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24 最終話 魔王少女と

 ──現在。


 ながいながい下駄箱までの道も、ようやく終わりが見えてきた。

「…………」

 どうした自分、なんでうつむいているんだ。

 世界中から賞賛を浴びて、その行いは映画になって、今日は学校一の美少女が彼女になった。

 まるで空想が具現化したみたいな人生じゃないか。

 それなのに、どうしてそんなに沈んでいる。

「…………」

 本当に、全部、空想だったらいいのに。

「…………」

 僕の心情などおかまいなしに、空は月と星に彩られ、美しく夜を演出して、世界は自分中心になどまわっていないという現実を優しく叩きつけてくれている。

 そういえば、今何時なんだろう。

 ポケットの中からスマートフォンを取り出す。

 月明かりの下、今朝までは新品同様だったはずが、まるで戦地を駆けてきたみたいにボロボロになっている端末を見て思わず立ち止まる。

「ごめんな」

 そう言って、数回撫でてから、電源を入れた。

 ふざけるな、それで謝ったつもりかよ、と怒鳴るように電話が鳴る。

 驚くと同時に、どうやら故障はしていないようで一安心。

 傷だらけのディスプレイに表示された相手の名前を確認して、スマートフォンを耳にあてた。

「やあ、お兄ちゃん。こんばんは」なるべく明るい声を作って言った。

「よかった。やっとつながった」相手の声はどこか緊迫していた。

「どうしたの?」

「なんで電話の電源をきってたんだ。携帯電話の存在意義を全否定か?」

「いや、そういうわけじゃないけど、ほら、今までスピーチの練習してたからさ」

 すらすらと嘘をつける自分が嫌になる。

「今までやってたのか? もう夜の十時すぎてるんだぞ」

「まあ、生徒会長が厳しくてさ」

「ふうん」

 電話の向こうでつまらなそうに頬をふくらませている杉野君の姿が見えた気がした。

「ところでどうしたの。何か用?」

「まあ用といえば用だね。時間もないから単刀直入に言うよ。これから会おう」

「え? これから?」

 今、夜の十時って言ってたような。

「どうしても会って話したいことがあるんだ」いつになく真面目な口調だった。

「なに? 重要な話?」

「実はその──学校を辞めようと思うんだ」

「──へ?」

 今日という一日よ。まだ僕に試練を与えたりないとでもいうのかい。

「な、なんで? どうして?」

「うん。あのね、来年の春から雑誌で連載を任せてもらえることになったんだ」

「へえ」胸に暖かい光りが灯った気がした。「すごいじゃん。おめでとう」

「あ、ありがと」

「でも、だからって学校を辞めなくても……よくわからないけど、せめて年内はまだいてもいいんじゃないの?」

「うん。それも考えたんだけど、やっぱり早くから準備しておきたいし、春野先生からアシスタントやってくれないかって誘われてて。きみの好きなスクールオンラインの作者さん」

