338 現実のフラグなんてそんなもの
その日、俺達はクレイグ叔父さんと一緒に、日が傾くまで庭で稽古んだ。
「も、もう無理……」
セーレたんから何度も再戦を申し込まれ、レイグさんはボロボロになっていた。
赤みの差してきた庭で大の字になっている様は、最後まで戦い抜いた戦士というよりは敗残兵のようだ。
ちなみに俺はエミーちゃんと勝負を考えない純粋な打ち合いの稽古をしたり、途中からはお袋やセラさんも混じって指導してもらっていた。
エミーちゃんは帰る時間が近づいてきたので、少し前に抜けてしまったけどね。
「えへへへへ。 勝ったの~♪」
最初の何戦かは叔父さんが妹様の猛攻をしのいでいたものの、これこそが子供の恐ろしさ。
一回のスタミナは少ないものの、セーレたんはすぐに回復して「もういっかい~!」とせがみ、対して叔父さんはだんだんと元気がなくなっていった。
しかもハニーは、みるみるうちに叔父さんの戦い方の癖を掴んで対応していく。 防御は本気でも攻撃にはどうしても躊躇が生まれてしまうレイグさんに、妹様はその手足に巻きつくように接近して打撃を叩き込むようになっていった。
結果、最終的な戦績はほぼ拮抗してしまっていた。
「ど、どっちも使いこなすとは、なんと恐ろしい……」
叔父さんいわく、同じ流派でもセラさんは打撃が多く、お袋は実は投げ技が多い傾向にあるらしい。 言われるとなるほど、二人は動き方が違うもんな。
セーレたんは両方から指導を受けているが、まだ小さいこともあって投げ技はあまり教えてもらっていない。 なので、お袋からは代わりに相手の手足を取ってカウンターを叩き込む技を教わっている。
マイシスターが蹴り技を多用するのは、そういった理由もあるんだよね。 ……手をグーにしていたら、相手を掴めないから。
俺も、するすると攻撃をかいくぐって絡みついてくる妹様には、いつもなす術なく押し倒されている。 最近の負けパターンだった。
にしてもお袋って、昔はわりと親父をものすごいパワーで殴る蹴るしていたような気がするが……それでも投げる方が得意なのだとすると、やっぱりアレでも手加減していたということになるんだろうか?
「打撃は加減がしやすいけど、投げるのは受ける方にも実力がいるからねぇ」
「さすがに、極めながら投げてしまったら、パパでも折れちゃうもの~」
なんとも恐ろしいことを、金色の親娘はさらりとおっしゃった……。
そろそろ夕食時になり、レイグさんはお暇することになった。
泊まりでもしない限り、夕飯以降は家族団らんの時間である。 そういう慣習なのでアナさん達も既に帰っているし、クレイグ叔父さんも例外ではなかった。
「ついでに食べて行きなさいよ」と誘うことが多い日本とは、このあたりは違っている。 まあ、夕食が終わった頃には外が真っ暗になっちゃうもんな。
「兄貴……帰るよ」
「おう、また来いよ!」
夕方に帰ってきたばかりの親父に、レイグさんはリビングでぺこりと頭を下げる。 今日も本当は休みだったのに、また部下の人の体調がよくないらしくて朝から出勤していたのだ。 ……大丈夫なのかな、その人。
親父はほとんど背丈の変わらない叔父さんの肩を強く叩き、小気味よい音がリビングに響いた。 レイグさんはちょっと痛そうにしながらも、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「っ……う、うん」
「お前も大人になったんだ、今度は一緒に酒でも飲もうぜ」
「俺……飲んだこと、ないんだけど」
「そうなのか?」
「酔っぱらった先輩とか見てると、どうも……」
