彼の憂鬱、初めての・・・
◇
「彼女さんと同棲はしてないんですよね?事前に断っておいて、ごはん、行きましょうよ」
にっこりと笑う江藤さんの爪は長い。
料理出来なさそう(偏見です)。
「機会があったらね」
ここまで断られたら、普通諦めないかな。
よっぽど自信があんのかな。
「同僚とのコミュニケーション、大事ですよぅ」
確かにね。
下心のない同僚なら、大事だと思うよ。
メンドクセェ。
正直に言おう。
俺はもてる。
自慢でも過信でも何でもない。
確固たる事実だ。
とりあえず、女受けする顔と性格らしいのだ。ただそれだけ。
もてて嬉しくないわけでもないが、しつこくされるとなると話は別。
ウザイ。もうそれしか言えない。
過去ストーカー紛いが何件か発生してから、予防線を張るようになった。
それが半同棲の彼女の存在。
まぁこれにはほかの事情もあるのだが、そこは割愛。
大抵の女はここで引くんだけど、この女は・・・。
「ごめんね、彼女がヤキモチやくから」
「えぇ~!そんなことでぇ?私なら絶対そんなウザイこといわなぁい!」
いや今のお前こそウゼェよ。
「そうなんだ?俺は彼女に妬いてもらえるの嬉しいから良いんだ」
にっこり。
ふん、寛容な女アピールとかいらねえよ。
俺は日辻さんに「別に行っても良いけど・・・浮気、しないでね・・・ううん、何でもない!」とか言われたいんだよ!(*言うわけがない)
「複数なら良いでしょ?付き合い悪いわよ、たまには良いじゃない」
げ。
「あ、山ちゃん!」
何そのわざとらしい台詞!協力要請しやがったな!
江藤さんと仲の良い、山下さん。
同期らしくて、お昼とかいつも一緒。
何で女って徒党組むんだろう。
「他の人も誘ってみて、たまにはご飯でも行こうよ」
俺がたまにメシ食うのも飲みに行くのも、同じ営業の人間ばっかりだ。
内勤と一緒にってあんまりない。
他のヤツらは結構行ってるみたいだけど。
「内勤って刑部君だけ男じゃない?居心地悪そうだしさ」
それを言われるとちょっと困る。
俺の目から見ても事実だからだ。
「え?!」
いきなり名前を出されたことで、刑部が驚いて声を上げた。
江藤さんの目が断るなよお前、口実なんだよっていう目で睨んでる。
「あ~・・・」
刑部は内向的で、人見知りだ。
行きたくない、関わりたくないって顔に書いてある。
「いいでしょ、刑部君。他に残ってるひとも誘ってさ。あ、日辻さんもどう?」
「あ、すみません、あたし今日ジムの日なんで」
ちっ。
日辻さんが来るなら喜んで参加したのに。
日辻さんは平日すべてジムとサークルに行っているらしく、小規模の集まりに参加することはない。
流石に忘年会には来てたけど。
「ちょ、椿!今日はジム休んで!!」
は?
「イヤだよ。何でだよ」
「俺を見捨てる気!?」
「骨は拾ってやる」
「~~~~ッ!!」
ちょっと待て。
今、”椿”って呼ばなかったか?
いつもは”日辻さん”って呼んでんだろーが、どういうことだ。
「何?日辻さんと刑部君って付き合ってるの?」
「「まさか!!」」
それにしては気が合うようで。
ムカツク。
刑部は今この瞬間俺の敵になったな。
「奢るから!」
「しょうがないなぁ」
しかし今この瞬間だけ味方だ。
グッジョブ。
「あああ破産する」
「そこまで食わんわ」
「嘘つけ、大食いが」
そう、日辻さんが男並みによく食べる。
俺社食で大盛定食食う女子、初めて見たし。
勢い良くがつがつ食うけど、綺麗に食うし、美味しそうに食うから俺的には好感度大。
男の前でだけ小食ぶったり食後の煙草とかも嫌いだ。
その点日辻さんは煙草吸わないし。
理由が”味覚が狂う”っていうのがおかしい気もするけど。
「山下さん、美味しいお店にしてね」
日辻さんがにこっと笑った。
珍しい、レアだ。
「そうね、じゃあ來海でどう?」
アルコールを飲まなければ割と安価な、薄暗くて雰囲気の良い、女受けしそうな感じの店だ。
「良いね。砂肝の唐揚げとタコライスが食べたいな」
「おま、この前もそれ食ったろ」
「もう2週間前だって」
何、2週間前に日辻さんと刑部、メシ食いに行ったってことか?
・・・やっぱ刑部敵認定。
◇
何はともあれ、日辻さんとメシである。
・・・俺、明日死んでるかも。