04
「黄汰起きろ。」
「んぅ……。」
眠い目を擦りぼぉっとしていると運転席から此方を伺う高平と目が合った。
「高平さん?……どうしてここに?」
「寝惚けすぎだろ。家に着いたぞ。」
「家……あぁ、そっか。俺はもうこの世界にいるんだ。」
「大丈夫か?部屋まで送ろうか?」
「ううん。大丈夫。……夢を見たんだ。高平さんと出会った日の夢を。」
「そうか。……戻りたいか?あの日に。」
「ううん。あの日あの場所で、歌ってみたら?と提案をしてくれた先輩、たまたまあの日あの場所に来た高平さん、路上ライブを見て感想を投稿してくれた人達がいたから今俺はここにいる。
それに感謝しているだけ。
戻るとまた一からだし戻りたくはないかな。」
「はは、そうだな。
でもあれから二年、いやまだ二年か。
俺が思っていたよりも黄汰は人気者になっちゃって少し寂しい気もするよ。」
「何それ?」
黄汰がクスクスと笑うと高平は恥ずかしくなったのか「目が覚めたなら早く帰れ。」と冷たく言い放つが、高平の耳は赤く染っていた。
「はいはい。
今日も有難うね高平さん。お疲れ様でした。」
黄汰は荷物を手に取ると車から降り、そのまま高層マンションの中へと入っていく。
そんな黄汰を見ていた高平は、黄汰の姿が見えなくなると車を発進させた。
「疲れていそうだな。
もう少し休みをいれてやらなきゃな。」
家に帰った黄汰はシャワーを浴びるとリビングのソファに腰をかけテレビを付ける。
何度かポチポチとボタンを押して電源を落とす。
「……何しようかな。」
多忙な日々を送る黄汰には音楽以外の趣味が無い。
不規則な休みである為気軽に友達を誘う事も出来ない……いや、あえて誘わないのだ。
ゆっくり眠りたいという気持ちが勝ってしまうのである。
かといって一日中寝られる訳もなく、帰って直ぐに寝るか?と聞かれれば、そうでも無い。
眠るまでの時間だけが退屈なのだ。
高平からも、なにか趣味を見つけたらどうだ?と提案された事があるが、見つけようと思って見つけられるものでは無い。
そもそも音楽以外に対して興味を持っていないのだ。
色んな人達から、女遊びは程々にしておいた方がいいぞ。と言われるが、異性と関わるよりも楽器に触れたりしている方が黄汰にとっては心地が良かったりする。
それさえも上回るほどの存在になりうる女性が現れればその人だけを思うだろう。
どちらにせよ遊びと呼ばれるような扱いはしない。
まず、異性とそういった関係になり愛を育む時間が全くと言っていいほど無いのだ。
音楽に携わる時間を減らしてまで会いたいと思える人が居ないからではあるが。
契約を交わしてすぐの頃、新人だけが出られる歌番組に出演すると多くの人が黄汰の歌声に魅了された。
SNSやテレビの話題は新人シンガーソングライターの話で持ち切りであり、トントン拍子に出演番組が決まっていく。
路上ライブで披露した歌がデビュー曲となり、配信が開始されるとランキング一位を獲得した。
黄汰は、夢を見ているのか?と信じられない様子ではあったが、高平はこうなることを分かっていたかのような顔をしてピースを向ける。
たった二年という短い月日で映画やCM等の主題歌を担当したりと国内に留まらず海外からの人気も得た黄汰は、嬉しさの中にストレスも抱えるようになっていた。
遊ぶ時間が減ることも、睡眠時間が削られることも承知の上だった。
自由が無くなることも、常に人の目を気にしなければならないことも分かっていたはず。
だが、それは少しずつ少しずつ黄汰の体と心を蝕み続けた。
「……はぁ、イライラする。寝よう。」
電気を消し寝室へ向かう途中着信音が鳴り響いた。
黄汰は面倒くさそうに画面を見ると舌打ちをした。
「時間を考えろよ。」
電話の相手は女性アイドルグループの一人であり、時間を問わず連絡をしてくるのだ。
連絡先を交換したきっかけはたまたま同じ音楽番組で会い食事に行こうと誘われたからである。
二人ではなく複数人でという話だったが今の所他の人を誘うという提案は無いので食事に行く事も保留している。
毎日のように意味の無いメッセージを送ってくる。
返事をせずとも一日に何度も、おはよう。や、今日は何々を食べただとか、黄汰にとっては本当にどうでもいい事を送ってくるのだ。
あまりにも返さないとまた番組で会った時に気まずいと思い挨拶程度は返すようにはしたが、返すことによってメッセージを送ってくる回数が増えてしまった。
そして、あまりにも返事をしないとこうして時間を問わず電話をかけてくるのだ。
「…………はい。」
鳴り続ける電話に渋々出ると不機嫌そうな声が返ってきた。
「どうして返事をしてくれないの?」
「忙しくて中々。前も言ったよね?」
「一言も返す時間無いわけ?」
お前は一体俺のなんなんだ?と思いつつもその言葉を飲み込み大きな欠伸で返す。
「眠たいの?」
「うん。もう寝る。」
「今から行ってもいい?」
「いいわけないじゃん。少し考えれば分かるよね。」
「どうして?一緒に寝ようよ。」
「……一人じゃないと眠れないから。じゃあもう寝るからまたね。」
「あ、ちょっと待っ───」
黄汰は通話終了ボタンを押すとサイレントモードに切り替え寝室へと向かう。
大きくふかふかとしたベッドにダイブすると足をバタバタとさせる。
「あー……面倒くせぇ。」
苛立ちが止まらず頭を強く掻き毟ると指に絡まる数本の髪を眺め、大きなため息をつきゴミ箱へと捨てる。
「どうせインタビューを見て電話をしてきたんだろうな。
…………お前と恋愛するわけねぇだろ。」
黄汰は再び大きく息を吐き出し、静かに目を閉じた。




