306 その気持ちが大切なのです
「そりゃー!」「ふぁぶっ!?」
「くらえーっ!」「あっふーん♪」
「このっ、やったなあー!」「きゃあーん!?」
「……」
プールで水をかけ合うような光景がそこら中で展開され、初めてのフラヴリースの授業……? は、終わった。
「え、えっと……先生、ごめんなさい」
「い、いえ、いいんですよー」
着替える子もいるので、武術や魔術の授業は前後がどうしても駆け足になってしまう。 次の授業で使うらしい、たぶん一年生の小さな子供達との入れ替わりで地下体育館は騒がしい。
先に教室に帰るようにお願いしたセーレたんとるー君が、ダブルプリンセススマイルで階段付近でごった返す子供達を視線だけで左右に割っていくのを見送ってから、俺はシャルちゃん先生を呼び止めた。
頭を下げると、先生はそれほど乱れていないおかっぱ髪を手櫛で整えながら、笑って許してくれた。
「みんな、ラケットと魔力の使い方がぐんと上手になりましたしね♪」
「ははははは……」
そう。 魔導具練習組だった子達も、この授業でずいぶん魔力を扱えるようになったんだよなあ。
俺の誘った弱気な女の子も、俺がやられ役を買って出てあふーんあふーん、ってやってたら上達したし。 最後には、ちょっぴり笑いながら俺にバシバシ光球を打ち込んでいた。
……自分の教えた子がみるみる上達していく姿って、見ていて楽しいよね。
「ところで先生」
「はい?」
先生は生徒以上に時間がないはず。 二人並んで階段を上がりながら、俺は話を本題に移す。
歩くたびにひょこひょこと前後に揺れるリスしっぽが、横から見ていると可愛らしい。
「家庭訪問のことなんですけど、母から了承もらいました。 それで――」
明日から五月なんだけど、みんなとの勉強会やら御使い関連の残りの手続きやらで、すぐには時間が取りにくいんだよなー。
なので、先生にはせめて一週間待ってほしいと伝える。
「午後ならだいたい空いてますので」
「分かりました! アズミーリ先生と相談して、日が決まりましたらお知らせしますねー」
「はい、お願いしまーす。 ……覚悟しておいてくださいね?」
「あははははっ……もうっ、脅かさないでくださいよー」
職員室に寄っていくという先生と途中で手を振って別れ、俺は足早に教室へと戻った。
加減計算にかけ算とカッコが混じった計算問題が、クラスメート達を阿鼻叫喚の地獄に叩き落とした算数の授業が終わり。
俺とセーレたんは魔術の授業のときにるー君に言われた通り、放課後になると久し振りな食堂へ向かう。 相変わらずの混雑っぷりだ。
二人でトイレに寄ってから来たので、遅くなってしまった。
「……っ♪」
食堂に入ると、隅っこのテーブル席でわん子ちゃんが立ち上がって大きく手を振ってくれているのがすぐに分かった。 周囲のざわめきで声は届かないけど、嬉しそうにしているのはその明るい表情と背後で揺れまくっている黒いしっぽを見ればすぐに分かる。
こういうときに、背の高いくりむちゃんは目立ちやすいのですごく助かるよな。
「ごめん、遅くなった」
「ごめんなの~」
既におやつを買ってくれたらしく、テーブルには皿とコップがいくつも並べられている。 しかも、みんな食べずに待っていてくれたようだ。
わん子ちゃんの頭をなでなでしながら、俺と妹様は空いている彼女の左側の席に腰を下ろした。 それからテーブルの向かいに座っているエミーちゃんに、それぞれ財布を開いておやつ代を渡す。
放課後おやつ会の幹事はエミーちゃんだというのが、いつの間にかお決まりみたいになってるな。
「ところで」
財布をポケットにしまい、俺はメンバーを見回しながら思ったことを口にする。
「……なんで、ニコだけパン一個なんだ?」
「うぐっ」
俺の指摘に、あっという間にパンを食べてしまったニコは顔をしかめて自分のお腹を押さえる。 ……よく見ると、コイツのコップの中身だけがジュースではなく水だった。
まさかダイエット……なワケないよな。 むしろ全然食い足りなそうに、みんなのパンやおかずをチラチラ見てるし。
しかし俺の疑問に答えてくれたのは、意外にも隣にいるわん子ちゃんだった。
「ニコ……おこづかい、もうないんだって」
「は? ……ああ」
なんともニコらしい理由だった。
気まずそうに目を逸らしてコップの水を飲むニコの横で、更にエミーちゃんが追撃する。
「まったくもう。 カッコつけて、女の子たちに高いものをおごったりするから」
「……んん?」
おごった? コイツが、女の子に?
