山のあなたの底深く…
(5)
南四局・二本場。
三家和に続き、槍槓という思わぬ特殊役で得たオーラスの連チャンである。
ホスト風:25100
オイラ:13000
刈り上げ:30500
学生:32400
麻雀を覚えようとする者にとって一番厄介なハードルが、その複雑な点数計算だろうが、これもやはり日本独特のもので、中国式ではないらしい。
どだい、中国やアメリカなど大陸型の国民性に、こんな細かくて複雑な点数のやり取りが馴染む訳はない。
しかし、この絶妙な点数設定が予測不能なドラマを生む要因の一つであり、直取りかツモ上がるかによっても、見た目以上にその点数状況は変化していく。
捲る為には、トップの学生から直取りしない限り親満でも届かないが、連チャンが許される上、何より今度はリーチが打てるのだ。
この流れで、いい手が入らない訳がない!
…と、開いた配牌を見て愕然とする。
南西西白247①④⑨一二五八
何なんだ…こりゃ…。
こんな手で打牌選択に時間をかけるのも馬鹿馬鹿しいが、こんな手だからこそ、一巡の誤りが命とりになる。
針の穴を通す最速の上がりを成功させない限り、オイラのラスが確定してしまう。
どんな形式テンパイだって構わない。必ずこの手をテンパイさせて、待望のリーチを打ってやる。
牌の有効性から優先順位を考えるなら、打牌候補は①筒、⑨筒、八萬あたりか。
⑨筒はドラ。
恐らく今回は、この⑨筒の扱いが一番の鍵になる気がした。
ドラだから残すのか、ドラだからこそ先に処理するか…。
普通ならしばらくは様子を見ながら、出来るだけ使おうとするのがセオリーだが、なぜかオイラは「切るか、残すか」の二者択一を、第一打で決定してしまおうと思った。
ゆくゆく使わなくなるなら、第一打で捨ててしまう。
一番初めに捨てないのなら、最後まで何があっても切らない、と…。
その時、前々局の發切りと、前局の槍槓の直前に感じた何かが、三たびオイラの背中を走り抜けた。
そしてまっさらな卓上に、①筒が切り出された。
親の第一打にこれほど時間がかかった事が、他家3人にはどう映っただろう。
結果的にはごく当たり前の第一打だが、固い決意を込めた打牌のつもりだった。
ドラだから切らないのではない。
この⑨筒が『山のあなたへ』の鍵になるのだ、と信じるのだ。
例えタンピンがテンパイしようとも、⑨筒と心中する覚悟だった。
★ ★ ★
誰からの鳴きも入らないまま、すでにツモ山の半分がなくなっている。
序盤から殆どの役牌が河に捨てられ、オイラの配牌にあった南も白も、早々と切られた2枚目に合わせて手の内から消えていた。
いつもなら安全牌を残しながら打つのだが、この局にそんな余裕はない。
恐らく3人ともタンピン形の軽い手牌。
先ほどからツモ切りが続く学生はもうテンパっている可能性大だろう。
トップの彼は上がりさえすればいいのだ。
オイラはと言えば、⑨筒を孤立させたまま、未だにリャンシャンテンでしかなかった。
西西234④⑥⑨一二二五七
ただし、この手をリャンシャンテンと呼ぶには、⑨筒の切り出しが条件となるから、初志を貫徹するなら3シャンテン未満のクソ手である。そして数巡後、またしても刈り上げからリーチがかかった時にはこんな形になっていた。
西西1234④⑥⑨一二二二
下家の宣言牌は⑥筒。
場には⑧筒が3枚捨てられており、ドラ表示牌を含めて4枚見えているにも拘わらず、⑨筒の姿はない。
雀頭、もしくは3枚固められているかも知れないし、シャンポンの可能性も大いにある。
いずれにせよ、オイラの⑨筒は使うことも切ることも難しくなった。
学生は舌打ちをしてツモ牌を左端に置き、手出しで現物の三萬を捨てた。
