123 突然京都旅行がしたくなる症候群
高い木々に囲まれ立っている俺。 燃えるような紅は地面と空を鮮やかに覆い尽くし、更に世界を染めんとばかりにはらはらと舞い落ちてくる。
俺の髪についたそれを摘んでみると、その葉っぱは人の手のように五つに分かれていた。 日本の秋の象徴――紅葉。 そう分かった瞬間、ああこれは夢なんだと悟った。
もう二度と見ることは叶わないだろう景色。 せめて、夢の中だけでも見ることができて。 まだ、覚えていることができて――。
「おおおうっ!?」
突然、胸板をぞわりとくすぐる感覚に、俺は全身に鳥肌を立てて目が覚めた。
「ちょっ……くすぐった……!」
重ねた毛布と布団をこっそり持ち上げてみると、俺の脇の下に潜り込んだ妹様が俺に抱きついていた。 それはいい。
でもね?
「んふふふふふ~っ♪」
笑いながら俺のシャツの下から手を突っ込んで、直に胸をまさぐってるって……どういうコト!?
「ひうっ! や、やめなさいっての」
「……あん」
きっと何かの拍子に偶然手が入っちゃったんだろうけど、なんという逆セクハラだ……。 何故かすごく抵抗されたものの、なんとかお手々を引っこ抜くことに成功。
まったく……あんって言いたいのは俺の方だよ。 こんな紅葉のような可愛いお手々で、なんてコトをするの。
「はあぁ~~。 ……このっ」
「にぅ」
イケナイお手々が俺の腰に回って、ようやく動きが止まりひと安心。 お仕置きに軽くデコピンしてみたが、俺の脇腹に額を擦りつけてむにゃむにゃ言うだけだった。
――十一月になった。 秋の使節祭が始まり、大きな通りを中心にイベントや出店が賑わう時期。
でも、前半の賑わいは衛星都市からの商人や観光客などが多いらしい。 後半になってから、値下がりした掘り出し物を探したり評判になったお店を巡るのが地元の通だとか。
「いってきまーす」
「……」
「いってきまぁ~す」
「あー、あうあー」
今日も幼児園へ行く前に弟に挨拶をしに行ったのに、こいつは相変わらずじーーーーっと俺の顔を見つめるだけだ。 ちくしょー、妹様には嬉しそうに返事するのになぁ……。
でも、セーレたん似のつぶらな蒼い瞳が日に日に可愛くなっていくもんだから、これはこれで楽しくなってきたぞ。
「ぼくにもなんか言ってくれー」
「……」
「うぅ……」
「おにぃ、げんき出して~」
「セーレちゃん、いつもわるいねー」
「それは言わないおやくそくなの~」
「おー!」
俺を慰めてくれるセーレたんを巻き込んで小芝居を繰り広げていると、リソ君は腹ばいでしっかりとこっちを見ながら手足を動かして喜んでくれた。 おおっ、笑うとまた可愛いなちくしょう!
「やった! 笑ってくれたー」
「よかったねおにぃ~」
「ぅぁ! …………」
だからなんで、俺と目が合うと「しまった!」みたいな顔してまた黙り込んじゃうのよ!?
「うふふふふふっ、いってらっしゃ~い♪」
お袋がリソ君のお手々を持ってバイバイしてくれたので、俺と妹様は弟の頭を順番になでて部屋を出た。
チャロちゃんの引率で今日も幼児園に繰り出した俺達。 なぜかコンパ的なノリで、子供達よりも熱心に旗あげゲームをしている保護者のお姉さん達の横を通り過ぎて、わんこ座りをしているくりむちゃんと賢明にお手をさせようとしているニコのところへ。
先に俺達に気づいた、わん子ちゃんのしっぽが大きく揺れ始める。
「よぅ、なにしてんの?」
「わんっ」
くりむちゃんの前にしゃがみこむと本物の大型犬のように抱きついてきたので、俺も○ツゴロウさん的な感じでよーしよしよしよし、としてあげる。
セーレたんも「かわいい~♪」と言いながら頭をなでている。 ……本当に犬扱いでいいのか、くりむお姉さん?
