189 れでぃーは重くありません
合宿二日目の朝が来た……。
窓のカーテンの外はどうやら曇っており、きっと寒いんだろうなーと思う。 暖房が効いているから分かりにくいが。
「……」
眠い。 モーレツに眠い。 いわゆるひとつの睡眠不足である。
いまだよく眠るるーちゃんとニコに挟まれて、俺は放心状態になっていた。 深く深呼吸をし、どこかの都知事もかくやとばかりに目をしばたたかせて、まとわりつく眠気を振り払う。
「ふー。 ……あ゛ぁぁーっ」
眠れんかった。 そりゃ多少は寝たけど、十分とは程遠い。
左を見ると、そこにいるのはセーレたん――ではなく、純白のナイティドレスに身を包むるー姫様。
枕の上に垂れ落ちる白くて長い耳に、顔にかかるピンクの髪。 睫毛は驚くほどに長く、鼻は小さく、唇は瑞々しい。 そして、湯上がりの身体から漂う石けんの香り。
いくら同性と分かっていても、これだけ可愛らしいと……と、普通の人なら言うんだろうが。
こちとら、生まれて昨日までずーっと金の髪の美幼女と褥を共にしてきたのだ。 ましてやお泊まりで一緒に寝たことのある相手。 だからすぐ慣れた。
寝相も非常にいい……というか、るーちゃんはあたかもコールドスリープのように、まっすぐの体勢から微動だにしないのだ。 寝相が良すぎて逆に不安になるくらいに。
こうして真横にいるのに、寝息すらほとんど聞こえてこないしな……。
「くー。 くー。 ……んんっ。 むぅぇ~ぃ」
右側にいるのは、親父を除けば唯一同じ布団で寝た同性の友人であるニコ……って違う!? るーちゃんが初めてじゃねーか!
ナチュラルにスルーしかけたぜ……。
気絶してからそのままずっと眠るニコは、時折奇妙な言語を紡いで幸せそうな顔をしている。
その手足は自由を満喫しており、少林寺の修行僧の練習風景かというくらいに、力強く縦横無尽に投げ出されていた。
おかげで、何度殴る蹴るの暴行を受けたか。 ……その度にキッチリとやり返してやったけど。
それでもまったく起きない熟睡っぷりは評価に値する。
でも、寝つけなかった理由としては、それは半分にも満たない。
圧倒的な過半数の議席を獲得した第一党は――。
「セーレちゃんは、ちゃんと眠れたんだろうか……」
見えない彼女に対する心配と、左側の空虚感だった。
俺のシスコン具合は、思ったよりも重症だったようだ。 逆に思い知らされるとは思いもしていなかった。
「――お早う御座います、皆様」
「おはよう」
程なくしてツェリさんが呼びに来ると、お姫様は眠気の欠片もなくパチリと目を覚ました。 なんという起動の早さだ……。
相変わらずの寝起きの良さにおののきながら、俺はニコを愛の鞭ならぬ愛の槌でもって覚醒させる。 それは黄金の鉄の塊である。
「起きろおおおおうぅえっへーーーーーい!!」
「ぐらすごっ!?」
「ぁ!! お兄ちゃあああああ~~ん!」
「っ!? セーレたあーーーーーーん!」
着替えを済ませた男子勢が、メイドさんと共に少し冷える階段を下りる。
その時ちょうど女の子達が部屋から出てきて、再会した兄妹は互いを見るなり、鉛のように重かった眠気を吹き飛ばして力の限り抱き合った。
思わず「たん」付けで呼んでしまったが気にするな!
「セーレちゃん、よく眠れたか? 大丈夫かっ?」
「わたしはだいじょうぶなのっ! お兄ちゃんは眠くないの~?」
「ああ、セーレちゃんの顔を見たら吹き飛んじまったぜー!」
俺の顔はまだ鏡で見ていないが、ラブリーハニーの美肌を間近で見てみると、目の下にうっすらとしたアイシャドーが……。
だが、夜中に俺の部屋に来ることもなく頑張って一夜を過ごしてみせた彼女に、そんな指摘をするのはあまりに無粋だ。
そのクマちゃんは、彼女にとって勲章なのである!
