217 桜の咲く頃に(皆殺し編)
一階の廊下に、女の子達が列をなして並んでいる。
後ろの方に位置しているセレスティアは、副担任の先生から示された右前方にある部屋を見た。
「ここ……?」
かすかにつんと鼻を刺す匂いがする部屋の入口。 その戸の斜め上の位置に突き刺すように取り付けられている、横長の小さな木の板には「医務室」と書かれていた。
「そう。 普段はケガをしたり身体の調子が悪くなったりしたときに来るところなんだけど、今日はここで私達の身体に悪い所がないか、どれくらい成長したかを調べてもらうの」
「そうなんですか~」
セーレの左側に立って手を繋いでいる、彼女から見れば背の高い女の子。
空いた方の手で母親の白いブラウスを胸に抱えて首をかしげるセーレを見て、にっこりと微笑んだ。 周りのクラスメート達も温かい目差しを向けたり、あるいは瞳を輝かせて「かわいいー♪」と小さな歓声を上げたりしている。
セーレはそんな女の子達にお嬢様なスマイルを返すと、それ以外の生徒たちの声に耳を傾けて率直な疑問を口に出す。
「……どうして、あの方たちは調べてもらうのがいやなんでしょう~?」
上品さを特に意識しているセーレは指やあごで差すことをしない。 しかしその目線の先には、他の子たちに比べて華やかな服に身を包んだ少女達が自らの胸や腰に手を添えて否定的な声を上げていた。
「あー……。 まだ、セーレちゃんは気にしなくていいかな?」
「はい~?」
そう言うとおさげの女の子は、更に首が斜めに傾くセーレの頭を優しく撫でた。
************
恐らく、セーレたんがクラスの女の子達や校医さんの前で、ぱんつ一枚の上からお袋のぶかぶかブラウスを着た姿を披露しているであろう頃。
俺は男だらけの教室で、数人の男子に囲まれていた。
……いわゆる、逆ハー状態?
「先生してたって、マジかよ……」
「お、お城に呼ばれたって……」
どうやらこのクラスに、ウチの近所に住んでいる子がいたらしい。
わりと遠くの幼児園に通ってた俺と妹様は、意外とご近所の子供達とはあまり関わりがなかったんだけど、両親から聞いたらしいその子の話によって俺達兄妹のことが大々的にバレてしまった。
「あはははは……ま、まあ……うん」
感心を通り越して驚愕に包まれる俺の周囲に、俺は微妙に顔を引き攣らせながらうなずく。
秘密にする気はないけど、もうちょっと穏便なバレ方をしてほしかった。 小心者の元日本人としては、悪く思われないかビクビクものですよ……。
「チッ」
「……うぐ」
ぐわっ、どこからか舌打ちが聞こえてきたぁぁぁー。 というか囲まれている向こう側を見ると、明らかに「なんだよアイツ調子に乗りやがって」みたいな視線でこっちを睨んでるヤツもいるし。
「小っちぇのに、すっげぇー」
「いやいや、家に本とか教科書がいっぱいあって勉強するのが楽しかっただけだし。
あとお城の件も、パパがお城勤めだからそれもあって呼ばれたって聞いてるし」
「じゃあ、オリオールんとこは貴族なのか! へえー」
ああー、また遠くから「自慢しやがって」みたいな呟きが聞こえる……。
貴族や資格みたいに結果を出せば目に見える形で評価されるせいか、日本みたいな変な謙遜はない国だけど……それは分別のある大人の話だ。 いや、大人でもひがむ人はいるんだろうけどさ。
けど、精神が未熟ながらも自己顕示欲の出てくるこの年代であんまり自慢くさい風に話が広がっちゃうと、悪い意味で集団から浮いちゃうんじゃないだろうか。 程度によっては、俺が逆の立場でもウザッて思うかもしれない。
……俺は適当に受け流すからいいとしても、セーレたんに飛び火する可能性だけは何とかしないと。
「ただ単に、本を読んで勉強するのが趣味なだけだよー。 ……かいわれの育て方とか、なかなか面白いよ?」
「はははっ、勉強が趣味って言えるだけでもすごいけどな」
「かいわれってお前、何読んでんだよ!」
「あははははー」
「そーいえば、俺のかーちゃんが台所でかいわれ育ててたな」
「マジかっ!」
俺の周りから笑い声が上がる。 完全に火消しができたとは思えないけど、不快にそうに見てた子らの視線も多少は和らいだかな?