「お手、してくれなくて」
しょんぼり肩を落とす普通君。 なんか、家を出る前の俺と弟の姿がオーバーラップして、少しだけ同情してしまった。
「そっか……がんばれ」
「うん、がんばるよ!」
何をどう頑張るのかは知らないが、とりあえず励ましておいたら元気になった。 ……って、わん子ちゃんのふさふさの耳が俺の耳に当たってくすぐったい!
「ちょ、くすぐったいって、ひぅ! ……このっ」
「ひんっ!?」
しっぽの付け根からちょい上の背骨のところを、指を立ててくりくりしてやる。 すぐに反応してエビ反りになった。
「はいはい、そろそろ離れて遊ぼう。 さてセーレちゃん、例のモノをおおっ? ……どうかした?」
「なんでもなぁ~い♪」
わん子ちゃんが離れた途端、入れ替わるように妹様が俺に抱きついてきた。 よしよし。
なでながらもう一回お願いすると、スカートのポケットから平べったくて長い、白いヒモを出して渡してくれた。 というかゴムなんだけどね。
「はい、こっち持ってー」
「?」
そのゴムの端っこをくりむちゃんに渡すと、首をかしげながらも両手で受け取る。 で、手を離さないように念を押してから、俺は絡まったゴムをほぐしながらわん子ちゃんから少しずつ距離を取った。 だいたい三メートルくらい。
あとはくるぶしくらいの高さでゴムを持って、わん子ちゃんにも高さを合わせるように言えば、ゴム跳びの準備は完了。
「アニ……じゃ、ジャスくん、それなにー?」
ニコの口から不穏当な単語が飛び出しかけたので睨むと、即座に言い方を直して問いかけてきた。 うむ、空気を読むのは大事だよ?
「まあ見てなって。 セーレちゃん?」
はーいと手を挙げたセーレたん、俺の横から小走りで斜めからゴムに入ると、軽くジャンプしてゴムの向こう側へ。 黒いスカートがふわりと舞い上がるけど、今日は黒いスパッツを穿いてるので大丈夫。
体重を感じさせない軽さで着地すると、妹様はすぐに演技を始めた。
「ん~♪」
最初は膝を高く上げて駆け足。 ゴムを挟んで右左左右……と、素早くランダムにステップを踏む。 まるでサッカーのフェイントのような脚さばきだ。
「おわー!」「……わ」
更に高速足踏み状態で、俺とわん子ちゃんの間を前へ行ったり後ろに戻ったり。 どのようにステップを踏んでいるかもよく分からないくらいのスピードに、わん子ちゃんは耳としっぽをピンと立て、ニコは目を丸くしてセーレたんの脚を……おい、そこじゃなくてもっと下を見ろ! ……気になるのは理解できるが。
見ていいのは俺だけだ、このやろ。
口を開いて見ているヤツを睨んでいたら、セーレたんのオシリがバックして近づいてきた。 ギリギリまでこっちに来るとこちら向きになり、両足を俺から見てゴムの右側に置いた。 そして今度は背後になったくりむちゃんの方へ大股で踏み出すと、セーレたんは俺を見て微笑みながら、そのままの勢いで反時計方向に身体をひねりながら高くジャンプ!