「あはははは……何事も加減だよ。 たしなむ程度なら体にも良いしな」
「じゃ……今度、少しだけ」
「ああ!」
キッチンからいい匂いがしてくるリビングで、親父がまたレイグさんの肩を叩いている。 本当の兄弟みたいだ。
こういうやり取りって、男兄弟独特な感じがしていいよねー。 大人になったとしても、俺とセーレたんとではこういう風にはならないだろう。
するとしたらリソ君だけど……それはかなーり先の話だろうね。
「じゃ、帰るよ」
「おう」
また同じような言葉を交わし、叔父さんは部屋を出ていこうとする。
「レイグさん、また稽古しようねー」
「ばいばいなの~」
《また来てねー!》
「あ、ああ……」
俺とハニーと我が娘も、席に座ったまま手を振った。 親父の隣で大人しくご飯を待っていたリソ君は、きょとんとした顔をしている。
そんな弟くんの顔が面白くて目を向けていると、少し顔が引き攣っていたレイグさんの「俺ももっと稽古しねぇと……」という呟きがかすかに耳に入ってきた。
本当に頑張ってね? 俺の隣で手を振りながらほにゃ~としているセーレたんの柔らかな笑顔は、かなりの勝率を確信しているように見えるから。
「あっ、お見送りしますね」
「い、いや……!?」
キッチンでお袋やセラさんと並んで料理していたマールちゃんがポニーテールを揺らして振り返り、レイグさんはあたふたして首を横に振った。
俺とセーレたんの向こう側からテーブルを回ってレイグさんに近づいていくマールちゃんの両手には、小さな四角い包みが乗せられている。
「ふふふ、お気になさらないでください。
それと……これ。 よろしかったら、帰ってからお召し上がりください」
「あ、いや……ど、どうも」
背の高いレイグさんが摘むようにして持つと、小さな布の包みがオモチャみたいに見える。
叔父さんは表情をムリヤリ押さえつけるようにピクピクと震わせながら、だけど嬉しそうにしていた。
「どういたしまして。 ……では、行きましょう」
「は、はあ」
マールちゃんが振り返ってアイコンタクトで俺達に許可を求めてきたので、もちろんうなずく。
お仕事モードではない笑みを見せると、マールちゃんはまた前を向いてリビングのドアを開けた。
すると――。
『ただいま戻りましたー♪』
玄関の方から、元気で甲高い声が聞こえてきた。
「え?」
「あら、帰ってきたみたい」
突然の声に叔父さんはビックリしたようだが、マールちゃんは動じることなく小首を傾けた。 もちろん、俺達も驚かない。
いつも通りと言えばそうなんだけど、今日は十七歳の誕生日とお休みが重なって、メイドクラブのお友達といつもより少しだけリッチなところへお出かけするんだと言っていた――そのチャロちゃんが帰ってきたのだ。 なので、今日はいつもより少しだけ気合の入ったオシャレをしていた。
先に誕生日プレゼントは渡していたものの、それで実は俺も例の喫茶店にでも行かない? と誘っていたんだけど、その約束があるからと断られていた。 『だったら、わたしよりもお姉ちゃんを誘ってあげてください』とも言ってたけどね。
……ふむ、今度考えておこうか。
朝、嬉しそうに出かけていくチャロちゃんのしっぽの付け根には、俺のプレゼントしたしっぽリボンをつけてくれていたしね。
木の廊下なのに、小柄なチャロちゃんが歩くと「ぱたぱた」という擬音がよく似合う軽い音を立てて近づいてくる。
そして開いているドアからひょっこり顔を出して――。
「ただいま戻り――あ」
「あ」
チャロちゃんとレイグさんは目が合い。
「あーっ!」「あっ?」
お互いに指を差し合った。
えっ、なに? 二人は知り合いだったの?
