195 それぞれの思い
閑話的なエピローグです。 前話(194話)のおまけと合わせてご覧いただければと思います。
なお、視点・時間・書き方がそれぞれ微妙に異なりますのでご注意ください。
■エミーリアの場合
受験当日の朝。
ベッドの上のエミーリアは、まだ薄暗い窓の外を見ながら身体を起こした。 上半身がひんやりと冷たい空気にさらされる。
その暗さと体内時計によって、エミーは今がいつもとさほど変わらない時間であると感じた。 母も姉もまだ起こしに来ていないから、間違いないのだろう。
次に、自分の調子を確かめる。 眠気があるか、疲れを感じるか、身体はだるくないか……。 軽く首や肩や腰を動かしてみて、体調に問題がないことを確信した。
それからエミーは軽やかな動きでベッドを降りると、布団の乱れを直してから壁のパネルに向かう。 やや高い位置にあるパネルに手を軽く伸ばし、自分の魔力を注ぎ込んで室内照明を起動させる。
すると間もなく天井から昼白色の光が部屋全体を照らし、部屋の隅までがハッキリと見えるようになった。
小さなテーブルの上には、昨日のうちに用意した着替えと今日の必要な筆記用具や受験票などが置いてある。
「……ふぅ」
自分のパジャマの上から、手を胸に置いてみる。
エミーは、きゅっと締め付けられるような緊張感と同じくらいの、身体の中から湧き上がってくる高揚感に身体を震わせた。
魔導具の認定試験以来の、久しぶりの感覚。 エミーは膨らむ胸を手に感じながら、目を閉じて大きく深呼吸をした。
「はーーーーーーっ。 ……ふーーーーーーーっ。」
目をゆっくりと開け、胸の上の手を強く握る。
「よしっ」
気合いを入れて、ふっと笑みを浮かべるエミー。 あの彼女とほぼ同じ勉強をし、あの彼から太鼓判を押されたエミーに、心配することは何もない。
そういった自信とやる気に満ちたエミーの姿を、姉からのお下がりである壁掛けの鏡がくっきりと映していた。
「うぅ……さむっ」
強いて、心配事があるとすれば――。
これから温かいパジャマを脱いで、よく冷えた服に着替えなければならないことくらいだろう。
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■リュシアンの場合
「――お早う御座います」
日頃からすぐに目を覚まされるるー様ですが、今日は私がベッドの横に立った瞬間に目を開けられました。
「うん。 おはようツェリ」
本当にお眠りだったのか、不安になる程のお目覚めの良さで御座います。
「しっかりお休み頂けましたか?」
部屋の明かりに白磁のようなお肌が照らされ、紅玉のような瞳が煌めきます。 あまり感情をお見せにならない事も手伝って、るー様は私と同じヒトとは思えない程の美しさで御座います。
るー様のお目覚めの良さはいつもの事なのですが、今日は飛び級試験が行われる日で御座います。 特に睡眠不足のご様子は見られませんが、念のためにお聞きしておきます。
「うん、よくねたよ?」
私の質問が珍しかったのでしょう。 ベッドの中のるー様が首を傾げられます。
その動作からだけでなく、お声のお調子や朱い瞳にも疑問のお気持ちがはっきりと見て取れます。
「ご緊張されているのかと邪推致しました。 申し訳御座いません」
むしろお元気なご様子に、私は安堵します。
人前に出られることを不得手とされるるー様の克服の為と、定期的に社員の方々と面談の機会を持って頂いていますが……その効果もあったのかも知れません。
そして何より――。
「きんちょうはしてないよ?
