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 ふと、何日か前にテレビで見た海外のニュースが脳裏をよぎる。

 宝くじで連続二十回以上大当たりをつづけている男性にインタビューが行われていた。

 なんらかの不正を疑う世間の声をどう思うかとインタビューアーが訊ねると、気持ちのいい笑顔の白人男性はこのように答えていた。

 俺がくじを当てつづけているのはインチキでも運がいいからでもない。それが俺の運命だからだ、と。

 このニュースにはつづきがある。

 数日後、この男性は惨殺された姿でスーパーのゴミ箱の中から発見されたのだ。

 これも彼の運命だったのだろうか。それとも、これこそが彼の運命だったのか。

 どうでもよかった。

 僕は悲鳴を上げていた。

 生まれてはじめて発する声だった。

 とめどなくあふれてくる負の感情を、とにかく体外に吐き出したかったんだと思う。

「どうしたの?」

 生徒会長がいつもと変わらぬ声で振り返ってきた。

「一体何を考えてるんですか!」

 声を出した瞬間、視界が、がくんと下がった。

 腰が抜けてしまったようだ。

「大丈夫?」

 驚くべきことに、腰の抜けた男子の心配はしてくれるようだ。

「自分が何をしたのか、わかってるんですか?」

 僕は床に手をついてゆっくり立ち上がった。

 すると今度はまるで(おぼ)れているみたいに視界が(にじ)んできた。体に異変が起きたのかと思ったけど、その理由はすぐに解明できた。泣いていたのだ。

 目の前で命が奪われたことへの悲しみのためか、奪った者への恐怖のせいか、その理由はまだわからない。

 僕は腕で涙を拭った。

「何をしたのかって言われても……」

 彼女は不思議そうな目で僕を見ている。大学の入試で簡単な算数の問題を出題されたみたいな顔。どうしてそんなことを訊いてくるのか理解に苦しむ、といった表情だ。

「ここにそう出てきたから」

 案の定、彼女はスマートフォンを見せてきた。

『まおう の こうげき まおう は せんし の あたま を きょうだ した』

 僕は感情に任せて足早に彼女に寄った。

 この感情の名前ならよく知っている。怒りだ。

「いつまでそんなこと言ってるつもりだ!」

 僕は彼女の手からスマートフォンを払った。

 それは勢いよく飛んで、まず壁にぶつかり、床に墜落した。

「ちょっと、ダメだよそんなことしたら」

 彼女はあわててそれを拾い上げて、壊れていないか注意深く見つめている。

「良かった。どこも悪くなってないわ」

 そう言ってから、何かのおまじないか付着したゴミを払っているのか、スマートフォンに、ふうっと息を吹きかけた。

 彼女の中では親友よりスマートフォンの安否のほうが優先順位は高いらしい。

 とにかく今が一刻を争う事態になっていることに変わりはない。

 僕は自分のスマートフォンを操作する。

「何をしてるの?」

「決まってるでしょ、救急車を呼ぶんですよ」

「救急車? どうして?」

 また彼女はさっきの表情を見せてきた。

 簡単な算数の問題を出された顔だ。

「剣崎が死んでもいいんですか!」声を荒げる。

「よくわからないんだけど、きみはゲームで遊んでいて、ゲームの中のキャラクターが危険な状態になると現実で救急車を呼ぶの?」

 恐ろしいくらいその声は落ち着いていた。まるでおかしいのは僕のほうだと言わんばかりに。

「これはゲームじゃないだろ!」

 僕は足で杭を打つように、床を鳴らす。

 少し前、彼女はこう言った。誰であろうと親友を傷つけるものは許さないと。

 その彼女が今、トロフィーで親友を殴りつけて意識不明にしている。

 わけがわからない。

 一秒ごとに彼女の中の人格が入れかわっているような錯覚すらしてくる。

 それとも他人に傷つけられるのが嫌なだけで、自分は何をしてもいいというエゴの持ち主なのか、あるいは生徒会長には全校生徒を自由に扱える権限でも与えられているのか。

「いいえ、これはゲームよ。そして私たちはこれをつづける義務がある」

 彼女は『ヒット』をタップした。

『せんし は しんだ』

 画面から戦士の姿が消滅する。

