番外編5 聖なる夜に、よき夢を
いきなりですけど、クリスマス番外編です。
やっぱり書かなきゃですよね?
――目が覚めると、宇宙の中にいた。
星の海。 そんな形容がまさに当てはまる光景。
とても静かな闇の中、無数の光瞬く粒子がはるか彼方まで続き水平線を形作っている。
その水平線から上は満天の星空。 星の海のあちらこちらから、光の粒達が瞬きながらゆっくりと立ち上り、やがて空に届くと天に張りつき星となる。 しばらく輝き続けた星はだんだんとその光を失うが、また新しい星が海からやってきて輝き始める。
俺が眠っていたのは、そんな星の海を望む夜の浜辺だった。
「んふふ。 ……目覚めたな」
隣には、珍しく紅い厚手のドレスを纏った聖母様がいた。
暗い砂浜に腰を下ろし、片方だけ立てたひざを両手で抱えている。 白いタイツに包まれたその頂点に頭を横向きにして預け、優しい笑顔を浮かべて俺の顔を見下ろしていた。
「あれ? 俺、いつの間に寝て――っ!?」
自分の出した声に違和感を覚え、俺は驚いてのどを押さえる。 そして、その感触にもまた驚いた。
「こ、これって……」
手のひらに感じる、のどの突起。 何より、この声の低さ。
そういえば、すぐ隣に座っている精霊様がやけに小さく見えることに今になって気づく。
「んふふふ……漸く気が付いたか」
「ちょ……これ、一体どういうことだ!?」
にやりと瑞々しい口の端を持ち上げる彼女に、俺は仰向けの身体を跳ね起こして声を荒げる。 俺の声はやはり、甲高い子供のそれではない。 ……明らかに、成人男性のそれであった。
しかも、この声には覚えがある――。
自分の顔を両手で触りながら、俺は隣で微笑む彼女を見下ろす。
そう……今まで見上げていたはずなのに、今の俺は彼女の知的で整った小顔を見下ろしていた。
「さあな?」
対し、アルヴィちゃ――アルヴィは俺の目をじっと見つめて笑みを深めるばかり。
しかし俺は、彼女のメガネのレンズの向こうで、その碧の瞳に映っているものに気がついた。
目を見開き、バカみたいに口を開けっぴろげにしている男。
どこにでもいそうな……平凡で、悪くはないが特別良くもない顔。 しかし、他の誰よりもし親しみの持てる顔。
「なんで……俺……」
彼女ならば、これがどういう事なのか知っているはず。
今までに比べれば地鳴りのような声を絞り出し、事の真相を尋ねるが。
「んふふふふふ。 ――既に、解っているのだろう?」
「……」
唇の曲線を緩め、まさに聖母と呼ぶにふさわしい微笑みを見せるアルヴィ。 彼女の背後には、きらめく星空と星の海がどこまでも無数に広がっている。
異変に気づいたときから、そうではないかと思っていたけど。
「……そういう事か」
「さあな?」
呟いた俺に、アルヴィはひざに乗せた小さな頭を軽く揺らした。 星明かりを受けた金縁メガネのフレームとレンズが、光加減を微妙に変える。
「さあなって、これは明らかに――」
動揺を抑えきれない俺の口を、白く細い人差し指が触れる。
とても柔らかい感触に、俺の言葉は封じられた。
「その先は言うな。 それは野暮というものだ……違うか?」
「…………ふぅ」
あまりに優しすぎる微笑みに、俺の頭がため息と共に落ち着きを取り戻す。
もしもそうなら――いや、だからこそ、か。
「んふふふ……だからこそ、さ」
ま、そういう事があってもいいのだろう。 そういえば今日は――そうだよ!
今夜は、まさにそういう日だった。
「叶って良かったな? ん?」
「いや、まあ……」
むしろ、あんたが叶える方じゃないのか? と思ったが……この場合はどうなんだろうね?
……考えるだけ野暮か。
「で、どうだ? 久し振りに戻って」
「うーん……なんか、変」
六歳児から急に戻ると、違和感がものすごい。
彼女の瞳に映る俺の顔も、なんとなくそうだったなーという気はするが、細部がまったく判然とせず酷くあいまいだ。 俺だということは分かるのに。
自分の手を見ても、やたらにでかくてゴツゴツしていて。 確かに自分のものなのに、実感がイマイチ湧いてこない。
ま、考えても仕方ないのだろう。
「――で、これからどうすればいいんだ?」
状況は解ったとして、俺はいつまでこの星の浜辺にいればいいんだろうか。
こんなロマンチックな場所で、この人とずっとお喋りしているのも悪くないが……。
「決まっているではないか」
だが緑の大精霊様は、ひざから顔を離すと指先でメガネのフレームを押し上げてから、その指を星の海へと向けた。
「行くのだよ、あの先に」
「あの先って……あの先か?」
つまり、星の海に飛び込めと?
