157 女性の上に馬乗りになります
「えっとー、ぼくはジェイドパパとセフィアママの子供の、ジャスパーと言います。 五歳です。
ここでは、剣とか魔術とか教わってます。 よろしくお願いしまーす」
俺はぺこりと頭を下げて微笑んだ。 我ながら無難かつ明解な自己紹介である。
すると、向かいの親子のお姉さんとお母さんが少なからず目を瞠った。 何に驚いてるのかは分からんが、まあいいや。
次はセーレたんだね。 ちらりと見ると目が合い、妹様がうなずく。
「え、えと……わたしは、ふたごの妹の、セレスティアです。
んと。 ……よろしく、おねがいしまぁす♪」
まだ少し緊張気味だったけど、自己紹介にも多少慣れてきたみたいだ。 俺と同じように頭を下げて、にっこりと微笑んだ。
お母さんとお姉ちゃんは釣られるように笑顔になり、目が合ったらしい弟くんは、顔を耳まで赤くして目を逸らした。 見慣れた反応だけどなー。
吹っ飛んだり気絶したりしないんだから、ごくごく普通の反応である。
よくできたねーとアイコンタクトでほめて、なでる代わりに繋いでいる手をにぎにぎすると、俺の腕に軽くすり寄ってきた。 ……ま、それくらいは許してあげましょう。
それでは、お次はエミーちゃん。 右を見て軽くうなずくと、俺の手をぎゅっと握り返しながらうなずいた。 軽く深呼吸してから、おもむろに唇を開く。
「わ、わたしは……え、エミーリア、カプティーニ、と、いいます。
じゃ、ジャスとセーレの、ともだち、です……よろしく、おねがいします……」
うつむきたいのをガマンしながら、なんとか喋りきった。 ちょっと最後が早口だったが。
それから正面だけでなく、ちゃんとロザリーおばあちゃんとクラリスさんの方にも「よろしく……おねがい、します」と頭を下げた。 さすがにしっかりしている。
「ええ……よろしくね……」
「よろしくね、エミーリアちゃん」
おばあちゃんたちも、俺達に接するのとまったく変わらない、丁寧で優しい挨拶を返してくれた。
それでエミーちゃんがほっとしたような笑顔を見せると、また目が合ったらしい弟くんが、イフリートみたいに全身真っ赤になって首ごと横を向いた。 あーあ、エミーちゃんがしゅんとしちゃった……。
「大丈夫、嫌われたわけじゃないから」
「……うん」
相手のそういう反応にあまり慣れていないエミーちゃんに、耳元でささやいてフォローしてあげる。 俺と視線の高さは同じなのに、なぜか上目遣いで俺を見てはにかんだ。
最後に本日のシェフ兼パティシエールのチャロちゃんが挨拶、続いて料理の説明をした。
朝食を抜いてきているだけに、子供達の視線は料理に釘付とになり、大人の女性陣は「へぇ」「わぁ」と感心の吐息を漏らしていた。
「はいはい。 食べたいのは分かるけど、今度はキミ達の番よー?」
くすくす笑いながらセラさんが、草食系動物のような耳をぴくぴくさせている姉弟に話しかける。 ……あ、そうか! 思い出した!
鹿耳だよ鹿耳。 くろまめちゃーんで、せ○と君ですよ。 またマニアックな……って言ったら失礼だな。 珍しい。
俺の真正面に座っているお姉さんの耳が動いているのを見ていたら、そのお姉さんが自己紹介を始めた。
「私はマチルダ・ブランシェ、八歳よ。 初等学校に通ってるわ。 よろしく」
タイのついたピンクのブラウスにグレーのパンツを合わせているお姉さん。 ルックスが、というより雰囲気が落ち着いていて大人っぽい。 エルネちゃんよりは年下だったんだな……。
大人の中に混じって話をするのに慣れている、という感じがした。
俺達に優しい目線を投げかけてくれて、俺の手を握る力が両方とも緩くなった。 妹様エミーちゃんも、ちょっと安心したらしい。
「お、オレは弟のエリック。 六歳な。
よ! ……よろしく」
続いて、マチルダお姉さんに肘で突っつかれたツンツン頭君が喋った。 この子は俺達の一コ上、と。
緊張の取れてきた美幼女達とまた目が合ってしまい、最後は横を見ながらブツブツと小声で呟くように締めくくった。
「あれ、急におとなしくなったじゃない? 顔、真っ赤にしちゃって~」
「う、うるせぇな! やめろよー!」
そんなエリック君を、お姉さんはひじで突っつきながら容赦なくいじる。 なかなかお茶目なところもあるお姉さんだ。
目を吊り上げて叫ぶ彼のリアクションが子供っぽくて、ほっこりしてしまった。
「おま! なに笑ってるんだよー!」
「ぷふっ……ごめんなさーい」
「こら、年下の子に怒鳴らないの!」
「あいてっ! ……うぅ」
俺に釣られたのか、両サイドの幼女ズもくすくす笑う。 それを見てまたエリック君が真っ赤になって、更にいじられる。
大きな耳がパタパタと上下に動きっぱなしだ。
「あんた達はもう……こっちの子達の方が落ち着いてて年上みたいじゃないのよ……」
エミーちゃんの正面に座っている姉弟のお母さんが溜息をつく。
たぶんアナさんくらいだと思うその人に、すぐ傍に座っているセラさんが肩を叩いて「まあまあ、あの子達は特別だから」とフォローしていた。 ……特別?