「ああ、あれ描いてる人から誘われてるんだ。すごいな」

 やっぱり杉野君の才能って本物なんだ。

「で、まあ、その──ここからが本題なんだけど」

 電波からも緊張が伝わってくる。

「う、うん」

「どうしても決着をつけておきたい感情があるんだよね」

「うん?」曖昧すぎて、よくわからない。

「ごめん、電話じゃこれが限界。お願いだから、なるべく早くうちにきてくれないかな」

 いつも以上に声が高くて、いつも以上に女の子と会話をしている気分になってくる。

「わかったけど、いいの? 夏休みだからって深夜におじゃましても」

「今日なら大丈夫。うちの両親、明日まで旅行だから。むしろ今日までじゃないとダメなんだ」

「そう、なんだ」

「まだ学校いるんだろ? そのままうちにこいよ。そっちのほうが早いだろ?」

「うん。でも、いったん帰るよ。着替えてシャワーも浴びたいし」

「そんなのうちで浴びればいいだろ。お湯ぐらい、いくらでも使わせてやるよ!」

 杉野君の声が雪崩のように襲いかかってくる。

「ど、どうしたの? 大丈夫?」

「ごめん、ちょっと緊張してて」

 それは十分すぎるほど伝わってきている。

「とにかく絶対こい……きてくれよ。ずっと待ってるから」

「わかった。絶対にいくから」

「インターホンとか押さなくていいから。鍵開けて待ってるから。それじゃあ」

 僕の返事を待たずに通話は終わった。変な杉野君だ。いや、彼が変なのは出会ったときからずっとだった。

 一年前、教室の机にラクガキしていた少年が来年はプロの作家となってデビューする、か。

 すごい以外の言葉で表現できない自分の()()のなさが情けないけど、それでもやっぱり杉野君はすごい。

 それに電話をもらえてよかった。一日の終わりに親友の顔を見られたら、なんだか明日からまた頑張れそうな気がする。

 下駄箱に着いて靴を履き、校門に向かって歩きはじめる。

「……せんぱい」

 声に驚いて振り返ると、一人の少女がそこにいた。

「……村瀬」

 村瀬亜美だ。

 村瀬はスカートの前で手を交差させて、うつむいている。

「お前、まさかあれからずっとここで待ってたのか?」

「いえ、その……はい」

 否定して、迷って、肯定した。

「どうして?」

「あの……その……」うつむいたまま、村瀬は強く頭を下げた。「すみませんでした」

「……え?」

 僕の記憶が正しいなら、僕が村瀬に謝るようなことはしていても、村瀬が僕に謝るようなことは何もしていないはずだが。

「その、お昼は先輩に酷いこと言って、すみません!」

 一度頭を上げて、また下げる。

「いや、なんで村瀬が謝るんだよ。悪いのは僕だろ?」

「違います。私が悪いんです。生徒会長が言ってたようなこと先輩がするはずないし、それに生徒会長と先輩の様子、何だかおかしかったし」

 村瀬は顔を上げて、僕との距離を詰めてきた。

「生徒会室で何があったのかは聞きません。でも一つだけ答えて下さい。先輩は生徒会長の言ってたようなことはやってない──ですよね」

 メガネの奥の大きな瞳が答えを求めてくる。

 僕はうなずいて、それに応えた。

 わずかな沈黙の後、「よかった」と、そのまま泣いてしまうんじゃないかと思うほど村瀬は顔をほころばせた。

「そうだ先輩」きりっと背筋を正して、いつもの村瀬になる。

「どうした?」

「お、お蕎麦はお好きですか?」

「そば? うん、嫌いじゃないよ」

「よろしければごちそうさせて下さい。噴水公園の近くにおいしいお店があるんですよ」

 噴水公園? あのあたりに店なんてあったかな?

「というか、こんな時間にやってるのか?」

「こんな時間じゃないとやってないんですよ。この学校の卒業生さんが経営されてて、制服着ていったら、てんぷらをサービスしてくれるんです。てんぷらですよ」

 あまりにも嬉しそうに声を弾ませるその無邪気さに思わず笑みがこぼれた。

 杉野君との約束はあるけど、てんぷらと聞いて急に空腹が押し寄せてきた。どうもこれには抗えそうにない。

 そういえば村瀬と杉野君はどこか似ていた。二人ともちょっと不器用で、でもまっすぐで。

 きっと村瀬も杉野君も上手に呼吸ができているんだろうな。

「それじゃあ、いってみるか」僕は言う。

「はい」村瀬はうなずく。

 僕たち二人は校門を出た。

「そういえば村瀬はあのとき、どういう用事で生徒会室にきてたんだ?」

 僕からの質問に村瀬は恥ずかしそうに笑う。

「私ったらおっちょこちょいで、提出用のウマアザラシのヌイグルミと自分のヌイグルミを間違えて提出してしまって、ちょっと困ってたんです」

「ふうん」

 何気ない会話をかわしながら、僕たちは暗がりの中へと進んでいった。




   『魔王少女と呼吸の生徒会』完


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