「うむ。 今宵は、大人が子供に贈り物をする日だそうだな?
ならば、今の其方はどうするべきか」
「……ああ」
なるほど、そういう趣向なのか。
よく見れば彼女の紅いドレスと白いタイツはまさにそれだし、俺の着ているコートだって赤いしそのまんまだった。
「でも、モノがない――って」
俺もアルヴィも手ぶらだし……と思ったら、彼女の手のひらにはリボンで可愛らしくラッピングされた小さな箱が乗っていた。
「これで問題ないな? ……そら、行くぞ!」
「ちょっ」
立ち上がってお尻の砂を払うと、アルヴィは俺の腕を掴んで強く引っ張った。
……ってコラコラ!? 目の前にタイツ越しとはいえ脚がっ! スカートがっ!
なんとか踏ん張って俺も立ち上がると、頭ひとつ低い彼女は楽しげに俺の腕を引いた。
「さあ行くぞっ♪
時間は……限られているのだからな?」
「……だな」
いつ終わらないとも知れないこの時だ。
焦らずに、しかしそれなりに急ぐとしよう。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
波打ち際から二人でプールのように飛び込むと、無数の光の粒子が俺の視界を覆い尽くした。
思わず目を瞑り、再び開くと……俺は暗い部屋の中にいた。
「ここは……?」
深い闇に包まれた部屋の中。 最初は目が慣れなかったが、次第に室内が見えるようになってきた。
あまり広くない室内は整理が行き届いていて物が少なく、だけど小さく可愛らしいぬいぐるみがちょこんと置いてあったりもする。 ベッドの枕の傍に置かれているマグカップも可愛くて……あれ?
見たことがあるなーと思ったが、そのベッドで静かに眠っている子を見て俺の心臓が一瞬跳ねた。
「すぅ……すぅ」
静まり返った暗い部屋に、その子のかすかな寝息が溶け込んでいく。 寝顔はとても穏やかで、長くて茶色い髪は後頭部と枕に挟まれて緩やかに広がり、規則的に上下する温かそうな布団の中にしまわれていた。
起こしてはマズイと、俺は自分の口を手で覆う。
(エミーちゃん……)
生まれ変わった俺にとって、初めてできた同い歳の友達。
寝顔を見るのは赤ちゃんのとき以来だけど……すいぶんと大人っぽくなった。 とはいっても、まだ六歳だけどな。
今の俺から見れば、普段から何かと頼りにしている彼女も、ごくごく普通の可愛らしい小さな女の子だった。
《ふむ。 寝相が良いな》
俺の横で、アルヴィが眠っているエミーちゃんを覗き込みテレパシーで呟いた。
《……あはは。 そうだな》
昔はけっこう寝相が悪くてねぇ? 並んで昼寝をしていて、何度顔や腹を叩かれて起こされたことか……。
ま、それも今はいい思い出だ。
「ん……」
見ていると、エミーちゃんはかすかに声を漏らして枕の中で頭をもぞもぞさせた。
だけどすぐに落ち着き、再び安らかな寝息を立て始める。
《さあ、これを枕元に置くが良い。 夜は決して長くないぞ?》
《……ああ》
横から小さな箱を差し出され、俺はそれを受け取った。
キレイにラッピングされた箱の中身が気になったが……聞くのはやめておこう。
「いつも、ありがとうな。 ……これからも、よろしく」
俺はベッドの脇で腰を屈め、起こさないように気をつけながら小声でささやいた。 こうして見ると、本当に小さい女の子だ。
小箱を枕元にそっと置き、俺はベッドから離れる。
《では、次だな》
《ああ》
隣からアルヴィが俺の肩を叩く。
もう少し見ていたいが……時間もないようだし、いつまでも女の子の寝顔を見ているのも失礼だろう。
「……いい夢を」
足元に星空のような水溜まりが生まれ、俺はその中に身体をゆっくりと沈めていく。
エミーちゃんの顔が、最後にちょっと微笑んだように見えた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
次の部屋には、少し見覚えがあった。
「意外と普通なんだよな……」
広い部屋には本棚や洋服ダンスが増えていたが、それでもまだまだ広さに余裕のある部屋。 それらも作りが丁寧で、高級品であることが見て取れる。
男の子でも女の子でもあまり違和感のない、全体的に落ち着いた雰囲気に包まれている。 クリーム色の天井には魔石が埋め込まれていて、室内の空気を暖かくしている。