 このままだといけない。

 本当に剣崎は死んでしまう。

 僕は剣崎のそばに寄って彼女の両肩の下に手を滑り込ませて、上半身を持ち上げた。

「どうするつもり?」

「せめて保健室につれていくんですよ」

 きみはゲームのキャラクターが倒れたら現実の世界で保健室につれていくの? と言葉が飛んでくることを予測したが、そんなことはなかった。

「無駄だと思うけどなあ」

 やってきたのはもっと絶望的な言葉だった。

 魔王はすでにあきらめている。

 どうしてここまで無関心でいられるのだろう。

 とにかくもうこの人のことは、ほおっておこう。

 確か保険の先生は夏休みでも毎日いてくれたはず。

 見たところ出血などは見られない。まだ助かると信じたい。

 いや、確かこういう事故が起きたとき、出血がないとかえって危険な状態だと聞いたことがあるような。

 どうあれ素人の浅知恵が一番危険なことに間違いはない。一刻も早く専門家に見てもらう必要がある。

 僕は慎重に剣崎の体を持ち上げた。

 上半身が僕の膝の高さまで持ち上がったとき、骨を失ったみたいにガクンと背骨に向かって剣崎の頭が折れ曲がってきた。

 その不気味な姿に耐えられず、僕は剣崎の体から手を離してしまった。

 やけに強い音を立てて、今度は僕のせいで剣崎の体は床と接触してしまう。

「こらこら、そんなことして咲希ちゃんの体に傷ができたらどうするの」

 と生徒会長は言った。

 残念だ。彼女が男だったら、とっくの昔に殴り飛ばしてるのに。

 剣崎は、とても安らかな顔をしている。

 そこにはもう魂が宿っていないようにすら見える。

 でも、あきらめてはいけない。

 僕はもう一度、スマートフォンの操作をはじめた。

「どうするの?」

「救急車を呼びます」

 この命はまだ救えると信じたい。

「無駄よ」

「やめて」

「ねえ」

 生徒会長の言葉を全て耳から弾いた。

 そして番号を押して発信しようとしたそのとき、歌声が響いてきた。

 山の上で流した涙は川となり、やがて海とつながり、いつかきみを夢へとたどり着かせるだろう。

 我が校の校歌を原曲を無視したアップテンポなリズムで口ずさみながら、誰かが生徒会室に近づいてくる。

 痛いほど心臓が鳴った。

 歌声は生徒会室の前でとまり、声の主が扉を開けた。

「あら藤沢先生、どうされたんですか?」と彼女は訊いた。

「お、なんだいたのか。今日は運動部も早く切り上げたみたいでな、戸締まりをしてまわってるところだ」やってきた中年の男性教諭はそう言った。

「お疲れ様です」彼女は生徒会長らしく振る舞った。

「お前はまだここにいるのか?」

「はい。目を通しておきたい資料がいくつかありまして」

「そっか。あまりがんばりすぎるなよ」

「はい」

「それにしてもあいつは今日こられなくて残念だったな」

「風邪を引いたならしかたありませんよ。彼はこの学校の英雄ですから。体調は万全でいてもらわないと。それにさっき彼からメールがあったんですけど、もうだいぶよくなったから明日からは練習にこられるみたいですよ」

「そうか、それじゃあ明日からがんばるかな。じゃあ、終わったら戸締まりよろしく。俺は職員室にいるから、何かあれば呼んでくれ」

「わかりました」

「ところで、その子は誰だ?」

「え? ああ、この子ですか? ユウ子ちゃんですよ」

「ユウ子? 学年は? うちの学校に剣崎以外にそんな大きな生徒いたか?」

「先生」生徒会長は叱咤するような声を上げる。「それは禁句ですよ。ユウ子ちゃん、夏になってから急に背が伸びはじめて、そのことで凄く悩んでて、夜も眠れないみたいで、さっきまでずっと悩みを聞いてあげてて、やっと眠ってくれたところなんです。だから……」

「おお、そうだったのか、すまんな。じゃあ、その床に散らかってる制服も」

「はい。彼女に合うサイズの制服を探していたんです。勝手に備品を使ってしまってすみません。使わせてもらった制服は私が自費でクリーニングに出して、元通りにします」

「いや、生徒のためにしたのならそういうことはしなくていい。こっちでちゃんとするから、使った服はまとめて職員室に持ってきてくれ。じゃあもう戻るから、何かあれば職員室にきてくれ。じゃあな」