「よく頑張ったな……ふわぁあぁ」
「ふぁ……がんわったのぉ~」
あくびと共に喜びを分かち合った俺達は、染みいるような互いの体温を全身で感じていた。
「えと……ジャス? おはよう」
「おはよ、ジャス。 おはよ……わぅぅ」
気がつくと、白銀さん主従+ニコは既にダイニングに行ったらしかった。
廊下にいたのは、ずっと挨拶のタイミングを図っていたらしいエミーちゃんと、タイミングが分からず遠慮がちに声をかけ続けてくれていたらしいくりむちゃんだけだった。
「え? あ、お、おはよう」
「あれ? るーちゃんたちは~?」
セーレたんが離れていつもの左側につき、俺は悲しそうに耳としっぽを垂らしていたわん子ちゃんを優しくなでた。
「気づかなくてゴメンなー? エミーちゃんも」
「……くぅーん♪」
「ううん。 セーレも、昨日はさびしそうだったから」
お母さんを思わせる苦笑いを浮かべたエミーちゃん。 キレイにセットされた彼女の頭もなでてあげると、「わ、わたしは別にいいのに……」とか言いながらも顔は喜んでいた。
「さて、早くご飯食べに行こうか」
「うんっ」「そ、そうだね」
「わうんっ」
ダイニングのドアが開いて、チャロちゃんがひょっこり顔を出す。
俺達は行くよと手で合図して、廊下の奥へと歩き出した。
朝食が終わり、みんなで片づけを手伝おうとしたら……やんわりと断られてしまった。
ちょっと残念だったけど、これからお袋達が食べる用意をしようとしてるのに、俺達が自分の食べた食器を持って並んでたら逆にジャマだもんなぁ。
……ということで、勉強漬けの気分転換を兼ねたお手伝いタイムがボツになったので、俺はみんなを庭に連れ出した。 ツェリさんもついてくる。
枯れた芝を踏むとしゃりしゃりと音が鳴り、時折吹く風がちょっと肌寒い。
「さて、勉強ばっかりだと疲れるから、ちょっと身体を動かそう」
「は~いっ!」
「おおっ!」
「うんどう……♪」
みんなを横に整列させて、俺はその向かいに立った。 白銀さんは俺の後ろで俺達を見ている。
俺の声に、いつも通りの素直なお返事をしてくれる妹様。 ニコは途端にテンションが高くなった。 くりむちゃんもしっぽを勢いよく振り始める。
「る~……きがえてくる?」
「わたしもスカートだし」
だけど、お姫様とエミーちゃんはスカートなのでややと戸惑い気味だ。 セーレたんもスカートなんだけどな。
「いや、そのままで大丈夫。 服を汚したらママ達に迷惑がかかるから、軽い運動をするだけにしよう」
このメンツと人数で大暴れするには、この庭でも少し手狭かもしれないしな。
なので、ストレス解消と眠気覚ましに最適なものを考えてみた。
「ぼくのマネをしてねー。 じゃあ、最初は軽く両足跳びの運動ー」
俺は彼女達の前で垂直にぴょんぴょん跳び始める。 って、るーちゃん跳びすぎだよ!?