たしか、昔は天井に空の絵が描かれていたはずだけど……塗り直したんだな。
柔らかそうなベッドには、ピンクの髪の小さな子が横向きになり、口元に手を可愛らしく当てて眠っていた。
長くて白いうさ耳が、その小さな手の下半分を毛布のように包んでいて温かそうだ。
(凶悪な可愛さだな……)
寝息もほとんど聞こえないこの子は、どう見ても女の子っぽいが実は同性。
普段の呼び名は女の子っぽいが、実際の名前にはちょっぴり男のらしさのある……リュシアン君、その人であった。
《……》
今は朱い瞳を隠しているものの、それでも魅入ってしまう愛らしい寝顔に言葉が出ない。
《どう見ても、男には見えんな……》
聖母様はまじまじと寝顔を覗き込み、あごの下に手を添えて首をかしげた。
確かに可愛すぎるその外見。 だけど……リリちゃんも同じだけど、この子もそれに振り回されてるところがあった。
今はむしろそれを楽しんでいるみたいだけど、昔はほとんど誰もこの子に近寄れなかったんだよな……。
「いい夢、見なよ?」
俺はアルヴィから差し出された小箱を枕元に置き、次のこの元へと向かった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
次は見たこともない部屋だった。
(これはまた……)
たくさんのぬいぐるみやオモチャ、そして本棚には絵本から参考書までがギッシリ。 小さな鉄アレイみたいなものまである。
ご両親がどれだけこの子を可愛がっているかがよく分かるな。 ……ちょっと過保護かもしれないが。
「すぅ……すぅ……んぅ」
枕の左右にぬいぐるみを置き、ベッドの中で身体を丸めているのはくりむちゃんだ。
黒い耳をぴくぴくさせると、かゆいのか布団の中から手を出して耳の付け根あたりを何度か掻いて、また手を布団の中に入れた。
(ヘタに声を出したら起きちゃいそうだな)
ころんと寝返りを打ち、わん子ちゃんは反対側を向いた。 布団がめくれてしっぽがはみ出たので、布団を軽く引っ張って中に入れてあげる。
(こっちに置いておこうか)
枕元に置けないので、俺はアルヴィから受け取った小箱を枕元の片方のぬいぐるみに持たせた。
俺のお袋から聞いたけど……くりむちゃんは、今のお父さんと亡くなった本当のお父さんがしていた、同じ仕事がしたいんだってね。
(俺も応援してるからな)
柔らかそうな黒髪を撫でたくなるのをグッと堪え、俺達はくりむちゃんの部屋を後にした。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「いい部屋に住んでるなぁ」
順番から予想はしていたけど、次はニコの部屋だった。
特別広くはないものの、新築の個人部屋は機能的な家具が置かれ広く使えるようになっていた。
……鍛錬用の木刀や勉強途中の本なんかが散乱してて、台無しだけどな。
「うぅん……もう食べられないよぉ~」
「……」
なんつーベタな寝言だ。
ベッドに大の字になって片足を放り出し、ニコはよだれを垂らして幸せそうにふやけた寝顔をしている。
まったく……憎めないヤツだ。
「間違って食べるなよ?」
俺は小箱を、ニコの手の届かないベッドの端に置いた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
――その後はエルネちゃんをはじめ、いろんな人や子のところに訪れては小箱を置いていった。 小さな子だけかと思っていたが、途中からは大人の人のところにも飛んだ。
ちなみに、年頃の女性のみなさんについてはコメントは差し控えておこう。
いろいろと心臓に悪いモノを見たり聞いたりしてしまったしな……。
すごい格好、というかむしろ何も――だったとか。
誰よりも俺がいちばん聞いちゃいけなかった寝言を聞いちゃったとか。
はたまた、某お姉さんには気配を悟られて危うく見つかりそうになったとか……。
そして、最後はやっぱりこの子だった。
「……」
暗い部屋の中で小さな妖精さんの身体に顔を寄せるようにして、見慣れたベッドで眠るセーレたん。
ニアちゃんはハニーの肩から首に沿って、身体を預けてよく眠っているけれど。
「……ちゃん。 おに……ちゃぁん……」
彼女は辛そうに眉を寄せ、誰もいない右側に手を伸ばしていた。
「セ――」
反射的に手を伸ばそうとして……視界に映った自分の手を見て、動きを止める。
