128 カノジョの苦手なもの
冬の特別な日に降る雪は、ロマンチックである。 それが俺のイメージ。
だけど――。
「うふふふふ、素敵な考え方ね~」
「雪が降るといろいろと仕事に支障が出ますから、あまり好きではないですね……」
「子供のときは喜んで外で遊んでましたけど、今は寒くて……あはは」
「この時期の水仕事は厳しいからねぇ。 私はもう慣れているけど、エルネはひーひー言ってるわね」
「もうっ! ママったら、バラさないでよー。 ……ねえジャス君? 凍えた私の手、あっためてほしいなぁ~♪」
「夜勤で雪が降ると散々だから……っておい、俺にも聞いてくれよ!?」
――こっちの世界の人には、そういう感覚はないらしい。
前世では元旦と呼ばれていた朝。 部屋の窓から見える空は暗く、しかも若干吹雪いている。 眼下の庭も向かいの家も、何もかも真っ白だ。
これで暖房がガンガンに効いていなければ、まるで雪山遭難である。
でもせっかくの新年なんだし、俺はなんとなくロマンチックな気分に浸りたい気分だった。 なので、俺は窓の手前の絨毯に妹様と一緒に座ってドラマっぽいことをしてみる。
「……外、寒そうだな」
「……うん」
「でも、こうすると温かいな」
セーレたんの肩を抱き寄せてくっつける。
考えてみると、ハニーの方から抱きついてくることはあっても俺の方からこうするのって、あんまりないよな。 こっ恥ずかしいし。
「うんっ♪」
俺の肩に頭を預けてくる妹様。 いつも通りのリアクションではあるのだが、ドラマフィルターがかかっている今の俺にはそれなりにロマンチックに感じられる。
お前は妹相手に何をやっているんだ? と冷静にツッコミ入れてくる、俺の中の冷静な部分もあるんだけど……こういうのはノリが大事なので目を瞑ろう。
「セーレ……」
「おにぃ……」
頭の中でピアノのBGMを流しながら、ヒロインと見つめ合う。 気分は韓流スターだ。
かすかにピンクに染まった頬に、潤んで輝く蒼の瞳、そして濡れた唇。 そんな彼女の顔が、熱い吐息と共に少しずつ俺に近づいて――。
「ぐべればああああっ!?」
「おにぃ?」
ムリムリムリムリっ!? ……ちょっとセーレたん、何そのオンナの貌っ! 幼女のする表情じゃないよそれ!!
な、なんつー演技力なんだ。 るーちゃん以上じゃないか?
俺には到底マネできん……。
「そ、そろそろ朝ご飯だと思うから、行こうか」
「……うん」
リビングのドアノブに触れようとしたら、先にドアが開いてマールちゃんと鉢合わせた。 ちょうどいいタイミングだったようだ。
「お早うございます、ジャス様、セーレ様」
「おはよー。 手伝うことある?」
「おはようなの~」
「いえ、大丈夫ですよ。 お席でお待ちくださいね」
新年にふさわしい初日の出のような笑顔でイスを引いてくれる。 マールちゃんだけに限らず、手伝いを申し出るとみんなすっごく喜んでくれる。 ……ただし、マールちゃんに洗濯物絡みはNGだけど。
キッチンへ引き返す空色のポニーテールがしっぽのように揺れ、足取りも軽いように見えた。
「おはよー。 ママ、リソ君」
「おはよ~」
「ジャスちゃんセーレちゃん、おはよう~」
「うーっ」
既に着席しているお袋と弟にも挨拶。 すると、リソ君は俺に向かって手を伸ばしてくれる。 可愛いヤツめっ!
