28 私がメイドになった日
お昼前の日の光が、レンガ造りの大きな建物を照らしています。
人が常に出入りしているその中に混じって、私は建物から出てきました。
買い物に出てきた私ですが商店街とは方向が違うので、ついでの私用を先に済ませるために立ち寄った場所です。
石畳で舗装された通り。 制服や正装に身を包んだ人が多く行き来するこの区画は、普段通う商店街とはまったく異なった、少し張り詰めたような空気が流れているような気がします。
いつもの服の上から茶色い厚手のコートを羽織っている私は、数日振りの冷え込みに負けじと背筋を伸ばします。
私の手元にあるのは、できたばかりの一枚のカード。
樹脂で表面を覆われた銀色のそれには、特殊な魔法で転写された私の胸から上の姿と、数行にわたって文字が書かれています。
私の手の平に収まる、たかが板切れ。
でもそれは、今日からの私が、昨日からの私とは違うということを示す物。
「もう一年……かぁ」
私の人生を大きく変えた、この一年。
私が新しく得て、これからもずっと、ずっと大切にしていきたいと思うもの。
他の誰かではなく、自分の意志で、守っていきたいと思うもの。
そんな気持ちが形になったような気がして、カードを持つ手に思わず力が入ります。
決して無くす事がないように――私は大事な決意を懐にしまい、いつもの日常に戻ります。
大切な『家族』がいる、あの場所へ。
「……その前に、買い物を済ませないとね」
『国民(成人身分)証明書
氏名:ラリマール・オリオール 性別:女性 種族:人間族
階級:中級市民
上記の者を、当国国民である事を証明する。
ヘルヴィオール聖王国 総務省 個籍局』
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「あたちのお人形どこぉーーーー!?」
「お姉ちゃーん、おしっこーーー!」
「わあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~ん!!」
「はいはーい! ちょっと待ってーーー!」
〈衛星都市・セスルーム〉。
王都〈フォルクバング〉を囲む最古の衛星都市で、広大な食料生産地であると共に、〈魔獣〉や異国の侵略から国を守るための砦。
そんな街の片隅にある孤児院で、私は育ちました。
決して裕福ではなかったですし、年長者の一人として幼い子供達の面倒を見ながら家事仕事をするのは、とても大変でした。
でも、同じ年長のみんなとの仕事は楽しかったですし、小さい子供達が成長していくのを目の当たりにすると、凄く嬉しかったです。
ご自宅から離れているのも関わらず、『好きで来ているのだから気にしないで』と、頻繁に手伝いに来て下さるセフィア様―― とても可愛らしい少女のようで、なのに母性さえ感じる程に温かい雰囲気を持つあの方が、まさか私より一歳年上なだけだなんて、本当に驚きましたけど―― のおかげもあり、非常に充実した毎日でした。
私はきっと、成人してもずっとこのような仕事に就いて生きていくんだろうな……そう思っていた矢先。
あの事件がありました。
野牛の大群と、魔獣の群の襲撃。
具体的には、巨大な躯と凶暴な性質を持った野牛が数千頭と、それを追い立てていた魔獣が数十頭。
「魔獣」とは、力だけでなく魔力も併せ持った獣で、たとえ訓練を積んだ兵士さんでも一対一では決して戦わないように指導されるそうです。
そんな大群が、運悪く街の外門のひとつが事故で故障して閉まらなくなっていた所に押し寄せて来た、という事件です。
野獣や魔獣が押し寄せて来る事自体は、それ程珍しい事ではありません。
特にその時は、外門の故障もあって厳重に警戒されていましたから群の発見も早く、周辺住民の方々は完全に避難した上で、二千人を超える兵士さんによって迎撃の準備がされていました。
ですが、野牛の群と砂埃に紛れていた野獣の数が予想以上に多く、更に〈中級〉に位置付けられる、希に現れる非常に強力な個体が複数いた事が、あわや大惨事を招く寸前の事態を引き起こしました。
隊列は崩され、正騎士様を含む大部分が門の外に釘付けになり、残りの後衛中心の兵士さんと街の警備隊・保安隊の方々数百人で、侵入を許し雪崩れ込んできた同じ数以上の野牛の群を相手に、街の中で戦うことになりました。
建物をバリケード代わりにして野牛の突進はある程度防げましたが、それが弓矢や魔法といった遠距離の攻撃も妨げる事にもなって、大通り・裏通りの至る所で大混戦です。
それでも、人間をはるかに超えるその巨体を完全に止める事はできずに、やがて木造などの造りの弱い家から次々と壊されて突き抜けられていきます。
その勢いは遂に、当初は避難地域の外だった私達の孤児院まで……!!
そこへ駆けつけて下さったのが、当時〈保安隊〉の副隊長をされていたジェイド様――後の旦那様でした。
普段通りの巡回のお仕事を任されていたジェイド様は、いち早く危険を察知されると、独断をご承知の上で街中全ての隊員の方々を集めて避難地域に駆けつけて下さいました。
そしてジェイド様自ら先頭になって、追加の兵士さんが来るまでの時間を耐え切って下さったのです。
このご活躍のおかげで、街の被害は最小限に抑えられ、亡くなった住民の方もほとんどなく済みました。
ただ、兵士の方々の被害は大きく、ジェイド様ご自身も重傷を負われたのですけど……。
ですが、このご活躍が国に認められて、ジェイド様は子爵の位を賜れ、更に親衛隊の中の小隊長として王都に招かれる事が決まりました。
その上、元々親しくお付き合いされていたらしいセフィア様がご懐妊された事も分かったため、セフィア様の成人後すぐにご結婚され、一緒に王都に引っ越される事になりました。
そして、私は――――。
「マールちゃん。
私達と一緒に、王都に来ていただけませんか?
私と彼と――このお腹の赤ちゃんと。
……新しい『家族』として、一緒に暮らしていただけませんか?」
そのお言葉、その笑顔、差し出して下さった手の温もり……。
私は一生、忘れません。
「――――はい。 奥様。
喜んで……!」
――そして私は、同じ孤児院で奥様と一番仲の良かったチャロも誘って、オリオール家のメイドとしてお仕えする事になったのです。