いつもの手ではない、この子の知らない手。
この手で触れて、果たして安心してくれるのだろうか……。
《……握ってやれば良い》
ためらっていると、隣で紅いドレスの少女が俺に優しく微笑みかけてくれた。
でももし、この子に手を払われでもしたら。
《ならば、放っておくか?》
「……」
「おに……ちゃ……っ」
放っておけるわけがない。
俺は伸ばした手を一度強く握り、それから怖々と……触れれば壊れそうな不安を感じながら、宙をさまよわせる小さな手をそっと包み込んだ。
「ぁ……」
「……」
俺はもう片手を彼女の頭に伸ばし、うっすらと汗で額にくっついた前髪を横に払い、優しく頭をなでた。
願わくば、この手でも彼女の心が安らかになってくれますように――。
「お兄、ちゃん……」
「……セーレ、ちゃん」
大きさはもちろん、感触もまったく違うだろう俺の手。
しかし彼女は、俺に包まれた手から逃れようとすることもなく、むしろ身体の力を抜き。
――微笑んでくれた。
「えへへへへへ……♪」
セーレちゃんは俺に握られた手をそれごと胸元に引き寄せ、もう片手も使ってニアちゃんと一緒に抱きかかえるようにし、穏やかな寝息を立て始めた。
「すぅ……すぅ」
「よかった……」
《んふふふ。 心配する必要はなかったようだな?》
《……ああ》
抱きかかえられた手はそのままに、俺はこの子が完全に落ち着くまでもう片方の手で頭をなで続けた。
見慣れた寝顔が安らかになったことを確認し、それから俺はアルヴィに手を差し出す。
「さあ、この子で最後だ」
しかし、紅いドレスの少女は無言で首を横に振った。
《必要ない》
「え? なんで……」
もちろん俺は聞き返した。 この子だけなしだなんて、あっていいわけがない。
だがアルヴィは、彼女が抱きしめるものを見て優しげに目を細めた。
《既に最高の贈り物を受け取った。
……その様に、我には見て取れるのだがな?》
「え? でも――」
俺も彼女の視線を追って、セーレちゃんの顔を見る。
気がつけば、高くから見下ろしていた視線が近づいており、握られていた手は妹のそれとあまり変わらない大きさになっていた。
「あれ? ……あ、声も」
女の子に比べれば低いような気もするが、それでもまだまだ高い子供の声。
俺の身体は、すっかり元に戻っていた。
《さあ、時間だ。
其方も、自分の戻るべきところへ戻るが良い》
「あ、ああ」
どうやら、時間が来たらしい。
アルヴィ――ちゃんの柔らかな手で頭をなでられ、俺はセーレたんが起きないように気をつけながらベッドに上って布団の中に潜り込んだ。
直後に妹様は俺に抱きついてきて、もぞもぞと腰をくねらせて布団の中に潜っていく。 彼女の体温で温められた布団の中が、より一層温かみを増していく。
彼女はその様子を、まさに聖母にふさわしい笑みを浮かべて見つめていた。
《んふふふ。 さあ、其方も眠るが良い。
次に目が覚めたときには、またいつもの日常が戻っていることだろう》
「ん……ふあぁ」
返事をしようとしたら、急激に眠気が襲ってきた。
鉛のようにまぶたが重くなってくる。
――でも。
「最後……最後が、まだだ……よ」
《ん?》
高くから見下ろす少女が小首をかしげる。
「まだ、渡してない人が……いる」
《それは誰だ?》
俺は布団の中から動かせる方の手を出し、その指先を彼女に向けた。
すると彼女は、意外そうな顔をして自分の人差し指を自身に向ける。
「ん……」
俺は重くなった頭をなんとか動かし、うなずいて見せる。
《ふっ……》
彼女は噴き出すように笑いをこぼすと、自分に差し向けていた手を再び俺の頭上に置いた。
そして整った顔を俺に寄せ、テレパシーではなく実際に唇を開いて言葉を紡ぐ。
「我は既にもらっているさ。 ――今宵は、楽しかったよ」
ぽんぽんと俺の頭を叩き、小さく笑う彼女。
俺の視界はいよいよ暗くぼんやりとし始め、意識を保てなくなってきた。
俺も何か言わなくちゃ……そう思うが、口をわずかに開いただけで何も出てこない。
「……お休み、ジャスよ」
意識が眠りに落ちる寸前。
その言葉だけは、かろうじて聞き取ることができた。
――後日。
俺の顔を見たみんなが妙に嬉しそうにしていたのが気になったけど。
どうしてって聞くのは、野暮なんだろうなあ……。