斜めの席で直接手が届かないので、リソ君に触手を伸ばすと……食べられた。
「はぐはぐ」
「すっかりお気に入りね~」
太巻きサイズで明らかに口よりも大きいのに、よだれを垂らしながら一生懸命かじりつくマイブラザー。 そこまでがっつかんでも。
キャットフードのCMみたいになっている弟の姿がちょっと面白くて眺めていると、左腕を引かれる。
「セーレも~っ!」
「え、いや」
「たべるぅ~」
触手より、ちゃんと朝ご飯の方を食べてほしいんだけど……。
「……はい」
「あはっ♪ あ~むっ」
左手から出してあげると、両手で大事そうに持ってアイスキャンディーのように舐めたりほおばったりしている。
目が合うと嬉しそうに目を細めるんだけど……そんなに美味しいの、それ?
「あのー、私の朝食も食べてくださいねー」
一人用のピザのようなものを両手に持って来たチャロちゃんが苦笑いしている。 それぞれの好みに合わせて具を少し変えているようで、俺用には焼いた後にかいわれがトッピングされていた。
「……」
お袋用のピザと離乳食を持って来たマールちゃんが、触手をぺろぺろしている妹様を凝視してるんだけど……。
「はいはい、もうおしまいー」
「うあー」
「やんっ」
触手を引っ込めたら、両手がベタベタになってしまった。
どうにもならないので、席を立ってキッチンへ向かう。 井戸直結のポンプ、というか見た目はセンサー付きの水道みたいなので手を洗ってタオルで拭く。
みんなが食べずに待ってくれているようなので、急いで戻ろう。 親父はいないけどな。
元日は城の式典があって、昨日から泊まり込みだから仕方ないんだけど。
「では、いただきましょうか~」
お袋の声を合図に、俺達はおのおのピザに手をつける。 みんなのピザと交換したりして、とても楽しい朝食だった。
おせちもカレーもないけど、こういうのもいいね。
悪天候で仕事の大半がなくなったメイドちゃんズも一緒に、リソ君の部屋でまったり。
鎧戸が閉まっていて外は見えないが、吹雪は相変わらずらしい。 暖炉の熱を伝えるレンガの壁の近くには、水を入れた鍋が置いてある。 ストーブのヤカンほどの効果はないけど、これでもある程度の乾燥は防げるらしい。
「~♪」
「おあー」
お袋はベッドに腰掛けて、冬限定の趣味である編み物中。 のんびりとした鼻歌とは対照的に、編み棒の動きはもの凄く速い。 弟も目を瞠っている。
その横では、なんとチャロちゃんも編み物に挑戦している。 目標は自分のしっぽカバーを作ることらしいんだけど、お袋に教わりながら悪戦苦闘している様子ではいつ完成するのかは未知数だ。
で、俺は何をしているかというと……。
「はいジャス様、反対を向いてくださいね」
「う、うん」
とても柔らかくて温かい枕の上で、寝返りを打つように向きを変える。
上を向くと、俺を見下ろすマールちゃんと目が合う。 エプロンドレスの双丘の奥から覗くのは慈愛に満ちた笑顔だ。 俺の髪をなでる彼女の手がくすぐったい。
そして言われた通りに反対の横向きになると、眼前にエプロンドレスのお腹の部分が迫ってお袋とはまた違う、すがすがしい花のような香りが強くなった。 スカートが長いからまだいいけど……それでも非常に毒だ。
いつものように呼吸を浅くしてすぐに目を閉じると、俺をなでる手の動きが大きくなった。
「ジャス様って、こちらを向くと必ず目を瞑りますよね」
「……うん」
膝の上に乗せた頭でうなずくわけにもいかず、声だけで返事する。 すると横座りをしているマールちゃんのお腹を中心に、彼女の身体全体が軽く揺れた。 むぅ。
「む~」
俺の背後から、先程まで見つめ合っていた妹様の声がする。 同時に俺の腰あたりを軽く揺すられるけど、残念ながらそっちを向くことはできない。 代わりに右手を後ろに伸ばすと、すぐさま両手で握られた。
再び俺の頭が振動で揺れると、右耳にマールちゃんからの声が降ってきた。
「では、こちら側を始めますね」
「はーい」
信じてはいるけど、半ば反射的に閉じた目に力が入る。 その直後、右耳に細い棒が差し込まれた。
「うくっ」
「痛かったですか?」
「ううん……だいじょうぶ」
くすぐったくて思わず声が出る。 特に耳に添えられた手の方が。
手足の指がきゅっと丸まり、止まっていた棒が動き始める。
「くひっ……んん」
「動かないでくださいね」
ごそごそという音の向こうから聞こえるマールちゃんの声。 気遣いが感じられる繊細な耳かきの動きが、かえってくすぐったい。
セーレたんに握られている手に力が入ると、優しく両手でさすられた。 くすぐったさがちょっとだけ紛れる。
「――はい、終わりです。 お疲れさまでした」
「ふぅ」
なかなか慣れないくすぐったさに耐えること数分、頭をなでられながら一息をついた俺はよいしょと身体を起き……よいしょ……ふんっ……って!
