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魔王少女と呼吸の生徒会  作者: インク


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13

 時刻は午後八時を少しすぎたところ。

 今夜はやけに月が近くて、人がいることを気づかれないように電灯を消している生徒会室の中を幻想的に演出してくれていた。

 画面をタップするとゲームを開始してからはじめて、僕にとって嬉しいイベントが発生した。

『むらむすめ は ゆうしゃ に なった』

 やっとスカートとお別れできる。

 僕はすみやかにズボンをはいて、スカートを落とした。不思議なことに、わずかな違和感が下半身に生まれる。

 まさかスカートが体になじんでいたのだろうかと、嫌な考えがわき上がってきたので、それ以上考えるのをやめた。

「残念」生徒会長は言葉通り寂しそうにつぶやいた。「スカート、似合ってたのに」

 そんなことを言われても喜べない。僕はスカートを適当に折りたたんで、椅子の上に置いた。

「写真に撮っておけばよかったなあ」

 聞こえないふりをした。

「ねえ、記念に一枚撮っておきたいから、もう一度だけスカートをはいてくれない?」

「会長」すっとスマートフォンを押した。「つづきをどうぞ」

「ううむ。残念」

 細い指が、ぽんと画面をタップする。


『まおう の こうげき まおう は ほろび の じゅもん を となえた』


 月明かりだけが頼りの室内で、スマートフォンから(とも)る微かな光は蛍のようだった。

 呪文系のメッセージなら過去に何度か登場している。

 氷の呪文のときは冷たい息を吹きかけられた。

 炎の呪文のときは備品のライターを僕に近づけてきたが、それは発火前に阻止した。

 今回は滅びの呪文ときた。恐ろしいが具体性に欠ける。

 魔王はこれをどう形にするのだろうか。

「ふーむ」と彼女は首をかしげて顎に手をあてた。

 さすがにどうするか悩んでいる様子だ。できるだけお手柔らかに頼みたい。

「あ、そうだ」

 と言って僕から離れていった。部屋から出て行くのかと思ったけどそうではなく、少し離れた場所に置いていた彼女のカバンに用があったらしい。

 何やらがさごそとカバンの中を(あさ)っている。何が出てくるのかと身構えていると、何も持ち帰らずに戻ってきた。

「どうしたんです?」

「呪文を唱えてきたの」

 僕は彼女とその周辺に注意深く目を配った。部屋全体は薄暗くてはっきりとはしないものの、特に何かが変わった様子はない。

「……何もないみたいですが?」

「呪文は唱えたわ。三分経っても何も起こらなければ私のミスということでいいわよ」

 そんなことを彼女が口にしたのは、はじめてのことだった。

 表示されたメッセージがどんなものであろうと迅速に実行してきた彼女が、今回に限っては何らかの可能性に賭けているらしい。

 しかし時限式という点が、今までとはまた違った恐怖を煽ってくる。

 爆薬でもセットしてきたのだろうか。ありえないとわかっていても、これまでの彼女の行動から考えて、警戒をしすぎるということはない。

 でもそれは、滅びとは少し違う気もする。

 もうすぐで三分だ。このままあと数十秒、何も起こらないことを静かに強く祈った。

 それなのに静寂は意外な音で破られることになる。

 僕のスマートフォンが鳴りはじめた。

 着信は母親からで、帰りが遅いのを心配しているのかもしれない。

 出てもいいか、彼女に目配せする。

「どうぞ」と彼女から許可が下りる。

 僕は通話アイコンをタップして、耳にあてた。

「ちょっと、あんた一体どういうことよ?」

 悲鳴とも怒号ともとれる、聞いたこともない母の声が鼓膜を突く。

「えっ、何が?」

 そう口にするしかなかった。

 受話器の向こうで何か叫び声のようなものが響いている。

 威嚇し合う猫がこんな声をよく出していた気がする。

 でもそれが猫の声でないことはすぐにわかった。

 声の主もすぐにわかった。

 妹だ。

 受話器の向こうで妹が奇声を上げていた。

 ごめんなさい! 私のせいだ! 私が悪いんだ!

