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歪愛  作者: 藤岡
白風 黄汰
5/35

05

「…………眠れない。」

苛立ちを抑える為にも寝ようとしたが逆に目が冴えてしまった黄汰は暗闇の中でぼーっと天井を見上げていた。

「喉、乾いたな。」

もう眠れないのだと悟った黄汰は体を起こすとキッチンへと向かう。

喉を潤わせる為に冷蔵庫を空けたが中には何も入っていなかった。

家にいる時間が少なく食事は外で済ます事が多くなった今、冷蔵庫の中に入っているのは少しの調味料くらいなのである。

「はぁ……。」

黄汰は気怠そうに財布を手に取ると部屋着のまま外へと出た。

黄汰が住むマンションから徒歩三分程の場所にコンビニがある。

深夜ということもあり外には殆ど人はおらず、コンビニの中も店員が居るだけだった。

特に変装をしているわけでもないのですぐに黄汰だと気付かれるが騒がれはしない。

この辺りは芸能界の人が多く住んでいる為特に珍しいことでは無いのだ。

飲み物を数本と菓子類やカップ麺をカゴに入れ支払いを済ますと家へと急ぐ。

夜風に靡き独特な匂いが鼻をかすめると黄汰は速度を落とし空を見上げた。

ポタリと頬に雫が落ちると、黄汰はまた歩く速度を上げる。

が、マンションまであと一歩という所で黄汰は全身を濡らす羽目になった。

「まじかよ。」

はぁっと息を漏らし諦めた時、マンション前で屈む女性が視界に入る。

膝を抱え下を向き顔が見えないその女性を、連絡をしてきた女か?と身構えたが、黄汰がいることに気付いたのか顔を上げた女性と目が合うと黄汰は思わず手に持つ袋を落とした。