しまいには、エルボーの応酬に発展しつつあった姉弟を一喝したお母さん。 耳を横に倒してまた溜息をついてから、シンプルに挨拶してくれた。
なかなか苦労していそうな人である。
「はあ……カステルミよ。 ボク達のお父さんのお兄さんの、奥さんになるわ。
ボク達、よろしくね」
「はーい!」「は~いっ」「はい」
親父のお兄さんとは、家具職人だっていうエドガーさんのことだよな。
すっごい真面目な人らしくて、今日も自分の工房でお弟子さんと仕事しているらしい。
「ふふふふふ……さて、と。 それじゃあ食べましょうか」
俺達のやり取りを見てしばらく肩を震わせていたセラさんがようやくそう言ってくれて、かなり遅くなってしまった朝食が始まった。
食事が終わると、セラさんとチャロちゃんがお皿を片づけ、代わりに手作りトルティーヤチップスを持って来てくれた。
それをみんなでパリポリと食べてジュースを飲みながら、適当に席を移動してお喋りタイムに突入する。
「お前も魔導具使えるのか!? すっげー! かっけー!」
「練習したからねー」
エリック君が「お前は魔導具使えないのかよー」と俺をからかってきたので、妹様から借りた魔石で光球をぽんぽん打ち上げて見せた。
すると、一躍ヒーロー扱いされてしまった。 彼はまだ扱えないらしい。
「……これくらい、ですか?」
「ええ、気持ちいいわ……ありがとうね、エミーちゃん」
俺の左側では、エミーちゃんがロザリーおばあちゃんの肩を叩いていた。 絶妙の力加減らしく、おばあちゃんはとても喜んでいる。
その様子を見たセーレたんが、クラリスお姉さんの肩を叩き始める。 ……俺も後でやってあげよう。
「わたしもやってあげるの~」
「私は、別にいいのに……ふふ、ありがとう。
そういえば、去年生まれた、リソベル君は元気、かしら」
「たいへんなときもあるけど、今はげんきなの」
「そう、よかったわね」
それから右側では、ピチピチお肌をしきりに気にしていたカステルミさんがセラさんと美容トークに花を咲かせているところに、マチルダお姉さんも加わって女子会状態と化していた。
「ちょっとお義母さん、あたしにも教えてくださいよ」
「ダメダメ。 特殊な魔力を使うから、ダメと言うよりは無理なのよ~♪」
「セラおばあちゃん、すっごーい綺麗……」
こっそり俺にウィンクしてくるけど、知りませーん。 さすがに初対面でいきなり触手なんて見せて、心臓発作でも起こしたらどうすんのさ……。
本当は、日頃から肩や腰が凝りやすいらしいロザリーさんや、クラリスさんにもやってあげたいんだけど……同じ理由で言い出せないでいる。
悪いけど、二人とも見たらショックで気絶しそうだし。
――俺達は時間も忘れて、夕方近くまでいろんな話をした。
暦は既に七月。 王都に戻る日は、近い。
「はい、ロザリーおばあちゃん、ぼくもマッサージしてあげる」
「ジャスちゃんまで……ありがとうね」
「ううん! いくよー」
「んんっ! ああっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ♪」
やっぱりこの場で触手はマズイかなと思ったので、絨毯にうつ伏せに寝てもらって上に乗り、背中や腰を押しまくった。 喜んでくれてよかったよ。
だけどセラさんが勧めるものだから、カステルミさんにもマッサージすることになっちゃった。
「ん゛くっ……ああこれ、本当にいいわぁ……」
「ほら、凄い効くでしょ?」
「効っくぅぅううぅぅぅ~っ♪」
「リック……。 ちょっとジャス君に習って、家でお母さんにやってあげなさいよ」
「姉ちゃん!? なんでオレがっ!」
……なんかさー。 俺、メキメキとマッサージが上達してるんですけど。