336 張り切っていこう!
クレイグさんがかなりのお姉ちゃん子だったという、衝撃――は特に感じなかった事実は置いといて。
叫びまくって落ち着きを取り戻した弟さんは、やはり強かった。
「そらそらーッ!」
「くっ……」
ソフト剣の間合いに飛び込んだクレイグさんはその剣の軽さと腕力で猛烈な連撃を浴びせかけ、エミーちゃんからあっという間に主導権を奪い取った。
セーレたんとの打ち合いに慣れているエミーちゃんは、即座に棒を短く持って持ちこたえようとしたけれど……。
「だりゃああーッ!」
「うわっ!? ……あ」
クレイグさんは連撃を浴びせて横になった棒の中心をフリーにしていたもう片手でいきなり掴み、固まったエミーちゃんに電光石火の突きを放った。
エミーちゃんはとっさに棒を手放して後ずさったけど、その次の突きからは逃げられず……目と鼻の先で寸止めされたソフト剣を見て、肩の力を抜いた。
「勝負アリだな」
「……はい」
犬歯を見せてニヤリと笑うクレイグさんと、落胆のため息をつくエミーちゃん。
しかし弟さんも直後に肩の力を抜くと、大きく息を吐き出した。
「ふうぅぅぅぅぅ……。 危なかった」
クレイグさんは、うっすらと額にかいた汗を手の甲で拭いながら本音を漏らした。
「はぁ……はぁ」
「ふぅー……」
エミーちゃんとクレイグさんはお互いに無言で乱れた息を整えている。
見ていた俺も身体に力が入っていたことに気づいて、力を抜いた。 途中からはやっぱり実力の差が出てきちゃったけど、エミーちゃんは健闘したと思うぞ。
行って何か声をかけてあげようかと思っていたら、観客席からセラさんの大きな声が飛んだ。
「こらっ、レイグ! 稽古なんだから、エミーちゃんを褒めてあげるとか何かアドバイスはないの?」
「へ? ……あ、ああー」
言われて初めて気がついたらしい。 レイグさんは気まずそうに頭を掻くと、姿勢を正したエミーちゃんと向かい合う。
「お前……見かけによらず、力が強いんだな……」
「そ、そうですか」
「……」
「……」
それだけ?
「ちょっと、それだけなの?」
「いやっ、えー、あー……」
またセラさんから突っ込みが入るものの、レイグさんは言葉に詰まるばかり。 本当に口下手なんだな……。
セラさんはため息をつくと、エミーちゃんを手招きした。 小走りでやって来たエミーちゃんに、セラさんは優しく微笑みかけた。
「全体的にとても良かったわよ♪
とっさに得物を手放した思い切りの良さも時には大切だし、最後の突きにも目を瞑らずに何とかしようとしていたわね」
「っ! はいっ」
エミーちゃんには意外だったのか、大きな瞳を更に大きくする。
だけど、そこは俺も評価点だと思った。 俺も師匠や親父から目を瞑るなとは言われてきたけど、分かっていても瞑っちゃうことがあるからな。
「でも、やっぱり棒を掴まれてしまったのがまずかったわね。
相手が近づいてきたら……手元への攻撃もそうだけど、長物はさっきみたいに掴まれることも警戒しないといけないのよ? 分かった?」
「はいっ!」
頭をなでられながら、エミーちゃんは笑顔でうなずいた。
うん、さすがセラさんだ。
「……もう、このくらいは言ってあげなさいよ」
「あー……うん」
さっきまでの威勢の良さはどこに行ったのかというくらいに、レイグさんはがっくりと肩を落とした。 お袋はテーブルの上で座っているニアちゃんをなでながら、微笑ましそうに弟さんを見ている。
確かに強いけど、親父や師匠と比べると力に頼ってるっぽいところが多いのが俺にも分かったし……弟さんもまだまだ、ということだね。
「さ、さーて! 次だ!」
気を取り直した風に、腹から声を出すレイグさん。
ムリヤリ空気を変えようとしているのがバレバレだが、そこは触れないであげておこう。 お袋はにこにこと、セラさんも苦笑いでスルーした。
「んじゃ、僕の番だな」
レイグさんのたってのお願いで、妹様はトリを務めることになっている。 ならば当然、俺の番ということである。
「お兄ちゃん……がんばって」
「ジャス、がんばって!」
セーレたんは繋ぎっぱなしの俺の左手を両手で包む。 エミーちゃんは俺の右側に歩み寄り、木刀を持ったままの俺の右手に両手を添えてきた。
《マあぁーーマあああーーーーっ♪》
ニアちゃんはテーブルの上から、立ち上がって大きく手を振ってくれている。 そのテーブルを挟んでいるお袋はニアちゃんと一緒に小さく手を振ってくれていて、セラさんは俺と目が合うと首を力強く縦に振った。
……ふむ。 思いっきりやっちゃいなさいと、そーゆーコトですな?
