって参りましたー!!」
いらっしゃったのは、黒髪を七・三に分けていらっしゃる、黒いスーツ姿の若い男性でした。
両手には、黒くて大きな鞄をお持ちです。 かなり重そうですね。
その方は少し甲高い、でもとてもお元気そうな声で、そうおっしゃいました。
……暑く、ないのかしら?
「あらあら、ご苦労さまです~♪」
まったく見覚えのない方でしたけど、せっかくおいでいただいた方。
にっこりと、笑顔でお迎えします。
「っ!! ……そ、それにしても奥様、すごくお若くてお綺麗ですねー♪」
やっぱり、暑かったんでしょうね。
少し、お顔が赤くなってきました。 大丈夫かしら?
「うふふふ、ありがとうございます~」
「それでですね奥様、今日わたくしがお邪魔したのはですね……」
その方は足元に鞄を置かれると、鞄の口を大きく開けて、中から何かを取り出されました。
かなり重そうな物ですね。
「はい~」
「これを是非ともご覧頂きたかったんですよ!!」
その方は取り出された物を、玄関にある小さなテーブルに置かれました。
ドーンと、とても重そうな音がしました。
「あら、まあ~」
「凄いでしょーこれ! なんと! かの有名なロビン先生がお作りになった、その名も『ロビンの壺』と言いまして!」
ロビン先生ですかー。
私はよく存じませんけど、有名な方なのですね~。 覚えておきましょう?
「まあ、まあ~」
「まずはこの色! 黒一色という、どこに飾っても非常に目立つこの存在感!
昼間は勿論のこと、更にこの光沢が夜の室内でも、〈魔光灯〉や月明かりにとても良く映えるんです!」
「あら、あら~」
「そしてこの大きさと重量感! お宅のご立派な調度品にも決して負けないこの重厚感が、お部屋の高級感を尚一層高めること間違いなし!」
「あら、まあ~」
「更に、この独特の曲線と凹凸が織りなすデザイン性! なんとなんと、正面からよーく見てみると、向き合う二人に見えてきませんか!?
まるで、愛し合う奥様と旦那様を象徴するかのようではありませんか!」
「まあ、まあ~」
「ほら、手触りも凄く良いんですよー! 是非触ってみて下さい!」
その方は、立て続けにその壺の素晴らしさを熱心に伝えてくださいます。
きっと、この方はロビン先生の大ファンなのでしょう。 そうに違いありません。
私は言われるままに、優しく壺の上の方の横側をさすりさすり~と、撫でてみます。
とても、ひんやりとしていますね~。
「あら、あら~♪」
「どうです? 特にその上の方なんて、ツルツルしてるでしょう!」
言われるままに撫でてみます。
おっしゃる通り、とてもつるつるです。
「ええ、ええ~」
「そして、このくびれた部分! とても持ちやすくなっております! どうぞ、握ってみて下さいっ!」
壺の少し下の部分ですね。 私の手には、それでも少し太いと思いますけれど……。
その太さを確かめるように、私は片手で軽く握ってみました。
確かに、両手でなら持ちやすそうです。
「まあ、まあ~」
「作りがしっかりしていますから、少々激しく動かしてもビクリともしませんよー!」
重たそうな壺ですから、ぐらぐらしては危険ですからね。
両手で持って、軽く揺さぶるように動かしてみます。
「あら、あら~」
「どうです……奥さん! いい物でしょう~♪」
そういえば、お客様ですのにお水さえお出ししていませんね。
私の後ろで立っているマールちゃんに、お飲み物を持って来てもらいましょうか?
壺を触りながら考えます。
「ええ~、いいわね~」
「こ、こんなに素晴らしいこの商品! やはりお値段もご立派で、本来でしたら三〇〈ブリス〉もするところを! な、なんとっ!!
今回、奥様だけの特別価格っ! なんと、十ブリスを切りまして! たったの、九千、九百……八、じゅー〈ガム〉っ!!!」
「まあ、まあ~」
かなり熱心にお話になりますね~。 暑いのもあるでしょうけど、うっすら汗をかいていらっしゃいます。
一瞬声も裏返ってらっしゃいましたし。
壺を触りながら、私は後ろのマールちゃんをちらりと見ます。 はっとした表情。 ……気付いてもらえたようですね。
それにしても……触り心地の良い壺ですね。
ちょっと、楽しくなってきました♪
「しかもですね、分割金利は当方が負担致しますから、十回払いならなんと、月々九九八ガム! 一ブリスを切っちゃうんです!」
「あら、あら~」
さて、マールちゃんが戻って来るまで、もう少しお待ちくださいね~。
それにしても、これ……触っていると本当に楽しいです。
「更にですよ! これでまだ驚いちゃいけません! 今回、この場でご購入頂けましたら、な、なんと……」
「まあ~」
「な、なんと、同じ物をもう一つプレゼントッ!!」
かなり触るのが楽しくなってきた頃、お客様は鞄から壺をもうひとつ出して横に置かれました。
てっきり一点物かと思っていましたけれど、同じ物をいくつも持っていらっしゃるなんて、本当にロビン先生がお好きなんですね~?