 自分を(とが)める言葉を暴発させている。

 電話の向こう側で何かが確実に滅んでいた。

 何が起きているのか想像したくもないが、なぜそんなことになったのかは想像に難くない。

「母さん、ごめん」僕は努めて冷静に語りかけた。「ちょっと今、知らない人から嫌がらせをされてるんだ。何か、変な電話とかメールがくるかもしれないけど、それ、全部嘘だから。もうすぐ帰るから、帰ったらちゃんと説明するから。それじゃあ」

 通話の終了と同時にスマートフォンの電源をオフにした。

 僕は目の前の女を睨んだ。

 彼女が何をしたのか、おおよその見当はついている。

 先ほど剣崎にキスをさせるために妹に何らかのメールを送ろうとした。あのとき未然に防いだことを今、実行に移したのだろう。

 わからないことがあるとしたら、それは一つ。

「どんな内容のメールを送ったんです?」

「聞かないほうがいいかも」

「ふざけるなよ!」

 勢い余って、握っていたスマートフォンを机の上に叩きつけた。

 大きな音をたてて、物体が壊れて破片が散らばるのがわかった。

 どうでもいい。

「自分の親友を殺して平気で床に埋めることのできる人だ。今さら何をしても驚きませんよ。でも妹を──僕の家族を犠牲にするのは違うでしょ! それはルール違反だ」

 血が沸わいた。

 ここまで素直に誰かを憎んだのは、記憶の中で一度もない。

 殴らなかっただけでも、自分は偉いと思う。

 わずかな沈黙のあと、確かにそうね、と彼女はつぶやいた。

「ゲームはあくまでこの空間だけで行われて、ここで完結するべきなのに、その枠から外れてはダメよね。私の落ち度だわ。今すぐ妹さんに謝罪したいのだけどいいかしら?」

「お気持ちはありがたいですけど、何の意味もないんで、結構です」

 吐き捨てた。

 あの状態になると少なくとも二週間は、妹は『安定』しなくなる。

 回復の方法は一つ。嵐がすぎるのを待つように、ただじっと耐えるしかない。

「ねえ、確かに今のは私が悪いわ」彼女は『ミス』をタップした。「だけど私からも一つ言わせて。そこに咲希ちゃんを入れたのは、私じゃなくてきみだよ」

 生徒会長の視線の先にはオレンジ色の絨毯がある。その下の空間に剣崎咲希が眠っている。彼女をそこに押し込めたのは確かに僕だ。

「ええ、そうですね」感情を込めずつぶやいて、画面をタップした。

 僕の中に充満する負の感情が機械に伝わったのだろうか、新たなメッセージはこのようなものだった。


『ゆうしゃ は まおう に なった』


「あらあら大変」と生徒会長は嬉しそうにこぼした。「勇者が魔王になっちゃった」

 それがどうしたというのだろう。

 さっきは村娘になっていた。それに比べたら、いくらかましだ。

 徹底的にランダムなこのゲームで立場なんて何の効力も持たない。

 つづけて彼女がタップする。


『まおう は むらむすめ に なった』


 ほら、ちょうどこんな感じに。

 画面の中で魔王と村娘が並ぶ。

 いい加減、このゲームはいつになったら終わるんだ。

「あ、私、村娘になっちゃった。どうしよう」

 どうもしなくていいだろう。

 どうせこれから起こることもランダムだ。

 何をやっても、そこに意味はない。何も報われない。

 ある側面で、このゲームはリアルにできているのかもしれない。

 僕は画面をタップする。


『まおう の こうげき しかし まおう は なにも できない』


 ヒットやミスといったいつもの選択肢は現われない。一回休みといったところか。

 彼女が画面をタップする。


『むらむすめ は まおう を ちょうはつ した』


 メッセージを確認した彼女は僕に顔を近づけて「ばーか」と言ってきた。

 村娘が魔王を挑発してきた。

 それから彼女は『ヒット』をタップする。

 次のメッセージが表示された。


『まおう の こうげき しかし まおう は なにも できない』


「…………」

 まあ、そういうこともあるだろう。

 次のメッセージ。


『むらむすめ は まおう を ちょうはつ した』


 また彼女の顔が接近する。

「──クズ」

 気のせいか、その声には感情が込められているような気がした。負の方向の。

 僕はタップする。

