366 神さまのいうとおり
確かに、ニアちゃんはこの国の守護者であるアルヴィちゃんの娘だ。
だから、いずれは公にするとしても先にお披露目しておくべき人達がいることは理解できる。
だがニアちゃんは俺の娘でもあるわけで……俺だけでなく周囲のことも考えると、今はまだ大事にすべきではないとも考えている。
それ故、アルヴィちゃんに「俺もニアちゃんもなるべく目立たず、会うべき人にのみ会うための方法」を聞いたのだが……。
その返答が、コレであった。
メイド服を、着る。
――俺が。
「は?」
あまりの想定外な答えに、俺の思考が二つとも固まった。
すると、受話器の向こう側で俺が無言になったからか、発案者たる聖母様から追加の言葉が脳に送り込まれてきた。
《うむ、いかにも!
其方がメイド服を着用すれば、必ずやその目的を果たすことができるであろう!》
彼女の口調は自信に満ちあふれている。 いや、成功が約束されたものであると既に見知っているかのようだ。
しかも普通の人間だったらともかく、このヒトは偉大なる精霊様の中でも別格の存在なのだ。 その説得力はひとしおである。
「そ、そうなのか……?」
《そうだ。 万事解決だ》
「……おおっ!」
なんということだ……。 俺がメイド服を着ればいいのかっ!
俺がメイド服を着ることによって、俺もニアちゃんも目立たずに、この国や他の国の重鎮たちにニアちゃんのことを無事に紹介することができるのか!
うーむ、これは盲点だったな。 たったそれだけのことで解決できるとは……。
そうかそうか。 俺がメイド姿になることで、使節祭の歓迎パーティの場においても俺とニアちゃんの存在が一切目立たない――。
「って、思いっきり目立つわあああああああっ!?」
余計目立つわ!! 意味分からんだろっ!?
危ない危ない、もう少しで信じてしまうところだった。
《んっふっふっふっふっふ……!!》
くそぅ、思いっきり笑ってやがる……。
しかしまさか、思考停止したところに言葉を流し込まれるのが、こんなに恐ろしいことだったとは。 そりゃセラさんだって、簡単にお袋に説得されるワケだ。
「……あ」
我に返って手元を見ると、俺に強く握り締められた我が娘が目を渦巻きにして身体をくったりさせていた。
背丈よりも長い碧の髪が真下に垂れ下がり、頭のアンテナも重力に負けて下を向いている。
《へろへろ~》
「ご、ごめんニアちゃん! ……痛くなかった?」
《ら、らいひょーふらよお~……》
重そうな頭を傾けて顔が天井を向いていたので、右手で支えてなでなでしてあげると「にゅふー」と気持ちよさそうな声を出した。 アンテナもじょじょに立ち上がってくる。
無意識に俺が手にどれだけの力を込めていたかは分からないが、特に痛くはなかったみたいだ。 よかった。
ふと正面を見ると、ショタ精霊ことアーンさんがひとり掛けのソファーに身体をうずめるようにして、うつむきながら横を向いてぶるぶると震えていた。
「……っ。 くくっ……!」
「……」
そういや、今のノリツッコミって、全部筒抜けだったんだよな……。
俺も顔が熱くなってきて横を向きたくなったが、既に後の祭りである。 頬を引き攣らせるだけにとどめておく。
《んふっふっふっふっふっ♪ 期待以上の反応だったな》
「あのなぁ」
あんたってヒトは……っ!
目の前にいたらチョップしてやりたいところだが、いないのだからどうしようもない。 それすらも計算の内のように思えてきて、更に頬がひくつく。
《んふふふ……すまぬ。
だがな、強ち冗談でもないのだぞ?》
ところが、聖母様の口調が急に真面目なものになる。
思えば、このヒトはいきなりトンでもない結論を持ってくるが、その理由は意外にも理に適っていたりする。 目的のためなら手段を選ばず、常識にさえ囚われないのである。
なにしろ、当時タマゴだったニアちゃんに最も効率よくオドを供給するためにと、俺の腹の中にタマゴを埋め込んで妊娠させたくらいなのだから。
「……どういうことだ?」
となると、今回のメイド服についても真面目に考えなければならない。
俺はソファーに埋もれた身体の姿勢を整えて改めて聞き返した。
《うむ。 今回のパーティは交流は無論だが、出席者が祖国や己自身の力と存在感を主張する場でもある事は明白だな?》
「まあ」
外交の一環だからね。 その辺の飲み会とは訳が違う。
《故に出席者については、会場にてその名前と肩書きが公に示される》
「……」
つまり、出席すれば俺の存在も公になってしまうのか……。 「スフィニア姫の母親」として。
《だが、給仕の者達はどうだ?》
「あ……!」
もちろん危険人物が紛れ込まないように、ホスト側がちゃんとした人を用意しているだろうけど。 給仕の人なんか……と言っては失礼だけど、いちいち名を明かしたりはしないハズだ。 せいぜい名札をつけているくらいだろう。
そしてこのヒトだったら、給仕の一人くらいを紛れ込ませるくらいはカンタンなことだ。
ニアちゃんは幸いにして俺のお腹の中に隠しておけるから、そうして給仕に扮して会場に入っておいて、アルヴィちゃんがニアちゃんを紹介する人達を集めたところに俺を呼ぶ――。
でも、それは俺が大人だったらの話だよな? いくらなんでも、六歳の俺が給仕だというのはムリがないか?
