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そだ☆シス  作者: Mie
学童編(春・つづき)
369/744

340 びよよーんと飛び出してきました?

挿絵(By みてみん)





「始め!」


 地下体育館の一室に響きわたる、アズミーリ先生の喝のような凛々しい声。

 それは生徒達のざわめきを吹き飛ばし、一気に緊張した雰囲気へと空間を変えた。

 ただし……。


「うふふふふ~っ♪」


 我が妹様を除いて。

 さっきまでの怯えようが何かの見間違いだったかと錯覚してしまいそうになるくらい、セーレたんはピクニックにでも行くかのような素敵な笑顔と軽い足取りで無防備に歩き出す。 ツインテールにした金髪が、空気のかすかな抵抗を受けてふわりと揺れる。

 その先には、年齢も違えば背丈も横幅もまるで違う――しかも、ケガをする心配はまずないと分かっていても足が竦むような、抱き枕サイズのソフト大剣を振りかぶっているロン毛のイケメン。

 更には。


「……チッ!」


 苛立ちを多分に含んだ眼光を放ち、露骨に顔をしかめている。 大きな舌打ちが体育館に響いた。

 だけどセーレたんはものともせず、片手で頭全体を隠せるくらいの大きなグローブを両手につけてお気軽に近づいていく。


『……』


 俺の周囲では、一度消えた子供達のささやきがまたあちこちで聞こえ始めた。 言葉の内容はサッパリ聞こえてこないが、声色からしてやっぱり心配してくれているのだろう。

 だが今の俺は、そんな気持ちは一片たりとも抱いてはいなかった。




 ――そして起こる、奇跡の一瞬。




「ヅァァァァァアアアアアアアーーーーーッ!!」


 まだ変声期前の声にもかかわらず、ボロボロ……なんとかいう名前のイケメンは、腰を落としたかと思うと地面の下でくすぶるような低い雄叫びを上げた。

 その声は間もなくマグマの噴火となり、フローリングの床を蹴って前方にスライドすると、あっという間に距離を詰めた奴は横から猛烈なフルスイングを放つ!

 普段以上の殺気さえこもっているような気合に、かすかなざわめきは再び一瞬にして吹き飛ばされた。 身体をビクッと震わせた子も複数、俺の視界の両端に映った。


「ふふっ」


 彼女ならば、本当に抱き枕として使えそうなほどのソフト大剣。 更に、その剣の腹を向けて最大限に面積を広げたスイングが、彼女を吹き飛ばさんとする勢いで横から迫る!

 その上、飛んでも屈んでも当たりそうな絶妙な高さなのが嫌らしい。

 ところが……少年の迫力に目を奪われていた傍らで、我が妹様は既に動き始めていた。


 俺は広く視野をとっていたから気づいたが、果たしてその全てを目で追えた人はどれだけいただろう?


 セーレたんはまず、奴のスイングとほぼ同時に軽くつま先を揃えて床を押し……そのゆっくりさとは正反対に、かなりの速度で身体を丸めながら空中でバック転をした。 彼女の両横で、ツインテールが金色の輪を描く。

 しかもハニーは、蹴ったつま先の左右で力加減を微妙に変えていたらしい。

 回転の速さで分かりにくかったが、彼女の身体は縦に回りながら九十度向きを変え、ちょうど迫り来る大剣に対してお尻を向ける方向になっていた。

 そして――。



「アアアアアーーーーー……ッが!?」


 キレイに揃ったハニーの両足は、絶妙のタイミングでイケメンの大剣を真上から蹴りつけた(・・・・・・・・・)



 体格差があれば当然体重差もあるが、それでもやっぱり人ひとり。 体重の乗った上からの蹴りに、踏みつけられはしなかったものの大剣の軌道は斜め下にムリヤリ変えられた。

 更には身体を引っ張られる形となり、奴の上半身がセーレたんの方へわずかにバランスを崩す。

 それと同時に大剣はフローリングを叩き、布団を叩いたような重々しくこもった音が鳴り響いた。

 一方、セーレたんの方は。



「ふふっ♪」



 蹴りつけた反動で身体を垂直に立て、ガニ股のまま身体を傾けたイケメンの目の前で宙に留まっていた。

 それから、既に挙手していたグローブつきの左手を――。


「えいっ♪」


 突き出されたヤツの頭に、音もなく着地しながらそっと置いた。

 横に広がったツインテールが、俺にはまるで、舞い降りた黄金の鳥が羽を折りたたむかのように映った。



「……ァ?」



 一秒あったかどうかの、わずかな時間。

 それが過ぎてみれば、長身の少年は両脚を広げた妙な体勢で自らの頭を突き出し、小さな少女がその頭を微笑みながら優しくなでている――。

 そんな図ができあがっていた。


 果たして。

 やられた本人も含め、その全てを理解できた人はどれだけいただろう?




「…………」


 静まり返る体育館。 別の部屋から、他のグループの子供達の声がぼんやりと聞こえてくる。 固まっていた首を左右に動かしてみると、誰もが目を点にして活動停止していた。


「……」


 真後ろを見てみると、マーヤお姉さんも前後左右に同じく。 睫毛の長い目を文字通り目一杯に開き、瑠璃色の瞳が小刻みに震えていた。

 鮮やかなピンク色をした唇もわずかに開いて同じように震えていたけど、そこからは言葉も声も漏れてはこない。

 ……息はしているんだろうか?


