259 ジャスママの優雅なる1日
週明けの火の日も学校はなし。 すなわち休みである。
せっかくの連休なのだから家族サービスをせねば! と思い、日差しの温かい午前は彼や彼女と過ごすことにした。
「うーん、いい天気だなぁ」
かつて俺も乳児期を過ごした一階の部屋。 窓際で深呼吸をすると、外からのキレイな空気が全身に染みわたってとても気持ちがいい。
俺は窓から射し込む朝の光を浴びながら、本棚の前で人差し指をさまよわせていた。
「神様の言う通り……って、神様いたし」
俺の指の先には『せいぼさまとせいれいさま』と書かれた絵本の背表紙がある。
「おにー?」
俺の足元で、部屋の主である我が弟くんが首をかしげる。 ふんわりとした金髪が煌めき、澄み切った蒼い瞳に俺の姿を映す。 更にその足元には、淡い緑色で丸っこい体つきが可愛らしい我が娘、ニアちゃんが転がっている。
あってないような重さのニアちゃんに対して、すっかり大きくなったリソ君は俺の体格ではとても抱っこできない。 この前、ニコの家で持たせてもらった剣とどっちが重いだろうか?
目の合ったリソ君と、目は合ってないが――というか目そのものがどこにもない愛娘に笑みを返し、俺は再び本選びに戻る。 この本は前にセーレたんがリソ君に読んであげていたのを見ているから、違うのにしよう。 ……他意はないぞ?
「この本は女の子向きか。 この本は……げふっ!?」
俺は『兄貴とバラ色の日々』と書かれた本から全力で目を逸らし、その隣にあったごく普通の冒険ものの絵本を手に取った。 内容は、力試しの旅に出たソーソインという少年が森の中で美しい精霊と出会って……という、まあよくあるヤツだ。
これなら俺も昔読んだことがあるので安心である。
「よし、この本を読んであげよう。 はいリソ君、こっちおいでー」
「うー?」
ニアちゃんをころころと転がして遊び始めた弟くんを触手で気を引いて呼び、俺の前に座らせる。 するとニアちゃんも、自力で絨毯の上を転がって俺のところまでやってきた。 器用なもんである。
「今日は、お兄ちゃんがこの本を読んであげようなー」
「おいえー!」
日頃は、セーレたんにお姉ちゃんの自覚を持ってもらうためにリソ君の相手を任せていることが多いが、俺もやはりお兄ちゃんとしてリソ君に接する時間を作らないとな。 お袋にも、たまには羽を伸ばしてほしいし。
弟くんもそう思っているのか、両手を上げて喜んでくれている。 ニアちゃんも日差しに負けない強さでピカピカと明滅している。
俺も絨毯の上に腰を下ろして弟くんと娘ちゃんをなでると、二人に見えるように本を開いて読み始めた。
「せいぇー?」
「そうそう。 こっち精霊で、こっちがソーソインだな」
一度読んだ後で、俺は挿絵や文字を指差して弟くんに言葉の意味や文字を教えていく。 昔はよくセーレたんにやってあげてたよなぁ……懐かしいや。
「で、襲ってきた魔獣を首ちょんぱ……」
「ちょんぱー!」
歳が同じだけにどうしても妹様といる時間の方が長くなってしまうが、リソ君も俺の大事な弟だ。
触手デザートが効いたのかどうかは分からないけど……すっかり元気になってくれたから、次は勉強と訓練である。 セーレたんもいろいろ教えてくれているみたいなので、将来は俺達みたいに飛び級できるかもしれないな。
庭で成長したリソ君と木剣を打ち合う様子を想像して、頬が緩む。 男同士の真剣勝負! うんうん、なかなかいいものだ。 ……でも、負けたらどうしよう。
セラさん家系――お袋やセーレちゃんと同じ髪と瞳を受け継ぐこの子は、武術の才能を持っていそうな気がする。 単なる勘だが。
「で、ニアちゃんは見えてるのかな?」
指先に転がってきたニアちゃんに聞いてみると、『バッチリだよー♪』と言わんばかりに力強く身体を点滅させる。 見えてるのか。
才能、というか血筋のポテンシャルで言えば、この子を超える逸材はまずいないだろう。 なにしろ、この国の守護神たる聖母様が父親なのだから。
そもそもヒトではなく純粋な精霊、もしくはその前段階の妖精であるニアちゃんは、どんな子に成長していくのか……想像のしようがない。 まあ、いい子に育ってくれればそれでいいんだけどね。
