06
「んっ……。」
黄汰は体を起こすと軽く捻った。
骨がパキパキと音を鳴らす。
「いつ寝たんだ?」
しんと静まる部屋。
足にかかるタオルケット。
テーブルの上は綺麗に片されており、後ろを向くとカーテンの隙間から煌びやかな光が射し込む。
「……杏子はどこだ?」
黄汰は重い体を引きずるように寝室へと向かう。
「…………。」
寝室のドアを閉めるとトイレや風呂、ベランダと探してみたが杏子の姿は無かった。
玄関へ行き靴が無いことを確認した黄汰はリビングへと戻る。
バタンと大きな音を立て扉を閉めるとソファの傍に一枚の紙が落ちていることに気付く。
黄汰はその紙を拾い書いてある文字を読み始める。
“黄汰さんへ。
やはり私はここにいるべきでは無いと思ったので出て行きます。
寝ている間に勝手に決めて勝手に出ていくことをお許しください。
杏子。”
黄汰は暫く紙を眺めるとグシャッと丸めソファの方へと投げ付けその場に座り込む。
「……ここにいるべきだろ。どこに行ったんだよ。どうして出て行ったんだ?急すぎたのか?怖かったのか?俺の気持ちを踏みにじってまでも離れたかったのか?嫌だったのか?誰のところに行ったんだよ?なあ、なあ!!!」
黄汰は髪をグシャグシャと掻き毟ると突然笑い出す。
「は、ははっ、ああ分かった。探して欲しいんだ。隠れんぼしてるんだろ?
いいよ、見つけてやるよ。世界中探してやる。絶対に。
なあ、杏子。好きだよ。本当に。どうしたらいい?どうしてこんなに胸が苦しい?
あの出会いはたまたま?偶然?いや違う!!!
俺達は出会うべくして出会ったんだよ。そう思わないか?
だってあんなタイミングよく雨が降るか?
あのタイミングで俺の家の前に居るなんてことがあるか?
あのタイミングで!!俺がコンビニに行こうと思ったのも、杏子が俺の家の前に現れたのも、雨が降ったのも全部全部全部!!!
そうなる運命だったとは思わないか?」
黄汰はその場にゴロンと寝転ぶと、はははと声を出し笑う。
どうして笑っているのか自分でも分からない。
何も面白くない。楽しくもない。
それでも込み上げる笑いを堪えることが出来ない。
「ああ、そうか。
今から始まる宝探しが楽しみで仕方ないんだ。」
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「最近眠たそうだけどきちんと眠れているか?」
あれから数日が経ち高平が運転する車の中で眠たそうに大きく欠伸をする黄汰。
「うーん。微妙かも。」
「おいおい、大丈夫か?
ごめんなぁ、纏まった休みを取ってやれなくて。」
「ううん、大丈夫。
それにもうすぐ終わると思うし、ゆっくり眠れる日も近いよ。」
「そうなのか?一体何をしてるんだ?」
「んー……ゲームかな。」
「ゲーム?珍しいな。暇さえあれば楽器を触るか歌詞を書いてた黄汰がねぇ。
まあ趣味は多く持った方が良いと思うけど、程々にしておけよ。」
「うん、分かってるよ。大丈夫。ふあぁ。」
説得力の無い言葉に高平は呆れたように笑った。
「女性関係には気をつけてな。
この世界に入って注目を浴びるとプライベートと呼べる時間が少なくなる。
それに、オフの日でさえカメラを構えた人間が付き纏うようになったりもする。
恋愛自体は自由なんだけれど、女性ファンが多い分あまり遊ぶような真似をしていると離れていってしまう。
ファンといっても全員が純粋に音楽面を応援してくれている訳では無いという事だけは覚えておいて。」
「大丈夫だよ高平さん。
俺はモテないし、俺自身が女性より音楽の方が好きだったりする。
それに、愛する人が現れれば俺は誰よりも一途な自信もあるよ。」
「はは、そうか。
まあ黄汰なら大丈夫だろうけど一応な。」
デビューして直ぐにした高平との会話をふと思い出した黄汰。
「大丈夫、俺は女遊びなんて言われるような低俗な事はしない。大丈夫だよ。」
夕方に仕事を終えた黄汰は深く帽子をかぶりサングラスをかけ賑わう町の中へと姿を消した。
手に持つ一枚のメモには数行に渡って文字が連なれている。
・梅林杏子
・22歳
・両親は交通事故により他界
・親しい友人は無し
・父親が残した借金を返済中
・借金総額は約800万円
・借金理由不明
・住所 ─────
・バイト先は────