「軽くでいいから軽くで!」
「……かるいよ?」
ピンクのうさちゃんがスカートを押さえながら、軽々と数十センチ跳び上がる。
ほら、隣のニコが茫然と眺め……っておい、どこ見てるんだ。
腰をひねったり胸を張ったりと、上半身がスッキリするものが多い体操をやってみせる俺。 みんなは俺の動きを見ながら、なんとかマネをする。
俺がやっているのは前世でお馴染み、ラジオ体操の第二である。 第一なんて小学校以来やってないし、第三も知らないしな。
とはいえ、第二だってうろ覚えなのでかなり適当だ。 実際にやってみたら意外に覚えてたけど。
「はい、勢いよく思いっきり胸を反らすぅぅぅ~」
「うにゅぅぅう~っ」
「んぐ……くっ!」
セーレたんは髪が地面につかないように手で押さえながら、正面から見てアゴが見えなくなるまで背中を反らした。 エミーちゃんも同じようにするけど、そこまでは曲がらないようだ。
「の゛ぉぉぉぉぉー」
「るぅぅぅぅぅ~……」
そして、ニコは思った通り身体が固かった。 るーちゃんも意外に、柔らかいと言えるほどではないな。
妹様と一緒に柔軟をしている俺の方が柔らかい。
「ん……はぅっ」
「くりむちゃん? そこまで反らなくていいからね?」
「うっく……ふぅ。 いいの?」
銃弾を避ける人みたいに、ブリッジの一歩手前まで反らせるわん子ちゃん。 柔らかい上にバランス感覚もすごいな。
こんな何気ない運動でも個性が出るもんなんだなーと感心しながら、俺はゆっくりと体操を続けた。
しっかりと体操をすると意外に効くもので、スッキリと目の覚めた俺達は気分を新たに勉強タイムに突入するのであった。
夜になり、食事をしてから昨日と同じ順番でお風呂に入ったら、あとは寝るだけ。
今朝の体操のせいもあってか、俺とハニーの柔軟体操やニコの筋トレが話題に上がってしまい、パジャマパーティが体操とヨガの教室になってしまった。
瞑想もやって東洋の神秘に触れた女の子達は、適度に眠くなった身体を起こして下の部屋に戻ろうとする。
「達者で、暮らすんだぞ……」
「お兄ちゃあん……」
昨夜と同じ三文芝居を始める双子の兄妹。 別れを惜しんでひしっと抱き合う。
体操で少し紅潮した妹様の切なげな表情が、ちょっと色っぽい。
「いこ、セーレちゃん」
「もう、はやく行くわよ……」
二度目ともなると、他の子達もすっかり慣れたようで。 ……ハニーは半分くらい本気っぽいけど。
俺の服をきゅっと掴むセーレたんの耳元でおやすみの挨拶をささやいていると、くりむちゃんとエミーちゃんがセーレたんの背後からそれぞれ片手ずつ掴んで、引き離そうとする。 特にエミーちゃんの半分冷めた表情が、二人の仲を引き裂こうとする役柄にマッチしていて妙にリアルだ。
「お、お兄ちゃああああ~ん!?」
「妹よーーーーっ!」
「……もうっ」
「わふん♪」
おっと、ハニーがお休みのキスをしてくる前に剥がされてしまった。 ……まあ、今夜は諦めてね?
いい加減長くなりそうな芝居に飽きてきたのか、エミーちゃんが俺に向かって口を尖らせる。 俺がゴメンの意味を込めてウィンクすると、なぜか照れたように目を逸らされた。
わん子ちゃんもウィンクしてほしそうな感じだったのでしてあげると、こちらは満足そうに微笑んだ。
「――フフフッ。 ジャス君は私のモノよ……」
ニコが首をひねりながら俺達を見ている中、今夜も同じプリンセスなパジャマを着たるーちゃんが突然の参戦表明。 俺の左腕を取って、色っぽくしだれかかってきた!
お、おいおい……なんなんだ、そのすっごい悪女な演技は? 表情もそれっぽくて生々しいよ!
「ふわっ!? やっ、だめ……。
る~ちゃん、ダメえええええ~~~~~~っ!!」
「フフフフフフ」
「いやいや、冗談だからねセーレちゃん!?
ちょっとるーちゃん? それ、リアルすぎるから!」
あまりにリアルな悪女様の様子に、妹様がちょっとマジになり始めた!
急に芝居のレベルが上がって、くりむちゃんとエミーちゃんも戸惑っているぞ。
「フフフフフフ……なーんちゃって」
「るーちゃん、やりすぎ」
「あいたっ」
「ほっ……びっくりしたのぉ」
いつものお人形フェイスに戻って舌を出するーちゃんに、指二本でおデコをぺちっとする。
セーレたんもほっと胸をなで下ろす……って、そこまで焦らんでも。
「ほ、ほんきかと思った……」
「うぅ……わたしも」
いやいや、エミーちゃんもくりむちゃんも本気にしないでよ? 相手は男のコですよー。
「……」
そして普通君よ、お前さんは言葉も出ないのか……。
「るーちゃん。 あんまり本気で演技しないでね? みんなが本当だと思っちゃうから」
「……かるいよ?」
「……」
首をかしげるるーちゃん。 つ、つまり、軽い演技だったと……?
精神的にどっと疲れた俺は、女の子達が出ていってすぐベッドに潜り込んだ。
明日は、とうとう最終日である。