雨音だけが響く沈黙の中二人は見つめ合った。

まるでこの世に二人しかいないような気持ちにさえなる。

そんな沈黙を破ったのは黄汰だった。

「風邪ひきますよ。」

しゃがみこみ女性と目線を合わせると、落とした袋を手に取る。

「……貴方こそ。」

濡れない場所にいた女性よりも、ずぶ濡れの黄汰の方が風邪をひきそうである。

「はは、確かに。帰らないんですか?」

黄汰の質問に女性は黙ったまま下を向いた。

「帰る場所、無いから。」

小さな声は雨音を掻い潜り黄汰の耳へと届く。

「そう……なんだ。

どこか店に行くとか友達の家に行くとかした方がいいよ。

もう遅いし危ないよ。」

「お金も無いし、友達もいない。」

黄汰は困ったように頭を搔く。

そんな黄汰に女性は「気にしないで。」と告げると静かに立ち上がり、雨が降る中フラフラと歩き始める。

そんな女性の背中を見ていた黄汰は、気付けば女性の腕を掴んでいた。

「な、なに?」

女性が驚き振り返ると黄汰は優しく微笑んで「よければウチに来ない?」と誘った。

黄汰からみた女性は弱々しく、今にも雨に溶けて消えてしまいそうに見えたのだ。

今まで出会ってきたどの女性よりも好みだった。

女性の事が気になった理由はそれだけだ。

黄汰は人生で初めて一目惚れを経験したのである。

──────────────

「誘っておいて申し訳ないんだけど、今出せるのはこれくらいしかなくて。何か出前でも頼もうか?」

先程買った飲み物や菓子類をテーブルの上に広げる黄汰。

シャワーを浴び大きめのスウェットを着る女性の隣に横並びに座る。

「あ、いえ、お構いなく。

それに、シャワーと着替えだけでも有難いので。」

女性が気まずそうに頭を下げるとつられて黄汰も気まずさを感じる。

秒針が響くだけで二人の間に会話は無い。

ドキドキと高鳴る鼓動が伝わるのではないか?と思えるほどに静かな空間に耐えきれず、黄汰は携帯電話を取り出すと配達可能な店を探す。

「こことかどう?」

女性に画面を見せると女性は首を横に振った。

「好きじゃない?他の店なら……。」

「さっきも言ったけどお金が無いから。」

「ああ、それは気にしなくていいよ。

俺が無理矢理連れてきちゃったし、これくらい出させてよ。」

黄汰は自分の言葉を振り返り、高平さんみたいな事を言っているなとクスリと笑う。

「……でも。」

「遠慮しないで。お腹いっぱい食べたら寝よう。」

黄汰の屈託の無い笑顔を見た女性は小さく頷いた。

二人で料理を選び届くまでの間、ぎこちないながらも二人の口数が増える。

「ああ、今更だけど俺は白風黄汰。キミは?」

「私は梅林 杏子(うめばやし あんず)です。」

「杏子?可愛いね。」

照れた表情を隠すように下を向く杏子に対し黄汰は愛おしさを感じていた。

見た目だけではなく、話した感じも好印象で、黄汰の心は杏子色に染まってゆく。


離したくないな。帰したくないな。ずっとここに居てくれないかな。もっと話したいな。触れたいな。自分だけの物にしたいな。


そんな思いが浮かぶ度、駄目だと気持ちを押さえ込もうとするが、杏子と目が合う度に、声を聞く度に、その気持ちは膨らみ続ける。

出前が届き二人で食べる。

合間合間で挟む会話が心地好い。

食事は黙って食べなさいと言われ育ったが、人と食事をする時はやはり少しは話したい。

時と場合によると思うんだ。違うのかな?

疲れすぎて癒しを求めているだけだ。

癒されさえすれば誰でもいい。

なんて言われるかもしれないが、黄汰にとってはそうでは無い。

杏子が良い。

そう強く思うのは惚れてしまったからだろうか?

顔だけで好きになるなんて有り得ないだろう。

そう思っていた黄汰は今まで顔だけで好きだと言ってきているんだろうなと思う相手を適当にあしらっていた。

だが今自分がその立場になってしまった。

といっても少しではあるが会話をして気持ちを膨らませたわけだから顔だけで好きになったわけではない。

自分にそう言い聞かせ、平然を装い杏子とたわいない会話を続ける。

「新曲は私の事を書いて。」なんて自分という存在を世間にアピールしたがっているような事は言わない。

「写真を撮られたらどうしよう?」なんて本当は撮られて騒がれたい気持ちが見え透いている嘘を言わない。

「もうすぐ誕生日なんだよね。」なんて金を目当てにしているような事は言わない。

この人は俺にそんなことを言わない。言わない。言わないんだ。

突然の雨には驚いたね。だとか、ご飯が美味しいね。といった普通の会話だけをしてくれるんだ。

きっとこの人なら、俺がどれだけ忙しくても理解してくれるだろう。

黄汰は杏子に対して自分の理想を押し付けており、それが悪い事だと分かりながらも盲目的に気持ちを膨らませ続ける。

そんなことを考えていると杏子と目が合い思わず逸らしてしまった。

自分の考えている事がバレるのではないか?と思ったからだ。

出会ってまだ数時間。

それなのにどうしてこんなに想ってしまうのだろう。

一目惚れをしてしまったからだろうか?

それとも、杏子だからなのだろうか?

「……あの。」

杏子が暗い表情をしながら黄汰に話しかける。

あれこれと考えていた黄汰の心臓がドクンと跳ねた。

「な、なに?」

黄汰が引きつった笑顔を向けると杏子は下を向き小さな声で話し始めた。

「やっぱり出会ってすぐの人の家に泊まるのは良くないし帰ろうかと思って……。」

ドクンドクンと心臓が跳ねる。

「もう遅いよ?それに帰る場所は無いって言ってなかった?」

「……でもやっぱりこんな……。」

杏子が言葉を詰まらせると黄汰の顔から笑顔が消えた。

「人の家だから気まずいの?」

先程と違い冷たい声で話す黄汰。

それに気付いた杏子は顔を上げることが出来なかった。

今顔を上げ目が合ったらどんな顔をすれば良いか分からなかったからだ。

なんとも言えない恐怖心を感じ寒気さえ覚える。

「人の家だからというか……私と黄汰さんは会ったばかりだし……その……。」

振り絞り出した声は震えていただろう。

上手く話すことが出来ない。それがどうしてなのかは分からない。

この優しさは下心からくるものだったのだろう。

だから目的を果たす前に帰ると言い出した杏子に対して怒っているのだ、それしか考えられない。と杏子が確信した時、黄汰が杏子の手を優しく包み込むとそのまま顔を覗き込み目を見つめる。

