カムナ 1
とある海の奥深く、大小色とりどりな魚や珊瑚、そして鮮やかな緑色の海藻に囲まれた世界に、一人の王様がいました。その王様には6人の人魚の娘がいて、そのうちの一番末の娘の名前をカムナといいました。
カムナは末の娘ということもあり、上の姉たちにも少々甘やかされて育ったせいか、昔から問題ばかり起こしては王様を困らせていました。けれどもカムナの愛らしい微笑みを前にすると、王様も、そしてカムナに迷惑を掛けられた海の生き物たちも、いけないとは思いつつもそれをすぐに許してしまうのでした。
最近の王様の悩みは、この末の娘のカムナについてでした。カムナもいよいよ明日で15歳の誕生日を迎えます。この世界では15歳で一人前の人魚として認められ、それまでずっと禁じられてきた海の外の世界を見ることもできるようになります。
カムナは幼い頃から、海の外の世界、特にそこに住む人間について誰よりも興味がありました。時折、海の中に落ちてくる人間たちの使う道具や装飾品を拾っては、それを自分の住む場所に飾って、飽きもせずにずっと眺めていることもよくありました。
王様もそのことをよく知っていたので、またカムナが何か問題を起こすのではないかととても心配でした。これまでは海の中だけでのことでしたが、明日からはそうではなくなるのです。うっかり人間たちにその姿を見られるようなことがあったならば、一体彼らにどんな目に遭わされるか分かりません。王様はこれまで何度もカムナにそのことを言って聞かせましたが、カムナはいつも笑うばかりで真面目に聞こうとしません。
「大丈夫よ、お父様。ちゃんと人間たちに見つからないように、こっそり覗いてくるわ」
「よいか。人間たちには絶対に、見つからないようにするのだぞ」
「……お父様ったら、さっきから同じことをもう三回もおっしゃっているわ」
明くる日に催されたカムナの誕生日を祝う宴は、大層豪華なものでした。集まった生き物たちは皆、歌ったり踊ったりしてその場を盛り上げ、共にカムナの誕生日を祝いました。カムナもまたその姿を見て大層楽しそうに笑い、また初めて味わうお酒にすっかり夢中になりました。
長い宴が終わって集まった生き物たちも皆帰ると、カムナもまた自分の住む場所に戻り、それまで身に着けていた装飾品を外しました。そしてそれらを丁寧に大きな貝殻の中にしまっていると、すぐ近くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえました。振り返ってみると、そこにはカムナの5人の姉のうちの一人がいました。そのどこか暗い表情に、カムナは何か悪いことでもあったのだろうかと思い、姉に尋ねました。
「お姉様、どうなさったの?」
「……貴女、やっぱり今夜行くつもりなの?」
今日でやっと、晴れて15歳になったカムナが行く場所は一つしかありません。カムナは姉の問いかけに、すぐに頷きました。
「えぇ。だって前からずっとこの日が来るのを楽しみに待っていたのよ? 昨日の晩だってあまりに今日が待ち遠しくて、ほとんど眠れなかったんだから」
そう言って笑うカムナを前にしても、いつものように姉の表情が晴れることはありませんでした。
「……そうね、貴女がとても楽しみにしていたのは分かるわ。でも……今夜は何だかすごく良くないことが起こりそうな気がするの。機会ならこれからいくらでもあるわ。だから今夜は……」
カムナはそこまで聞くと、姉が最後まで言い終わらないうちにするりと姉の横を通り抜け、そこで一度振り返るとこう言いました。
「ご心配ありがとう、お姉様。でも、どうしても今夜行きたいの。海の外の世界を一目見たら、すぐに戻って来るわ」
そして姉が呼び止める声も聞こえない振りをして、カムナは一人、ひたすら上へ向かって泳いで行きました。