 俺は再び正面を向く。

 ハニーはヤツの頭から手をどけ、俺に愛らしい笑顔と共に小さく振り始めた。 こっちに青いロン毛を向けた後頭部は、そのままの体勢でいまだ固まっている。

 で、一番近くで見ていたアズミーリ先生が、驚愕の表情からいち早く我に返って瞬きを繰り返す。

 それから、片手を肩の位置までぎこちなく上げて。


「え……そ、それまで」


 試合の終了を告げたのだった。



 ――みんなの時間が動き始め、セーレたんは俺の元に戻ってきた。


「えへへっ」


「お、お疲れ……」


 ほにゃっと嬉しそうな笑みを浮かべ、ハニーは俺の左側にくっついて腰を下ろす。 その身体はもちろん温かいが、特に体温が上がっているわけではなかった。

 って、それもそうか。 そんなに動いてないしな。


「うふふ~♪」


 俺の肩に体重を預けてくるセーレたんの頭を、俺は後ろから手を回して優しくなでる。 ほとんど条件反射に近い行動だった。

 なで始めてから気づき、俺は気持ちを込めて本当の意味でなでなでする。 妹様は上目遣いに俺の顔を見ると、そっと目を閉じて更に身体をすりつけてきた。


「す、すごかったな……」


 それ以外に言葉が出てこない。 だけどアズミーリさんも同じで、試合後のコメントもなくハニーを戻したのだ。

 今になってようやく一部の子達から質問が上がり、先生がさっきの妹様が何をしたのかを解説し始めた。

 ……といっても、「唸るような勢いで繰り出された横薙ぎを、タイミングよくバック転で踏みつけました」って、ただそれだけなんだけど。

 でもコレ、真剣白刃取りとさえも比べようのないくらいの神業だよな? 分かったところでどーしろと?


「お兄ちゃん」


 俺に寄り添ったセーレたんは目を開けると、蒼い瞳に俺の顔を映した。

 そして、俺と大差ない先生の解説にみんなが茫然としているのも気に留めず、女神様のように微笑んで。




「お兄ちゃんのためならね? セーレは、なんでもできるの」




 究極の解説を、俺だけにささやいた。


「……そ、そうか」


「うんっ」


 再び目を瞑った彼女の頭を、俺はなでなでし続けた。

 なるほどな。 ……だったら、この子は絶対無敵だわ。



 その後。

 俺もいちおう一組の槍使いの子に勝ったんだけど……他の試合同様に注目されることはまったくなく、授業は終わった。

 ――で、四時限目も終わって放課後。


「すっごいなぁ~」「どうやったらできるのー?」

「俺も踏まれてぇ……」


 先生ズが教室を出て行くと同時に、隣のハニーの席をクラスメート達が取り囲む。 しかも、隣のクラスからも何人かが飛び込んできた。

 って、ちょっと待て!? 今何か、危険なセリフが聞こえなかったか?


「ちょ――」


「ふふふ……すごい人気ね」


 とっさに立ち上がろうとした俺の肩を、後ろからお姉さんが手を置いて引き止めた。


「いや、今それどころじゃ」


「あら、愛しの妹を取られちゃう?」


「だから……」


「早く教室を出ないといけないのに、ねぇ?」


 瑠璃色の目を細め、色っぽく微笑むマーヤさん。

 あの……わざとやってません?


「今、聞き捨てならない……」


「ふふふ、大丈夫よ。 きっとたぶん、もしかしたら冗談のような気がしないでも……あら?」


 フォローのようで更に俺の不安を煽ろうとしていたお姉さんが、ふと横を向いた。

 何かのフェイントかとも思わないでもなかったが、確かに隣が急に静かになったので俺も目を向ける。

 すると。


「……」


 取り囲んでいた人だかりがぱっかり割れて、マイシスターの横にあの長髪イケメンが立っていた。

 えっと、ボロボロ……なんだったけ?


「……おい」


 ヤツは両腕を組んで仁王立ちをし、初学生らしからぬ真剣な表情で、ちょこんと小さなイスに座っているセーレたんを見下ろして声をかけた。


「うん?」


 妹様は小首をかしげつつ、明るい窓を背中にしてそびえ立つイケメンを見上げている。 ヤツの声の静かさがかえって不気味だ……。

 廊下や両隣の喧騒を背景に、この教室だけが張り詰めた沈黙に包まれていた。

 沈黙を破ったのは、当然ながらその青髪の少年である。



「顔を貸せ」



 ちょ、ちょっと待て……!?

 周りからは小さなどよめきが上がったが、ヤツはひと睨みで黙らせる。

 しかしそれで子供達が完全に黙るわけもなく、少し離れたところでは身を寄せて内緒話をするグループがたちどころにでき始めた。

 俺の位置からはこそこそ話の一部が聞こえてきて、俺の不安を一層煽り立てる。



『おいおい、まさか決闘か?』

『もしかして、愛の告白だったりして……きゃーっ』

『あいつも、踏まれることに目覚めて……』



 冗談じゃないぞ!? 特に最後の!

 マーヤさんが「どうするの?」と視線で話しかけてくるけど、そんなことは決まっている!


「チョ――げほっ! ……ちょっと待てぇ!」


 動揺のあまり一瞬声が裏返ってしまったが、おれは慌てて席を立ち上がり二人の間に飛び込んだ。





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