《大部分の給仕は城の者だが、一部は近隣の高校や大学院から優秀な家政科の学生を呼ぶのでな》
「おおう……」
それって、学生の初々しさで場を和ませつつ教育レベルの高さのアピールもできて一石二鳥、とゆーことですな? 例によって飛び級だということにすれば、多少の年齢差はごまかせるし。 なにしろ「優秀な学生」なんだから。
おいおい……とても筋が通っているではないか! 爽快にすら感じてしまったぞ。
《理解したか、ジャスよ?》
「ああ」
分かっていたつもりだったが、改めてトンでもない策士だなこのヒト。
「……ただし、メイドさんであることを除けば、な」
家政科の学生なら、別に執事でもいいよな? 見事な策の中に巧みに混ぜてるけどさ、もう騙されんぞ。
ところがこのお姉様は、しれっと切り返してきた。
《何を言う、家政科の大半は女子だぞ? 加えて皆、其方よりも幾つも年上なのだ。
となれば、其方の姿は否応なく目立つだろう》
「そりゃあ、まあ」
だけど、それでも執事の方がマシじゃないか?
各国の要人がひしめく会場で、しかもメイドさんに扮するって……執事でも緊張するだろうに、まともに演技できる自信なんてまったくないぞ。
だが、聖母様は溜め息と共に「解っていないな」と一蹴する。
《良いかジャスよ? メイドに扮するという事はだ――》
俺がメイドさんに扮する理由を説明しようとする聖母様。
しかしそこに被せるようにして、同じ彼女の声で俺の耳にもうひとつの「テレパシー」が入ってきた。
(衆目の中で人知れず女装による羞恥に頬を染め、辿々しくも一生懸命に出席者達に対して奉仕せんとするジャスの姿……♪
それがたまらんのではないか!)
「解ってたまるかあああああああっ!?」
それが本音かっ!!
俺も前に、テレパシーの中に「心の声」が混じっているって言われたことがあるけど……それがコレかよ!
《おっと、我としたことが》
「な、なんてヤツだ……」
油断も隙もあったモノじゃない。
《ならばセーレちゃんも誘うことにしようか? 其方も心強かろうし、幼く愛らしいメイドが二人ともなれば大人気間違いなしだぞ》
「いやいやいやいや」
大アリだよ。 俺の問題にセーレたんまで巻き込むとか、冗談じゃない。
それに、人見知りはだいぶなくなってきたけど……代わりに思いっきり「お姫さまモード」を発動してみろ。 タイヘンなことになりかねない。
《であるなら、其方一人でメイドになるのみだな》
「だから、執事にさせてくれよ……」
そこまでして見たいのかよ。
《見たいに決まっている!》
「そのような場所では勘弁してください」
俺は心の中で土下座した。 というか、全力で土下座のイメージを送り込んだ。
しかしこの女王様は、そんな俺の頭を言葉のヒールで踏みつけてきた……。
《ならば、その家の中で見せてくれる分には問題ないな?》
「……」
もはや、俺に選択肢はなかった。
――なんとか話は終わり、当日までの段取りは聖母様が責任を持ってつけてくれることになった。
少し前にやって見せて、家族や幼馴染みーズのみんなには好評だったけど……所詮は俺の執事なんて、前世のマンガなどから培った「なんちゃって」である。 会場に入るための手続きはもちろん、最低限の振るまい方については誰かに教えてもらわなければならない。
ついでに執事服も手配してくれるそうだ。 ……メイド服もな。
「まあ、なんだ。 元気出しなよ?」
「……はい」
アーンさんが苦笑いを浮かべ、俺の左肩を優しく叩きながら励ましてくれる。
反対側の肩では、ニアちゃんも俺の側頭部をなでなでしてくれた。
《ママ、元気出してねー?》
「ありがとうなあ……」
我が娘の優しさが心に染みる……。
俺はともかく、この娘ならばどこに出しても決して恥ずかしくはない。
娘の成長に、心が温かくなった母であった。