「あらあら、まあまあ~」
「こんなチャンスは二度とないですよ! どうです、奥様っ!!」
あら、二度とないのですか? そんなに貴重な物なのですね。
既に二つありますけれど。
せっかくですから、もう片手で、もうひとつの壺の方も触らせていただきましょう。
「ええ、ええ~」
「……はぁ」
身を乗り出すようにして、お客様は私を見つめていらっしゃいます。
かなりの勢いでお話しでしたから、息切れてもされていますね。
「~♪」
「……」
「~♪」
しばらく触っていると、マールちゃんが戻ってきました。
あら? 水を持って来ていませんね~? マールちゃんは私の目を見て軽く頷きます。
……そうですか♪
「……あ、あの。 お、奥様?」
「はい~?」
「い、いえ、ですから……」
「ええ~、とてもいい物を見せていただきましたわ~♪」
もうお話はおしまいのようですので、そろそろお帰りいただいた方が良いでしょう。
少しでも気持ちよくお帰りいただけるように、笑顔でお見送りです。
「ええ、良い物でしょう! とてもイイモノですよー♪」
笑顔を返してくださいましたので、私はそれ以上の笑顔を更にお返ししましょう。
「はい、ありがとうございました~♪」
「……え? いや」
「またよろしかったら、いつでもお越しくださいね~♪」
「え? え?」
「心から、お待ちしておりますわ~♪」
「あ、あの……」
何やら戸惑っておいでですけど、お話は終わりましたよね?
もしも、次にもっと面白い物を持って来られましたら、またうかがいましょう。
ですので、最高の笑顔で手を振って、お見送りです。
「うふふ~♪」
「――――っ!!」
「うふふふ~♪」
「え……あ……。
ま、また……また、来ますっ♪ 絶対!!」
お顔が真っ赤になられましたけど……そのまま外に出られて、暑くならないでしょうか?
でも、素早く壺を鞄に戻されて重そうな鞄をひょいと片手で持ち上げておいでなので、きっと大丈夫でしょう。
私は手をそのまま振り続けて、ドアが閉まるまでお見送りします。
ご苦労様でした。
「はい~♪」
――――ばたん。
**********
「あぁ~、楽しかったわ~♪」
その男はドアを閉め、屋敷を出て行きました。
なんと完璧なご対応なのでしょう!
「お、奥様……いつもながら、お見事ですね」
「うふふっ♪ 何が、ですか~?」
「……」
「……?」
すべてご存じにも関わらず、笑顔でいらっしゃる奥様……。
思わず無言になってしまいましたが、これは私の口から『答え』を言ってみなさい、という意味なのですね。
首を傾げていらっしゃいますが、『あの話』は私も聞き及んでおります。
自分で気付くことができなかった事は大きな失点ですが、ご期待通りの答えを申し上げられるでしょう。
「い、いえ、私も途中で気付いたんですけど……あの男、少し前に〈一等貴人区〉で被害が相次いだ有名な詐欺師です。
とてもしつこい上に、それでも断ると『商品を触られて傷が付いた、売り物にならない、何とかしろ!』と脅してくるそうで」
「あら~、そうなの?」
「え、ええ。 ですので、奥様がお相手頂いている間に、チャロに通報しに行かせました」
そう、これはテストなのです。
そして、チャロがちゃんと間に合ってくれれば……!
「たっだいまーっ♪ あの人、門の所で保安隊の人に捕まったよー!」
「お帰りなさい。 ご苦労様でしたね、チャロ」
「うふふっ、お帰りなさ~い、チャロちゃん♪」
間に合いましたっ! 奥様も笑顔です。
何とか、及第点をいただけたようですね……。
「あっ、そうそう! 奥さまー。
なんか、保安隊の人が今度またカンシャジョーを持ってくるって行ってましたよー?」
「あら、そう? ありがとう~♪」
「これで三枚目ですか……さすがです、奥様」
「奥さま、すごーい」
そう、奥様はこうして安全に悪徳商法を撃退してしまうだけではなく、逮捕するために通報に行く時間まで作ってくださるのです!
王都に来て過去に二度……そして三度目は私に気付くように誘導までしてくださいました。
「ふふふっ♪ ちゃんと気付いたマールちゃんも、立派でしたよ~」
「私は、奥様から合図いただくまで確信できなかったんですけどね……」
私と一歳しか変わらない、一六歳の奥様。
なのにもう結婚されていて、お子様もいらして、その上こんなに聡明な方……。
「それでもよ~。 ありがとう、マールちゃん♪ チャロちゃんもね~」
「……はいっ、奥様」
「えへへへへっ♪」
――――いつか私も、奥様のような女性になれるでしょうか?