「なんか俺、悪役みたいになってないか……?」
そしてレイグさんは、一人庭の真ん中でしょんぼりしていた。
「よろしくお願いします」
レイグさんのところに行くと、俺は小さく頭を下げた。
「よ、よろしくっす……」
レイグさんは妙に畏まっている。 ……あ、俺が御使いだからか?
「あのー、僕が御使いだからって気にすることはないですよ?
御使いである前に、僕はクレイグさんの甥ですから」
「あー、そ、そうだな。 ……うん」
そう言って軽く息を吐き出す叔父さん。 次に俺に向けた視線は、年下へ向けるそれにおおよそ戻っていた。
「ふぅ……ところで、お前は武術の検定は?」
「うん、僕も剣士の五級を」
「……そうか」
やっぱりな……という呟きがかすかに聞こえ、レイグさんの目つきが鋭くなった。 そして腰を落として身構える。
俺も木刀を左手に持ち替えて構えると、相撲の取組にも似た張り詰めた空気が俺達を包んだ。 観客席からはみんなの期待のこもった視線を感じる。
『……』
誰も一言も発しないけど、その瞳からいろいろな思いを感じる。 レイグさんと対峙しながら周りへ意識を向けられるのも、並列思考の恩恵だ。
セーレたんからは全幅の信頼、エミーちゃんからは強い期待。 ニアちゃんからは純粋な応援の気持ちを感じるし、お袋は俺達両方への温かい気持ちが。
で、セラさんは……ちょっぴりイタズラ心を感じる笑みを浮かべていた。
レイグさんに目で問いかけると、小さなうなずきが返ってくる。 いつでも来い、ということだ。
格上相手にどこまで通じるか、やらせてもらうぜ!
「……はあっ!」
視界に広く相手を捉えながら、俺は足に力を込め一歩目を踏み出す。
レイグさんはあくまでも受けの姿勢。 しかし、つけいる隙は見当たらない……それも当然か。 エミーちゃんの猛攻を見た直後だし、叔父さんが持っているのは俺のソフト剣だ。 防御手段は回避がメインになる。
一気に速度を上げる中、睨みつけてくるようなレイグさんの視線は俺の出方を明らかに窺っている。 ……でも、俺の視線はその意図を悟らせない。
叔父さんの表情に緊張の色が強まる。
「はっ!」
俺は相手の顔を見上げながら、足元をすくうような一撃を右から見舞う。 自分よりも大きな相手へのセオリーだ。
足を前後に構えている叔父さんには、片方にしか届かない。 それは向こうもよく分かっているようで、レイグさんは手前の片足を上げてかわし、同時に前蹴りでカウンターを放ってきた。
というより、俺を懐に入れないための牽制か? 俺が動きを止めたところで、ソフト剣を叩き込もうとしているような気がする。
……じゃあそろそろ、期待に応えるとしますか。 特にセラさんの。
俺は頭を左に傾けて前蹴りをかわし、同時に足に力を込めながら体内のオドの回転速度を一気に高めた。
瞬間、俺の身体に力がみなぎる!