「マールちゃーん」
「ふふふ……すみません」
俺の頭を押さえている手をどけてもらって、ようやく起き上がる。 振り返る間もなく後ろからセーレたんが定位置にくっついてくるけど。
「はい、次はセーレちゃんの番」
「ひうっ」
ぴくんと身体が跳ねる妹様。 俺とじゃれている時にくすぐられるのは平気、というか嫌がらないのに、耳かきのくすぐったいのはダメらしい。
まあ、いくら信頼している人でもちょっと怖い、という心理は理解できるけどもさ。
「セーレ様、どうぞこちらへ」
「う~っ」
渋るハニーをそっと押し倒し、マールちゃんの膝の上に寝かせる。 すぐに向きを変えて俺の方を向いた。
俺は目を合わせたままその場に留まって左手でセーレたんと手を繋ぎ、右手は彼女の腰に添える。 押さえつけておかないと逃げちゃうからね。
「ジャス様、そのままお願いしますね」
「ほーい」
「おにぃ……」
「はいはい、すぐ終わるからねー」
マールちゃんが妹様の髪をよけて耳を出している間に、俺はスライムで首から下を覆って固めた。 こうしておけば動けなくなるし、そもそもエステ効果で大人しくなる。
ほら、もう全身の力が抜けてきた。
「んぅ……あぁ」
「マールちゃん、始めていいよ」
「はい、それでは」
とろーんとまぶたが下りて、スライムに身を委ねているセーレたんの左耳に耳かき棒が入っていく。
「ひやっ! あっ……あ」
「セーレたん、ガマンするんだよー」
「や……ふあ……んくっ」
小刻みに震えながら妙に艶めかしい声を出しているけど、これはエステ中の妹様の仕様なので気にしない。 むしろ、包んでいるスライムを積極的に身体に取り込もうとするのを阻止する方に心を砕く。
他の人だと、抵抗の強弱に差はあれど俺のオドが身体の中に入ることはないんだが、セーレたんに限っては逆にスポンジみたいに吸い込もうとするからなぁ。 しかも長いこと内部接触していると、ハニーのオドの様子が変わってくるし……。
短時間なら問題ないみたいだけど、なんだか怖いので控えている。
「はい、こちら側は終わりです」
「ほーい……セーレたん、反対向こうねー」
「ああっ」
さっきの俺と同じように、妹様をマールちゃんのお腹の方に向かせた。 全身が完全に骨抜き状態なので、途中からは口や耳の下ギリギリまでスライムを伸ばして首も固定している。
だから、身体の向きを変えるのは俺の役目だ。
「マールちゃん、ちょっと急いでね」
「はい」
「はぁ、はぁ……あぁぁ」
顔はもちろん、耳まで赤くなって息も乱れてきたセーレたん。 普段のエステでも、他のみんなの半分の時間も耐えられないから、耳かきもスピード勝負なのである。
「――はい、終わりました」
「じゃあ、解くよ?」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
後半は駆け足気味に終わらせて、なんとか妹様が失神する前に解除できた。
くすぐったがって暴れるよりは安全だけど、これはこれで大変だな。
「セーレ様、よく頑張りましたね……」
「ゆっくり休んでいいよ」
「はぁ、はぁ」
起き上がる余裕もなさそうなセーレたんは、そのままマールちゃんの膝の上で眠ってしまいました。