あとは、少しずつクラスに馴染んでいけばいいだろう。
――それから。
校庭にあるジャングルジム的な遊具やドッジボールが流行っている、という初学生の男の子らしい会話で盛り上がっていると、廊下の向こうからきゃいきゃいと甲高い女の子達の声が聞こえてきた。
まだ声変わりなんてしてないから、男子の声も比較的似たようなもんだけど……やっぱり女の子はしゃべり方からして違うな。
「思ってたより、背ぇ伸びてたよねー♪」
「あたし、もっとやせなきゃ!?」
「じゅーぶん細いじゃなーい」
「――さんの胸、いいなぁ~」
女子が次々に入ってくると、教室の中が急に華やかになった。 ような気がする。 つーか、ムネって……。
それを聞いて、その子のムネをチラチラと見てる俺の周囲の男子もアレだが。
視線に気づいた女子がソイツらへにらみ返す光景を生温かい目で見ていると、入り口の向こうからセーレたんの照れ笑いする声が聞こえてきた。
「ほんと、セーレちゃんのブラウス姿、可愛かったなあ~」
「すっごいキレイな肌してるよねー。 もう、すっべすべ!」
「ああーん、もうっ! 連れて帰りたあ~いっ♪」
「ひゃう~っ。 お、お持ち帰りはだめです~……あ!」
着た後であろう少しくたっとしたブラウスを腕に抱え、女の子達になでなでされながらマイシスターが入ってきた。 そしてすぐに目が合う。
……ちくせう、俺もセーレたんの素肌ブラウス姿を見たかったぜ!
「お兄ちゃあ~ん♪」
「おお、セーレちゃん!」
互いの取り巻きの中から飛び出して、教壇の側でひしっと抱き合う兄妹。 感動の再会である!
ほっぺをすりすりしてくる妹様の腰に片方の手を回しもう片手で頭をなでてあげると、セーレたんは俺と目を合わせて上目遣いで訴えかけてくる。
「あのね、あのねっ! わたし、身長が一〇六〈サドアピトゥ〉あったの~♪」
「そうかそうか、大きくなったなー」
「うんっ!」
蒼い瞳いっぱいに俺の顔を映して、嬉しそうに報告してくれるセーレたん。 可愛いったらありゃしない。
ちなみに「サドアピトゥ」という単位は日本で言うセンチとほとんど変わらないみたいだから、メートル超えは余裕で達成していることになる。
「かわいいなあー」
「仲いいよね~!」
「兄妹というか、親子っぽいような気もするけどね」
「ちょっとベタベタしすぎじゃね?」
「別にいいじゃない。 ……私もナマイキな弟じゃなくて、かわいい妹がほしかったよー」
男女が混じったクラスメート達がいろいろ言っている中、俺はすりすりでずれてしまった妹様の胸元のリボンを直してあげていた。
「はーい! お次は男子の番ですよー!」
「よし、全員各自の上着を持って廊下に出るんだ」
女子が全員教室に帰ってきたようで、最後に入口に現れたリス耳先生と、またどこかへ行っていた黒ポニーの担任の先生が俺達に声をかける。
頬を緩めてふにゃーとしているセーレたんには悪いけど、またお別れのようだ。
「……じゃ、行ってくるな」
「うん……いってらっひゃい」
最後におでこにキスでも……と思ったが、クラスメート達の生温かい視線に気づいたのでほっぺをなでるだけにしておく。 自分の兄バカッぷりに気づいて、内心で苦笑い。
俺も自分のカバンから親父のTシャツを出していると、自分のカバンにお袋のブラウスを入れた妹様が俺の席に座る。 まあいいんだけど……なんで俺の席に?
「おーいジャスー、行くぞー」
「ほーい」
喋ってそこそこ打ち解けた男子に呼ばれ、俺は「お兄ちゃん、行ってらっしゃーい」と手を振ってくれるセーレたんと、マネをして同じように手を振るその周りにいる数人の女子に笑みを返して教室を後にした。
一階にある医務室に着いた俺達男子。 全員が一度に入るには無理があるようで、来たときに並んでいた順番で適当に前後のグループに分けられた。
俺は後半グループだったので、引き続いて俺を囲んでいたクラスメートらと適当に雑談しながら廊下で待つ。
「にしても、お前って妹と仲いいよなー」
「俺も小さい妹がいるけど、いつもキャーキャーうるさいし、俺のおやつは取られるし、やめろって怒ったらすぐ泣いて俺が母さんに怒られるし……ロクなことないぞ?」
「俺んとこは兄貴なんだけど、年上だからって命令ばっかしてくるんだよな。 イヤだって言ったら殴ってくるしさ」
次から次へと、兄弟姉妹の悪口が出てくるクラスメート達。 まあ、初学生くらいだったら上も下もやんちゃな歳だろうしな。 本気で嫌っている様子は見られないけど、それなりに苦労はしてるようだ。
だけどそう言えば、俺の周りの兄弟姉妹ってみんな仲がいいよな。 エミーちゃんとエルネちゃんはお互いを見ながら切磋琢磨しているし、るー君とリリちゃんは二人揃うといつもコアラみたいに抱き合うもんだから、まるでガソリンスタンドにナパーム弾をぶち込んだような破壊力だ。 目がやられる。
ニコのところのアニキもなんか休みの日は女の子とデートばっかりしてるらしいが、そうじゃない日は鍛冶屋の修行に打ち込んでるんだそうだ。 ニコは羨ましそうに話していた。 ……どっちの方が羨ましいのかは聞いてないけど。
「へー」
「ふむ。 俺にも弟か妹がいれば、そうだったのだろうか」
小難しいしゃべり方で腕を組んで唸ってる子もいるけど、だいたいの反応はそんな感じだ。 心が温かくなるような話題に、相づちを打つ俺の口元が思わず緩んでしまう。
そして俺がここで改めて気づいたのは、ほとんどの子に兄弟姉妹がいることだ。 幼児園でもそうだったけど、メンバーの中でも一人っ子ってくりむちゃんだけだしな。
これも社会構造や文明レベルの違いなんだろうか?