一瞬なんで、と思ったが……そういえば、前にニコが知らない女の子二人と食堂に入るところを見たよな。
「ほっほぉ~う?」
まだちょっと早いとは思うが、とうとうコイツもそーゆー歳になったか?
「なるほど~。 ニコは女の子にモテたい! と」
思わずニヤニヤして見つめる……が、なぜかニコの表情は優れない。
「うーん、モテるっていうか……。 ぼくは、ジャスくんやにーちゃんみたいに、カッコイイ男になりたいんだよぅ。
それでにーちゃんに聞いたら、『カッコイイ男は、女にサイフを出させないんだぜ!』って」
あれ? コイツの「カッコイイ」って、そーゆー意味じゃないのか。
にしても、ニコの兄ちゃんのことはあんまりよく知らないが――。
「……俺、カッコイイかぁ?」
「とっても、かっこいいのっ♪」
「わうんっ♪」
「そ、そうねっ」
「おおぅ!?」
首をひねってたら、三方向から力強い肯定が来たっ!?
ていうか、うっかり口に出していたらしい。
「あ、ありがとな……。
え、ええっと……でもさあ、デートっていうならともかく、何でもただお金を出せばいいってもんじゃないと思うぞ」
「えっ、そうなの?」
じゃあ、何がカッコイイんだと言われると俺も答えに困るんだけど……。
「なんていうかさ。 そういうのって、自分で稼いだお金で、その人に喜んでほしいから出す! っていうからカッコイイんじゃ……ない、かなぁ?
……たぶん」
「おおーっ!」「わあ~っ」「ふわぁ……」
「……」
俺、とてつもなくクサイことを口走っちゃったと思うんだが……すっごい感心されてしまった。
しかも。
「お、お兄ちゃん……っ♪」
なんか、セーレたんがものすっごい目をキラキラさせて、俺のことを見つめている……。
な、なんで?
「え、えっと……こ、この話は終わりだっ! そ、それよりもさ――」
うがあああああーーーーっ! か、顔が熱くなってきた!
とにかく俺は話題を逸らし……というかもともとの本題だった、いつから勉強会を始めるかということについて話し合った。
その結果は「さっそく明日から」ということで、あっという間に決着してしまったんだけどなー。
家に帰ると、俺は明日の勉強会に使う簡単な実力テストの準備をする。
受験のときに覚えた内容の軽い復習と、今学校で習っている内容をちゃんと理解しているかを確認するためだ。
「うふふふふふ~♪」
「セーレ様……いいですね」
マールちゃんが問題のコピーをしてくれることになり、一緒に作業していると妹様がお茶を持ってきてくれた。
家の中では金のネックレスを服の外に出していて、お袋達は「とても綺麗ね~」「うらやましいですー」と、とてもよくほめている。
セーレたんは俺にもネックレスを外に出すように言い、俺の横にくっついては喜んでいる。
《ニアも、おそろいだよー♪》
《ははは、そうだねー》
テーブルの上で俺のお茶をスプーンでかき混ぜてくれているニアちゃんが、自分の胸元の石を摘んでアピールしている。
「……いいですねぇ」
そしてマールちゃんは、ため息をついて自分の鎖骨の真ん中あたりを服の上からなでている。
でも、すぐにマールちゃんはペンを握り直して作業に集中し始めた。
「……」
できればみんなにも贈ってあげたいけど、こればっかりは子供の小遣いでどうにかなる金額じゃないしなぁ……。
それを分かってくれているんだろう。 決して俺にそういう目線をくれないマールちゃんに、俺は心の中で頭を下げた。
いっそのこと、紙工作で首飾りでも作っちゃおうかとも思ったが……あははははは。
まさか、幼児園の子供じゃあるまいし、ねぇ?
――その夜。
「うふふふふっ♪」
「うわぁ……ありがとうございますっ!」
「た、宝物にします……っ!」
「とっても、うれしいの~っ♪」
何色かの紙の輪っかを鎖状に繋げた、でっかい首飾りを首にかけて。
嬉しそうに微笑む大人の女の人が三人と、小さな女の子が一人……本当にいたりして。
「おいーっ!」
《ママーっ!》
はいはい、キミ達の分もちゃんとありますよー。
俺は小さめに作った首飾りと、限界まで小さくしたけどそれでも大きいだろうなーと思う首飾りをかけてあげた。