どれくらいの早さで成長してくれるのか分からないけど……できれば俺の生きているうちに、この子の大人になった姿が見られるといいな。
――学校がないということは、アナさんがエミーちゃんを連れて出勤しているということだ。 エルネちゃんは、高校がない精霊の日にしか来られないけど。
昼になり、アナさんがセーレたんとエミーちゃんを加えて三人で作ってくれたおやつを食べて大満足。 味はもちろんのこと、形も整ってきて見た目もずいぶんよくなってきた。
「さーて! ご馳走になったし、あと――」
「お片づけも、わたしたちがするの~♪」
せめてものお礼にと、自分の食べた皿を持ってキッチンへ行こうとしたら、横からセーレたんにひょいと取られてしまった。 スカートの裾を揺らし、楽しそうに何やら歌を口ずさみながらシンクに置いてあるお立ち台に上ると、アナさんの横でかちゃかちゃと洗い物を始める。
「えっと、それじゃ他に――」
「はいジャス、お茶でも飲んでゆっくりしてね」
俺も何か手伝えないかとシンクに行こうとしたら、今度はエミーちゃんに捕まって席に戻されてしまった。
手ずから冷やしてくれたらしいアイスティーをカップに注がれ、期待のこもった笑顔を向けられてしまうと……。
「……ん、よく冷えていて美味しいよ」
「ふふっ、よかった♪」
軽く首を横に傾け、目を細めるエミーちゃん。
冷たくて喉ごしも爽やかなティーの味わいと鼻を通る茶葉の香りに、身体から力がすーっと抜けていく。
「ふいぃ~っ……。 って、そうじゃなくて! 僕も何かお手つだ――」
「お代わり、いる?」
「あっ、ほしい」
「はい、どうぞ♪」
「おっ、ありがとう」
エミーちゃんの手によって、黄金色の液体がカップに注がれる。 もちろん、俺はすぐにカップを手に取る。
「ごくっ……はぁ~。 美味しいわぁぁ……」
「ふふっ♪」
だらしなく弛緩する俺の顔を見て、エミーちゃんはますます笑みを深くする。 ハニーも洗い物をしながら振り返っては、俺のくつろぐ様を見てにこにこしている。
まさか君達は、この俺を骨抜きにするつもりなのかね? にょろにょろにされちゃうのか俺は。
「うふふふっ。 セーレちゃんもエミーちゃんも、ジャスちゃんにゆっくりしてほしいのよ~」
「おおー!」
隣に座っているリソ君のお口を拭きながら、お袋も女神様な微笑みを向けてくださる。 神聖ささえ感じさせる純白のワンピースに身を包み、清流のせせらぎのような髪が日差しを受けて柔らかく輝く。 その隣で、よく似た金色の髪をした弟くんが片手を上げた。
お袋は、そんなリソ君をなでながら俺を見つめる。 もしも宗教画家がこの二人を見たら、手に持つ絵筆をへし折ってしまうんじゃなかろうか。
「うーん……いいのかなぁ」
それでもためらう俺の周りに、更に天使ちゃんと女神様の微笑みが増えていくのであった。
――で、午後も俺はリソ君とニアちゃんという、これまたピュアな天使達と戯れることに。
食後の運動ということで、二人にはスライムで作ったトランポリンで遊んでもらおうと思ったのだが。
「はむはむはむっ」
『……♪』
飛び跳ねるどころか、逆に跳ねまいと大の字でスライムにへばり付き、数が増えて隙間の少なくなってきた歯を一生懸命に立てるリソ君。
その横のニアちゃんも、不思議と丸い身体をスライムに吸着させてちゅーちゅーとオドを吸い取っている。 不規則に点滅を繰り返して、夢中でほおばっているようにも見える。
「おやつを食べても、触手はまた別腹……ってか」
まるで「あたしは食べてないよー!」と言っているように、我が子は球体の身体を上下に弾ませた。
「ははっ、そうだったねー。 ……ま、いっか。 たんとお食べ」
「うー♪」
俺の声かけに、弟様は歯を立てながら声を出して返事をし、娘様は力強い点滅で応えた。
「お袋って、こんな気分だったのかなー」
昔、お袋が俺とセーレたんにおっぱいをくれていたときの笑顔を思い出して――思わず、自分のほっぺに手を伸ばした。