踏み切りの瞬間はくりむちゃんの方を向いていたので、空中で一回転と半分回ると、再び俺の方を向いた状態になって右足だけで着地した。 長い後ろ髪は身体の回転を追いながら放射状に広がり、両腕は白鳥のように左右に広げられ、後ろに浮いた左足は絨毯とほぼ並行になってわん子ちゃんの目の前で止まった。
見事なシングルアクセルである。
「……」「すごい……」
たかだか一回転半と思われるかもしれないが、良くても二〇センチに届くかどうかの高さしかない中での一回転半だ。 ほとんど一瞬のようなジャンプであり、その間にそれだけ回るのだからインパクトはもの凄い。
見物していたらしい誰かのお母さんや幼児たちが、驚きの表情で固まっているのを見ても明らかだ。 俺だって、一回転ならできそうだがアクセルはムリだろう。
「えへへ、おしまい♪」
最後にセーレたんがカーテシーで締めると、部屋中から拍手が起こった。
頬を染めてちょっと恥ずかしそうな笑顔を浮かべて、俺のところにやってきた。
「よしよし……いつもながらスゴイなー」
「にゃは~」
少し乱れた髪を整えながらなでてあげると、気持ちよさそう目を閉じた。
そして、未だにポカーンとしている奴に声をかける。
「……さあ、ニコ君! 次はキミの番だっ」
「ムリだよぉ~!?」
ま、そりゃそうだ。
「同じことをしなくてもいいんだ。 てきとーに跳んでみな?」
「う、うん……よっし!」
不安そうにうなずいたが、気合いを入れるためか自分のほっぺたを両手でパチンと叩いて……痛そうにうずくまり、しばらく待っていると澄ました顔で何事もないように立ち上がった。 ……残念ながら、みんな見てたからな?
ほっぺたにモミジを作ったまま、普通君はとてとてと正面のゴムに向かって走り、「えいっ」というかけ声と共に跳び上がって――。
ゴムを踏んだ。
「……」
「……」「……」
「……」
踏んだゴムを見下ろすニコ。 やっぱりなーという表情で見ている俺。 妹様とわん子ちゃんは「ギャグでやったのかなー?」という顔できょとんとしている。
そして、静まりかえったギャラリーの皆さん。
「……てへ?」
「おつかれさん」
顔を引き攣らせながらも笑ってギャグで済まそうとしている普通君に近づいて肩を叩いてやると、その場に体育座りしてしまった。
それをきっかけに、周囲の時間が再び動き始める。 ニコ君のかーちゃんの笑い声だけがやけに響いた。
だけどニコ君よ、まだキミの手番は終わってないぞ?
「はい、これ持って」
「うぐ……うん」
わんこちゃんから受け取ったゴムの端っこを持たせると、 彼女が座っていた場所へ引きずってまた座らせる。 体育座りのままだけど、まあいいか。 次はわん子ちゃんが跳ぶ番だからな。
俺も元の場所に戻ると、ニコは膝の上に揃えた両手にゴムを持ち、がっくりとうなだれていた。
ところでさー、そんな持ち方をすると……こっちの手を離したくなるじゃないか?
「……やらないけどな」
さすがにかわいそ過ぎる。 芸人的にはオイシイだろうが。
「おにぃ、なにをしないの~?」
「ああ、気にしなくていいよ~」
くりむちゃんがしっぽを振りまくって俺の合図を待っているので、早く跳ばせてあげることにしよう。
うなずいて見せると、黒い瞳を輝かせて大きな耳を立てた。
「わあんっ!」
「おおっ!?」「すっご~い!」
全身のバネを使って、すらりとした長身を高く跳び上がらせるわん子ちゃん。 しゃがんでいる俺や普通君の頭上を越えそうな高さだ。
ちなみにわん子ちゃんは普段からパンツしか穿かない子なので、見える心配はない。
「もっと、たかくして……」
「よしきたー!」
跳んだら跳んだで楽しく、引っかかっても危険もなく伸びるの楽しいゴム跳び。
くりむちゃんは大層に気に入ってくれたようで、高飛び以外にも俺やセーレたんとのセッションなども楽しんでいた。
「――やっぱ、一回はやっておかないとな」
バチーン!
「わぶっ!?」
やんちゃなワルガキ達の間で、このゴム遊びが流行ったのは言うまでもない。
そしてカーチャン……笑いすぎ。
「ひーーっひっひっひっひ!」