どんなもんだいが出るか……楽しみ」
薄桃色の唇に笑みを浮かべられるるー様。 以前は日課として淡々と勉強に取り組まれていたのが、今では楽しまれてさえおられます。 しかも、当初はあわよくばと考えていた飛び級が、今や実現可能なところまで来ております。
これも偏に、あの方のおかげで御座います。
……るー様と同じ歳であるあの方には、感謝を越えて畏敬の念を抱かざるを得ません。
強い輝きを瞳に宿されているお顔を拝見し、私はるー様の飛び級合格を改めて確信致しました。
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■クリムヒルトの場合
身体の芯から冷えるような朝。
受験会場の初等学校への道を、手を繋いで歩く母親と娘がいた。
「クリム……焦らなくていいから、分かる問題を丁寧に解いていきなさいね」
「うん」
白い息を吐きながら、茶色いコートを着た灰色の髪の女性が優しく諭すようにいろいろと言葉をかける。
それに対し、白いコートに毛皮の帽子をかぶった女の子は素直にうなずく。
「面接でも、分からないことは分からないって言えば大丈夫だからね」
就学前とは思えない長身の女の子――クリムヒルトは、素直に言うことを聞いている。
だが、犬のような黒い大きな耳は、言葉を聞くごとに重く垂れ下がっていく。
「……うん」
いつも優しく抱きしめてくれて、大好きな母親。 勉強ができるようになってよく褒めてくれるが、結果を期待してくれていないかのような言葉に少しだけ悲しい気持ちになる。
でも、その理由は知っている。 ……自分が、死んでしまったパパによく似ているから。
元気でいい子に育ってくれれば、それがいちばんなのだと――。 母親も、今の父親も、そう言って自分の頭を撫でてくれる。
だけど、そう言うときの母親は決まって悲しそうに微笑むのだ。
「ママ……わたし、がんばってとびきゅうするね」
「……ええ」
そんな母親に心から笑ってもらうために。
あの男の子のような、晴れやかな笑顔で「よくやったね」と撫でてもらえるように。
少女は決意を新たにする。
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■ニコラスの場合
今日は、とびきゅうのテストの日! ぜったいおくれたらダメだから、はやくがっこう行かなくちゃ。
「それにしても、アンタが飛び級ねぇ……よくまあ、頑張ったもんだわ」
「へへーん!」
べんきょうはつらくてイヤだったけど、分かるとおもしろいって分かった。
こないだまで、かーちゃんは「アンタにゃムリムリ」って言ってたけど、ジャスくんが「がんばったら、だいじょうぶ」って言ってくれたからがんばったら、かーちゃんも「本当にいけるかもね」って言ってくれた。
やればできるって、ほんとなんだね! うれしいからジャーンプ!
「ほら、そうやってすぐ調子に乗る」
「あいたっ」
かーちゃんにゴツンってされた……。
そ、そうだった! チョーシにのったらダメだって、みんなも言ってたよ!
もちつけーもちつけー。 じゃないと、とびきゅうできないよ……うわっ、ドキドキしてきた。
もちつけーもちつけー。
ぼ、ぼくだって、やればできるんだ。 がんばってとびきゅうして、リリちゃんとかみんなにスゴーイって言ってもらうんだ!
「がんばるぞー!」
「……ん、目一杯頑張りな」
「うん!」
かーちゃんがなでてくれた!
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■セレスティアの場合
「……ふぁふ」
「お兄ちゃん、眠たいの~?」
「んー、ちょっとな。 セーレちゃんは?」
「おふとん、ぽかぽかで気持ちいいの~♪」
「あはは……そうだな。 でも、そろそろ起きて布団から出ないとね」
「うんっ」
「さーて! とうとう、今日が本番か……みんな、合格できるといいんだけどな」
「お兄ちゃ~ん。 お兄ちゃんとわたしは、ごうかくできるかな~?」
「うん、絶対に大丈夫だ」
「えへへへっ♪ じゃあ、大丈夫だねっ!」
「ジャス様、セーレ様。 そろそろ起きる時間ですよ」
「おっと、マールちゃんが来たみたいだ。 ……さあ、起きよう」
「はぁ~い♪」
「……」
「……」
「……セーレちゃん?」
「なぁに?」
「離れてくれないと、起きられないんだけど」
「……は~い」
セーレたんは、おもむろに俺のお腹の上から転がり下りた。




