ピッソティラ 3
ピッソティラの言葉にウェオレトがすぐに頷くと、ピッソティラは一度ゆっくりと深呼吸した後、歌い始めました。その美しい歌声にウェオレトはすっかり夢中になり、ピッソティラが歌っている間、身動ぎ一つせずにただじっとその歌声に聴き入りました。そしてピッソティラもまた自分の歌にじっと耳を傾けるウェオレトを見て嬉しくなり、もっともっと歌いたい気持ちになって、自分の知っている歌を次々に歌いました。
ピッソティラが自分の知っている歌全部を歌い、やっと歌うのをやめると、ウェオレトは思い切り手を叩きながら言いました。
「すごい、すごい。本当にとっても綺麗な歌声だったよ。僕のためにたくさん歌ってくれて、どうもありがとう」
するとピッソティラは「お安い御用さ」と言って笑いました。
「アタシもこんなに思いっきり歌ったのは初めてだよ。楽しかった」
ピッソティラがそう言ってまた楽しそうに笑うので、ウェオレトも嬉しくなりました。
ウェオレトはふと、不思議に思っていたことを思い出しました。少し迷ったものの、結局知りたいという気持ちを押さえることが出来ずに、ピッソティラに尋ねました。
「ところで、ピッソティラはどうしてそんなところにいるの? ……ここからじゃ扉も階段も見当たらないけど、ピッソティラはそこから外に出られるの?」
ピッソティラはウェオレトの言葉に、すぐさま表情を暗くしました。それを見てウェオレトが慌てて何か言おうとしましたが、それよりも先にピッソティラはゆっくりと話し始めました。
「……アタシは親に捨てられたのさ。“ピッソティラ”と引き換えにね」
そしてピッソティラは自分の父親が母親のために毎夜、魔女の庭に忍び込んで“ピッソティラ”を盗んでいったこと、そしてそれに怒った魔女に対して、父親がまだ母親のお腹の中にいた自分を差し出したことをウェオレトに話しました。
「小さい頃はお婆の家で暮らしていたんだけど、ある時お婆に突然ここに連れて来られてね、それからはずっとここに閉じ込められたっきりさ」
それを聞いたウェオレトは、やはり自分は聞いてはいけないことを聞いてしまったと後悔しました。そして何も言えずにいるウェオレトに対して、ピッソティラはすぐさま続けて言いました。
「ウェオレトが気にすることは何もないさ。それにアタシだって一生ここに閉じ込められてる気はないよ。……いつか必ず一人前の魔女になって、こんなとこからとっとと出てってやる」
「そうだ、ウェオレトもこっちに来ないかい? お婆が出入りするのを見てたんだろ? そら、そこに垂れてるアタシの髪に掴まって登ってくればいい」
不意に、ピッソティラがウェオレトに向かってそう言いました。そして続けてまた、「そら、登っておいでよ」ともう一度誘うピッソティラの言葉に、ウェオレトは目の前に垂れるピッソティラの長い黄金に輝く髪の毛を見ました。それからその髪の毛を辿るようにして、ピッソティラが顔を覗かせる塔の頂上にある小さな窓を見ました。
ウェオレトには目の前にある、この高い塔の頂上まで登る勇気はありませんでした。それにウェオレトにはあの老婆のように、ピッソティラの髪の毛を掴んでこの高い塔を登ることが、どうしても出来そうにありませんでした。
「……ごめん。僕は旅の途中で、先を急がなくちゃいけないんだ。綺麗な歌声を聴かせてくれて、どうもありがとう。でも、僕はもう行かなくちゃいけないんだ」
そう言ってウェオレトが断ると、ピッソティラはとても残念そうな顔をしました。
「そうかい。……そりゃあ、仕方ないね」
暗い声で答えるピッソティラを見て、ウェオレトは心が苦しくなりましたが、それでもこの塔に登ることは出来ないという気持ちは変わりませんでした。
「……何もしてあげられなくて、ごめん。でも、ピッソティラが早くそこから出られるように祈ってるよ」
そう言って、ウェオレトはピッソティラに向かって手を振りながら、その場を去りました。
どんなに綺麗な歌声を持つ人でも、あんなにも長い髪の毛を持つ人とは結婚できないな、とウェオレトは少し遠くにある海を眺めながら思いました。そして、領主の娘であるあの少女は呆れるくらいに毎日しっかりと、その肩を少し過ぎるくらいの髪の毛を整えていたな、とふと思いました。