「えっ? どうして……どうしてここにいるんですかっ!?」
「いや、それは俺のセリフ……」
俺だけじゃなく、マールちゃん達も誰も知らなかったらしい。
みんながぽかーんとしているのをよそに、二人は指を差し合ったまま言葉を交わしている。
「わたしはここにメイドとして――」「俺はお袋に言われて、姉貴の家に――」
「えっ?」「え」
二人はほぼ同時に喋り、そして二人同時にハテナマークを頭の上に浮かべていた。
根本的な謎はまだ解けてはいないものの、どうやらお互いに近しい縁を持っていたことは知らなかったようである。
「あらあら~? レイグちゃんとチャロちゃんはお友達だったのかしら~?」
キッチンから、お袋が手を拭いてからのんびりとやって来た。
それにしても「お友達」って、子供じゃないんだから……まあ、年齢的には二人とも日本じゃ高校生くらいだけどさ。
「れい、ぐ?」「チャロ……?」
だけど、二人は指を差したまま互いの名前を聞いて首をかしげている。
って、名前も知らなかったのか? ますますワケが分からない……。
「えっと……二人とも、知り合いだったの?」
ラチが明かないので、俺は直接聞いてみることにした。 ……主に、口下手じゃないチャロちゃんに向かって。
「あ、はい。 といっても、ついこの間メイドクラブの先輩にお願いされて行ったお見あ――じゃなくて、『交流』パーティで一度会っただけなんですけどー」
「俺も、仕事の先輩に無理矢理連れて行かれて……」
「……なるほど」
大体理解した。 二人とも、人数合わせか何かで強引に誘われた合コンで顔を合わせただけだったらしい。
で、お互いに合コンにはサッパリ興味がなかったから、名前もロクに知らなかったのか。
こっちの合コンがどんなものかは知らないけどさ……もしも二人がちゃんとフルネームで自己紹介していたら、きっと面白いことになったろうに。
「お兄ちゃん、チャロちゃんとレイグおじさんはお友だちなの~?」
《ねーねーママ~? どゆことー?》
「えっとねー」
隣のセーレたんとテーブルの上のニアちゃんが俺に聞いてきたので、簡単に教えてあげる。
「ちょっと前に一度だけ会ったことがあったみたいだね。 会っただけで、話とかはあんまりしてないっぽいけど」
「そうなんだ~」
《ふーん》
二人のリアクションはイマイチ薄いが……ま、そんなもんだろう。 知り合いとも言えないような間柄だしな。
「だったら、お友達ね~♪」
しかし、お袋はぱふっと両手を胸の前で合わせながら、女神様スマイルを存分に発揮していらっしゃった。 確かにお友達というか、広い意味で親戚に近い関係ではあるけどさ……。
ちなみにこの国では、主に十五歳になって成人するか結婚・離婚する際に自分の名字を変えることができる。 孤児だったメイドちゃんズは二人とも孤児院の名前が名字だったらしいけど、成人の時に親父とお袋からオリオールの姓を贈られて改姓している。
あのときは二人とも、すっごく喜んでいたよな……。
「そ、そうかもしれませんねー……」
「う、うん……」
驚きの再会となったオリオールさん達は、お袋に向かって微妙な笑みを返していた。
「ふぁぁぁぁぁ~」
夜も遅くなり、明かりを消した部屋のベッドの中で、マイハニーがお口を押さえながら可愛らしいあくびをした。 眠そうな目の端に涙が浮かんでいる。
「今日は、いっぱい遊んだもんな」
「うん……」
優しく頭をなでなでしてあげる。 口を押さえたまま、ちょっと恥ずかしそうな上目遣いを向けてくるのがこれまた可愛い。
ニアちゃんは既に俺のお腹の中に入っていて、すっかり大人しくなっている。 熟睡しているようだ。
「おやすみ」
サラサラの前髪をかき上げてキスをし、毛布を持ち上げて隙間を作ってあげる。
セーレたんは俺へ更に身体を寄せて距離をゼロにすると。
「……ちゅっ♪」
自分の口を隠していた両手を俺の頬に伸ばし、不意打ちをしてきた。
「えへへ……おやすみっ」
「お、おう」
まったく、この子は……敵わないわ。
満足そうな笑みを見せると、妹様は長い髪を押さえながら毛布の中に消えていった。
「……ふぅ」
俺の身体に抱きついてくる柔らかさと温かを感じながら、俺は薄暗い部屋の中で息を吐いた。
窓を覆う薄いカーテンが、四角形のかすかな光を室内に透かしている。 長かった今日の出来事がまるで映画のように、俺の記憶の中からスクリーンへと映し出された。
「俺も多少は、強くなっているみたいだな」
現実での強さなんて、ゲームみたいにハッキリと数字に出るわけじゃない。
だから実際に比べるしかないわけだが……レイグさんのおかげで、俺も工夫次第である程度は何とかなることが分かった。
並行思考は俺自身も半信半疑だったけど、ずっと続けてきてよかったよ。
――これで、次の段階に進めるな。
「さてさて、俺はどこまで行けるのかな?」
俺の体も、ずいぶん疲れているようだ。 自覚した途端、急激な体のだるさと眠気が襲ってくる。
「……おやすみ」
抱きついて動かないハニーを毛布の下に感じながら、俺も夢の世界へと飛び込んでいった。