何か切り辛い牌を引かされたのだろう。
彼はテンパイしていたはずだが、流局でもトップが転がり込むから無理をする必要はない。合わせるように、ホスト風も三萬を切った。
ツモ山は後僅か。もう、オイラに時間は残されていない。
「チー!」
ホスト風の三萬を鳴いて、リーチ宣言牌の⑥筒を切った。
西西1234④⑨二二
(一二三)
こうなったら形式テンパイに持ち込んででも、流局終了は避けなければならない。
すると次巡、ついに⑨筒が重なった。
まだ山にあったんだ…。
無筋の④筒を強打するも、刈り上げは無言のままだ。
そして次のツモで、刈り上げの顔が歪んだ。
「げっ…」
恐る恐る放たれた⑨筒に、気合いを込めて噛みついてやった。
「ポーンっ!!」
1索を切って、形式テンパイが完成した。
西西234二二
(一二三)(⑨⑨⑨)
この形テンは、大きな脅威となって3人を苦しめるはずだ。
危険牌の④筒を先切りし、⑨筒を鳴いた後に現物の1索を手出ししたのだ。
チャンタ・ドラ3なら、親の満貫。
問題のドラがリーチの下家に通り、後はタンピン形をマークすればいいだけの対面と上家だが、オイラのブラフを見抜けなければ、おいそれと端牌を切れなくなってしまったのだ。
もはや2人はベタおり。
刈り上げが上がりさえしなければ、流局連チャンまで後3巡だ。
ジリジリとした時間が流れる中、オイラの見せかけの親満に一番怯えていたのは他ならぬ刈り上げだったろう。
ちなみに海底牌は上家のツモだから、彼が最後に西か二萬を振れば、海底・ドラ3の上がりがない訳ではない。
これもかなり特殊なルールで、ここまでのオイラの流れからすれば有り得ない話ではないが、仮に上家が西を引いたとしても、チャンタが見えているオイラに降り込むことはまずないだろう。
むしろ、あるとすれば二萬の方か?
西は1枚切れ、二萬は出ていない。
それぞれ後1枚がどこかにあるのだ。
もちろん二萬は使われているかも知れないが、西は山にあるはずだ…。
結局、刈り上げが上がらないままラスト1巡となった。
ツモ山は後4枚。
オイラの最後のツモ牌を手にした時、親指に電流が走った。
4枚目の⑨筒だ………。
刈り上げには通る牌。
これを切ればオイラの放銃はなくなり、流局連チャンが九分九厘成就する。
しかし…初めにオイラは誓ったではないか。
⑨筒は絶対切らないと!
「カーン!!!」
当然だが、今度は誰の声もかからない。
対面の学生が王牌のドラ表示牌⑧筒の隣をめくると、二萬が現れた。
これで二萬は枯れた。
そう、オイラの必要牌は、いつだって手の届かない所にあるのだ…。
3人の視線を一身に浴びながら、王牌に眠る嶺上牌に手を伸ばす。
「山のあなたのぉ…底深くぅ…」
ツモった牌を耳の横まで高くかざした。
「幸い住むとぉ…」
そのまま垂直に振り下ろし、西を叩きつけた。
「人の言う…ってんだっ!!!」
★ ★ ★
王の眠る14枚の王牌には、手を触れてはいけない。
オイラの必要牌・西と二萬は、またしても手の届かない所にあった訳だ。
そしてそこに連れて行ってくれたのは、やはり⑨筒だった。
槍した者だけがそれをツモる事が許され、それによる上がり役・嶺上開花という役も、やはり特殊役の一つである。
「新ドラ・三萬が乗って、リンシャン・ドラ5。6000と200オールだ!」
ホスト風:18900
オイラ:32600
刈り上げ:23300
学生:26200
「ちょっと~、 形テンじゃないっすかぁ…」
「マジ? こんなのありぃ!?」
学生とホスト風が天を仰いだ。
「いろいろ珍しいものを見せてもらいましたね」
刈り上げが笑った。
こんなんがあるから、やはり麻雀はやめられないのである。
完