「ここを自分の家だと思っていいよ。

好きなだけいていいし、お金には困らせない。

……ただ住むだけだと気を遣うっていうなら住み込みの家政婦として働いてくれてもいい。

だから、ここにいてよ。」

「え?」

杏子は予想外の言葉に戸惑いを隠せなかった。

思わず振りほどいてしまった黄汰の手は杏子の手を掴もうとしそれを辞めた。

「駄目?」

「駄目というかなんでそんな……私なんかに?」

黄汰は子犬のように瞳を潤ませ杏子を見つめる。

元々可愛らしい顔をしている黄汰のその表情は、ファンからすれば鼻血ものだろう。

それを知ってか知らずか自然とやりのけ、杏子だけに見せている。

杏子は不覚にも可愛いと思ってしまったが、自分の中で確信した気持ちを思い出しふっと目を逸らす。

「好きになっちゃったから。」

「好き……え!?」

思わず逸らした目線を戻してしまった。

変わらず愛くるしい表情で見つめてくる黄汰。

これもきっと言い慣れた言葉なのだろう。そうに違いない。そう自分に言い聞かせる杏子をよそに黄汰は続けてこう言った。

「杏子の事が好きなんだよ。」

真剣な声。

真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さり杏子の心は少しばかり揺らいでしまう。

「……はは、またまたぁ。黄汰さんったらこんな時にそんな冗だ──」

あしらおうとする杏子は黄汰に強く抱きしめられると目を大きく見開き固まってしまった。

自分を包み込む黄汰からドキドキと大きな鼓動が伝わり、冗談では無いのだと知ると同時にどうして?という疑問が浮かぶ。

「……少しでいいから、そばにいてよ。」

黄汰から離れようとした時、耳元で小さく震える声が聞こえた。

泣いているの?どうして?好きって何?初めて会ったのに?いくつもいる女の中の一人って事でしょう?でもじゃあどうして泣いてまで引き留めようとするの?

杏子の中に浮かび上がる疑問は答えを導き出せないままふよふよと泳ぎ続ける。


しばらくそのままでいると徐々に体が重くなる。

「お、黄汰さん。」

声を掛けても黄汰から返事は無く、ゆっくりゆっくりと押し倒されていく。

「黄汰さん!」

やはり下心があるのだと悟った杏子は大きな声で叫ぶも黄汰からの返事は無く、ドサリと音を立て完全に押し倒されてしまった。

だが、押し倒しキスをしてくる訳でも、服を脱がそうとするでもなくただ上に乗っかったままの黄汰。

どれだけ声をかけても反応を示さないので、発作でも起こしたのか?死んでいる?と最悪の想像をしてしまい力を振り絞りなんとか黄汰の下から抜け出し体を揺さぶる。

「黄汰さん、黄汰さん。」

「…………。」

「え?なんで?急に何?大丈夫ですか?」

杏子は黄汰の体をひっくり返し胸に耳を当てる。

「生きてはいる……もしかして寝ているの?」

黄汰の頬を触っても、横腹を擽ってみても無反応な黄汰は深い夢の中にいるようだった。

「嘘でしょ?この状況で寝る?」

それからも何度か起こそうと試みたが黄汰は全くと言っていいほどに反応をしない。

諦めた杏子は寝室へ行きタオルケットを手に取るとそれを黄汰に被せ横に座った。

「あの好きって言葉も寝ぼけて言ったのかな?

下心があるのか無いのかよく分からないけれど事情を聞くでもなく良くしてくれたことには変わりないしまぎれもない事実なのだからそう思う方がいいよね。」

杏子はスヤスヤと眠る黄汰の顔を見てポツリと呟いた。

「黄汰さんにはもっと良い人がいるよ。」

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