『まおう の こうげき しかし まおう は なにも できない』

 彼女がタップする。

『むらむすめ は まおう を ちょうはつ した』

 彼女は言った。「死ね」と。

 僕はタップする。

『まおう の こうげき しかし まおう は なにも できない』

 彼女のターン。

『むらむすめ は まおう を ちょうはつ した』

「気持ち悪い」

 僕のターン。

『まおう の こうげき しかし まおう は なにも できない』

 村娘の番。

『むらむすめ は まおう を ちょうはつ した』

「ねえ、生きてて楽しい?」

 魔王の番。

『まおう の こうげき しかし まおう は なにも できない』

 村娘。

『むらむすめ は まおう を ちょうはつ した』

「素直になりなさい。本当はあの妹のこと、いなくなればいいって思ってるんでしょ?」

「──!」

 まおう の なか で なにか が はじけた。

 僕は手を伸ばし。彼女の首を掴んだ。

「いい加減にしろよ。何だよさっきから、おかしいだろ。何か細工でもしたのか?」

 彼女は目を見開いて首を振った。

「してないよ……そんなこと。お……落ち着いて」

 苦しそうに自分の首をしめている僕の腕を叩く小さな手。慌てて僕は手を離して彼女を解放した。

 でも、あやまらなかった。

「とにかく、これできみの行動は失敗だ」

 彼女の代わりに『ミス』をタップした。

 新しいメッセージが現われる。


『まおう の こうげき まおう は むらむすめ を りょうじょく した』


 その文字列に、懐かしさがこみ上げる。

 元はといえば、これが(ねじ)れのはじまりだった。

 数時間前に村瀬がここに訪れて、このメッセージが現われて、生徒会長が村瀬を襲って、あのときから世界は捻れてしまった。

 もうずいぶん昔のことに思えてしまうけれど、あれからまだ数時間しか経過していないことに驚きを隠せない。

「ねえ、早くして」

 彼女が急かしてくる。

 それはどういう意味なんだろうと考えた。

 ご丁寧に彼女の細い指の先が『ミス』を指している。

 それからもう一度「早く」と言った。

 早くここをタップしろと言いたいらしい。

 どういう意味だろう。

 襲われたくないということだろうか、襲えるわけなどないと言いたいのだろうか。

 彼女を見ると、僕の疑問に口で答えてくれた。

「だってそうでしょ? きみは優しい人だもの。そんなことするわけないよね?」

 優しい人、という声の響きに軽蔑に似た感情を覚えた。

 まおう の こうげき しかし まおう は なにも できない。

 さっきから何度も繰り返し目にした言葉が虚空に浮かんで見えた。

 僕の中で小さな音がした。何かが生まれたのかもしれない。その逆かもしれない。

 彼女を見た。

 色々なことがあったせいか、白いスクールシャツは乱れ、スカートの裾が少し破けている。そこから伸びる白い脚が月の光にあたり、普段の学校生活では決して目にすることのできない非日常的な艶やかさを見せつけている。

 思わず、唾をのむ。

 同時に、とてもよくできたストーリーが僕の中で完成した。

 思えば、全部彼女のせいじゃないか。

 村瀬を傷つけたのも、剣崎を殺したのも彼女だ。

 学校一の優等生で生徒会長の彼女は、得体の知れない魔王だった。

 そう、魔王。

 ここは生徒会室ではない。

 剣と魔法の世界、レトローダ。

 その世界で今は僕が魔王で彼女はただの村娘。

 そしてメッセージにはこうある。

『まおう の こうげき まおう は むらむすめ を りょうじょく した』

 かつて彼女はこう言った。

 真剣にしないゲームはつまらない、と。

 真剣にしないのなら、現実で罰が待っている、と。

 それは嫌だった。

 もうこれ以上、現実で嫌な思いはこりごりだ。

 だったら、真剣にするしかない。

 本気でゲームと向き合うしかない。

 かつて彼女が魔王だった時代、そのときの村娘にしたように。

 するしかない。

 僕は勢いにまかせて彼女のスクールシャツを掴む。

 彼女はキョトンと僕を見る。

 そして──

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