「わかりました。お心遣い感謝します」

 学年主任の藤沢先生は生徒会室から出ていった。しばらくするとまた歌声がはじまり、それは徐々に遠ざかっていく。

「さて、もういいわよ、ユウ子ちゃん」

 そう言われて、僕は机にうつぶせていた状態からのっそりと起き上がった。

 先生には背中を向けていたので、バレることはなかったけれど、もしもっと近づかれていたらと思うと、頭がどうにかなりそうだった。

「スカートをはいてたことが役に立ったね」

「…………」

 その通りだけど、肯定したくはない。

「だって、きみだってバレたら大変だよ。きみは今日学校をお休みしてるって設定なんだから」

「そのことなんですけど」

 先ほどの藤沢先生と生徒会長との会話で聞き捨てならない箇所が一つあった。

「僕が今日風邪を引いてスピーチの練習を休んだと受け取れる言葉が聞こえた気がしたんですけど、あれはどういうことなんですか?」

 彼女は首をかしげた。

「聞こえたままだよ。きみは今日、風邪を引いたから学校を休んだの」

「ご覧の通り僕はぴんぴんして登校してますし、学校を休むと連絡した記憶もないのですが」

「だって、きみが風邪で学校を休むって先生に伝えたのは私だから」

「どうしてそんなことを?」

「それは……」彼女はうつむいて、上目遣いになる。「きみと、ここで二人きりになりたかったから」

 時と場所とシチュエーション次第では恋でもはじまりそうな台詞だった。

 ただ残念なことに、今はその全てが最悪の状態にある。

「ところで──剣崎の様子は」僕は訊いた。

「見てみる?」

 生徒会室の中央部分の床。この一面を不自然に覆っているオレンジの絨毯がある。

 生徒たちの間ではこの下には棺が隠されているのだと語り継がれていた。

 しかし、ここはただの制服置場だった。

 だがそれも数分前までのこと。

 僕は絨毯をはがして、扉を開く。

 一人の少女がやすらかに眠っている。

 剣崎咲希だ。

 先ほど、藤沢先生がやってきたとき、苦し紛れにここに押し込んでしまった。

 生徒会室の床の下には棺がある。

 はからずも、ただの噂話を自らの手で現実にしてしまった。

 棺の中の剣崎の顔を見て確信めいたものが沸いてくる。

 この体に魂は宿っていない。

 手を下したのは生徒会長だ。

 だが、その隠蔽に手を貸したのは僕。

 なぜこんなことをしてしまったんだ。さっきの藤沢先生は救いだったはずなのに。

 これまでのことを全て話して、協力を仰げば剣崎を救えたかもしれないのに。

 なぜ、逃げることを選んだんだ、僕は。

 足下には冷たい顔の少女。

 死体遺棄。そんな言葉が脳裏に焼きついた。

 時計を見ると夕方の六時。

 外ではぼんやりと太陽が沈みはじめている。

 僕は今日、スピーチの練習のためにここにきたはずなのに。

 人生、何が起こるかわからないとはいえ、登校して数時間後には殺人に荷担しているなんて想像できる人間はいないだろう。

「そんなに気にしないで」

 彼女はそう言うと、棺にふたをするみたいに扉を閉じて、その上に絨毯を敷いた。もう一度絨毯をめくると手品みたいにその空間が消失していてはくれないだろうかとバカな妄想が勝手にはじまる。

「大丈夫よ。全部うまくいくから」

 彼女が僕の肩をぽんと叩く。

 何が大丈夫なんだ。

 何もかも、どんどん酷くなっていく。

 ──今は、話しかけないでくれ──

 まただ。乗り越えたはずの過去が、雑草みたいに硬い地面を突き抜けて顔を出してくる。

 僕は強く歯を食いしばって押しよせてくる邪念をやり過ごす。

「どうしたの? 顔色悪いよ」生徒会長が僕を心配してくれている。「咲希ちゃんみたい」と言って笑った。

 本当に、この人は何なんだ。

 ずっと燻っていた生徒会長に対する憶測。それは剣崎咲希への暴行で確信へと変わった。

 彼女は、生徒会長は──おそらく『ニナ』だ。

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