「さて、そろそろ君らも順番に入るんだ」
話をしていると、別の扉から男子が一人ずつ出ては教室の方へ戻っていく。
入口の前で腕を組んで目を瞑っていた先生だったが、人数を数えていたのだろうか。 前触れもなくすっと目を開けると、突然そうおっしゃった。
『はーーーい』
返事の揃い方が素晴らしいクラスメート諸君。 俺もその一人となって声を出した。
そして、みんなに続いて医務室に足を踏み入れた。
――結果から言うと、ごく普通の健康診断と身体測定だった。
中に入るとパイプ製のベッドがいくつか並んでいる上にカゴが置いてあって、まずは脱いだ服を各自のカゴに放り込んで持ってきたシャツやバスタオルなどを羽織る。 それから、色白でなんだか疲れたような顔をした狐耳の女性の校医さんに歯のチェックと胸に聴診器を当ててもらい、別の女の先生に体重・身長・座高・胸囲を測ってもらった。
器具も前世と大差なかったし、聴診器の嫌な生温かさもごく普通。 魔力測定があるかなーって思ってたけど、それもなかったな。 半裸の男の子が並ぶ光景は今の俺には目新しく映ったが、特に目についたのはそのくらい――いや、ひとつだけあった。
「あのー」
「ん? なにかな?」
服を脱いだ生徒たちを順番に並ばせていた女の先生か助手みたいな人に、俺は気づいたことを伝える。
「なんか、この辺りに血の跡がいっぱいあるんですけど……」
「えっ? ……あぁ」
だいたいは拭き取られてるけど、フローリングの床にわずかな拭き残しがあったり、ベッドのマットなんかには染みになって取れなくなっているところが多数。
つーかさ……これ、拭く前は相当な血まみれだったんじゃないの? しかも新しいよコレ。 一体、何があったのよ……。
俺の発言を聞いた周りのクラスメート達も、いろんなところの血痕に気づいて顔をしかめていた。
「やっぱり男の子も気づいちゃったか……えっとね」
指摘されたお姉さんは一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐにあっけらかんとした明るい表情で教えてくれた。
「これね? さっき二年一組の測定の時に、女の子達が一斉に鼻血を噴いちゃったのよ~」
「……はい?」
一斉に鼻血ぃ? しかも女の子が?
もしこれが男だっていうなら、るー君がやらかしたんだろうなーってすぐ分かるんだけど……。
「な、なんでですか?」
「いやねぇ~? ……むふふっ♪」
当然ながら理由をたずねる。 するとお姉さんは、急に顔を赤くしてイヤラシイ笑みを浮かべた。
「それがね~? 一組の女の子の中に、ものすっごく可愛いコが混じってて……ムフフ……あ」
その時の状況を思い出したようで、三日月だらけのニヤ~ッとした表情の鼻から赤い筋がこぼれ落ちる。
気づいたお姉さんは慌ててハンカチを鼻に詰めるけど、そのハンカチは既に一部が真っ赤になっていた。
「……」
ま、まさか? いや、でも……。
お姉さんのこの表情。 生徒の集団鼻血。 そして、二年一組――。 これらのキーワードから導き出される答えは、やっぱりどう考えても一つしかない。
そして、その答えを前に考え直してみると、それも十分にあり得るかなと思えてくる。
「ヤッパリ、やっちゃったんだ……あの、うさ姫ちゃん」
「ふぉーふぉー! うは姫ひゃん♪ ……ふぁぁ」
鼻声でうっとりしながら首を縦に振るお姉さん。 首を振りすぎて、ふらふらしている。
あーあ。 うさぎの皮をかぶった小悪魔ちゃんを、ついうっかり花も恥じらう乙女達の中に放り込んじゃったワケですか。
――それも、ストリップという最悪の形で。
「ウチの子がご迷惑をおかけしたようで……」
「いあいあ! むひろ、これで死んでもほんみょ~だお♪」
「……」
どうやら、本当に性別なんてものは些事に過ぎなかったらしい。
「しかもあのコ……ムフフフフ~っ♪」
「……」
逆に、こっちの方がより深刻かもしれん……。
だが既にもう、手遅れのようである。