「だあああああっ!」
頭のすぐ右側を通る相手の片足。 俺は活性化のこもった全身で地面を踏みつけると、そのひざの裏を右肩で担き上げ、レイグさんの大きな身体をまるごと宙に浮かせた!
「なあっ!?」
叔父さんの顔が驚愕に染まり、ギャラリーからも短い歓声が三つ上がる。 妹様と我が娘……あと、驚いたような声はエミーちゃんのか。
ガッチリしていても見た目は太くないクレイグさん。 それでも俺の三倍は超えているだろう体重は、いくら活性化でも楽々持ち上がるものじゃない。 下から片足を担ぎ上げたからこそできる芸当だし、それでも数センチほど浮かせるのが精一杯だ。
レイグさんの身体がゆっくりと斜め後ろに傾き、頭から倒れまいと体勢を整える。 俺はその隙に左手の木刀を振り上げた。
叔父さんはソフト剣を持っていない左手を出して俺の腕を掴もうとするけど……。
「これでっ!」
「ちょっ!?」
俺は右手も一緒に木刀に添えて、柄の先端に埋め込まれた魔石に魔力を流し込む。
魔石の魔法陣が輝き、木刀全体と手首から黄色がかった魔力のオーラがほとばしる!
「トドメだああああああっ!」
「やめえええええぇぇぇ!?」
噴き出すオーラは、触れるものを多少なりとも弾き返す特性を持つ。
これなら、掴まれるリスクを軽減して思いっきり相手の頭に木刀を――。
「――なーんちゃって」
俺は木刀を振りかぶったまま着地し、同じく片足で着地したレイグさんはふらりと後ろにバランスを崩して尻餅をついた。
叔父さんは、目を丸くしてぼーぜんとしている。
「はあっ、はあっ……お、おまっ! おまっ……」
「よいしょっと」
俺は両方の魔術を解いて、右肩に乗っかったままのレイグさんの足をどける。 たかが片足なのに重いのなんの。
やっぱり俺の右肩には、ニアちゃんを乗せているのがいちばんしっくりくるな。
そう思いながらギャラリーのみなさんを見ると、みんなが瞳をキラキラさせていた。 ……お袋は普通ににこにこしたままだったけど。
そして、中でも特にセラさんが待ってましたとばかりに口を開いた。
「そうそう、レイグ! ジャス君ってまったく魔力を感じないけど、実は活性化も硬化魔術も使えるから気をつけてねー?」
「今更遅いよ!?」
お母さんの方を向いて叫び返す息子さん。 セラさんは満足そうな笑みを浮かべている。
「これでジャス君はあの人から一本取ったのよ? 手紙にも書いた……あ、魔術のことは書いてなかったわ」
「それは書いててほしかった!」
だから気合い入れてたのに! と叔父さんは芝を叩いた。
ああ。 それもあったから、この人は特に鋭い目を俺に向けてたのか。
ずっとセラさんやお袋に翻弄されっぱなしの息子さん。 最初は取っつきにくい人かなーと思ってもいたけど、これでまたひとつ親しみやすくなった。
「一応、これで一本だね?」
正攻法じゃないのは分かっているけど、それは今に始まったことじゃない。 だけど力や技だけじゃなく、読み合いや奇策をメインにするのもひとつの戦い方だと俺は思っているから。
……でないと、本物の天才や強者とは渡り合えんよ。
「……ああ。 やられたよ」
大きく息を吐いたレイグさん。 手を出されたので、俺も差し出してシェイクハンド。
これで座り込んでいる叔父さんを引っ張り起こしてあげられれば格好もつくんだけど、体格差的に無理だ。
こうして俺は、レイグさんから曲がりなりにも一本を取ることができたのだった。
「次、わたしの番なの~」
俺で終わりみたいな空気が流れ始めたけど、まだ妹様が控えている。
「……ぐぁ」
叔父さんの顔が引き攣った。




