05
「おかえりなさい!」
外が少し明るくなった頃、玄関を開くと犬のように駆け寄り笑顔で出迎える愛久。
「まだおったんか。」
赤夜は靴を脱ぐとそのままリビングへと向かうが、愛久に腕を掴まれ立ち止まる。
「なんやねん。」
「ちゃんと手洗いうがいしないと!」
「あ?」
ほら早く!と腕を引かれ洗面所へと連れてこられた赤夜は面倒くさそうに袖を捲ると手を洗い始める。
「ちゃんとしないと風邪ひいちゃうよ。」
「開けっ放しのドアの前で寝てたお前に言われたないねん。」
「そ、それは。」
痛いところをつかれたと言わんばかりに気まずそうな顔をする愛久を横目に赤夜はうがいを始める。
「あの、タオルケット有難う。」
「おー。」
「うがいしながら返事しないで!」
ガラガラとうがいをし終えた赤夜は濡れた手を拭き黙ったままリビングへと向かった。
その後を追うように愛久がちょこちょこと付いていくと、赤夜はソファにどかっと座り煙草を取り出す。
「お前今日休みやったん?」
「休みますって連絡したよ。」
「なんで行かんかったん?
置いとった金で飯食うにしてもタクシー代も足りたやろ。」
「なんか気分じゃなくて。」
「……そもそもお前なんで風俗なんかやってんの?」
赤夜が吐き出した煙はモワモワと宙を漂う。
「知らないの?」
「知らんから聞いてんねん。」
「実は元彼のね、借金返済の為に始めたんだ。
って言っても最初は嫌でバイトの掛け持ちとかしてたんだけど、それじゃ全然足りないっていって赤夜くんの事務所に連れて行かれて。
赤夜くんの部下の人達に、俺達が紹介する店なら安心だしすぐに稼いで完済出来るよって言われて。
彼にも完済したあとは結婚しようって言われて浮かれちゃって。」
「へぇ。お前ほんまにアホなんやな。」
「へへ、だよね。ちょろすぎるよね。」
「それもやけど普通自分の借金肩代わりしてくれって言ってきた男と結婚なんか視野に入れるか?
その場で捨てたったら良かったやんけ。」
「うーん。
でもそのおかげでこうして赤夜くんと出会えたし!」
「……その男は?捨てたん?」
「ううん、捨てられちゃった。」
「完済はしてんの?」
「あと少しかな。払い終わったら完全に終わり!」
「へぇ。未練あんの?」
「無いよ!今は赤夜くんがいるし!」
「まぁ俺と出会ったらそこら辺の男なんかカスにしか見えんやろうな。」
「うんうん、赤夜くんの方が百倍良いよ!」
「百倍、ねぇ。」
赤夜は灰皿に灰を落とすと白い煙を吐き出す。
「で、俺の部下がなんか言ったみたいやけどそいつってどんな奴?」
「金髪坊主の、昨日も一緒にいた人!」
「ああ、あいつね。
その元彼の借金は残りいくらや?」
「あと百万ちょっとかなぁ?正確には分からないんだけど。」
「返済相手は誰?」
「金髪坊主の人だよ。」
「へえ。そういう事ね。」
赤夜は煙草の火を消すと立ち上がり玄関へと向かう。
「え、赤夜くんどこかに行くの?」
赤夜の後を追ってついてきた愛久は寂しそうな声を出す。
「やり残した仕事あったの思い出した。すぐ帰る。」
赤夜は愛久に背を向けたまま話すとそのまま外へと出て行った。
──────────────
「すみません!!すみません!!!」
「別に謝ってほしいわけちゃうねん。」
「違うんすよ!聞いてください、赤夜さっ───」
咳き込み腹を抱え倒れ込む男の頬に靴の爪先が食い込む。
「金貸しした相手から取り返すのは当たり前やし、それを全うしようとする姿勢は褒めたるわ。」
「うあっ!ああ!!すみません!!」
男の頬に食い込む爪先が一瞬離れたかと思えば勢いよくめり込み、男は叫び歯が転がる。
「でもなぁ?お前必要以上に取ってるやろ?
最近えらい羽振りえぇなあと思っとってん。」
「あっ、ああ!!すみません!返します!返しますから!!」
「お前よぉあの女と俺を接触させようと思ったなぁ?
バレへんと思ったんか?なぁ?俺の事舐めてるやろ?」
「そんな事、そんな事ないです!」
「そんな事あるからこうなってるんちゃうんか?」
「うぐっ!ゴホッゴホッ」
男の腹から全身に広がる痛みは留まることを知らず、休む暇を与えてはもらえない。
そんな様子を眺める他の部下達は手で目を覆い、為す術もなく暴力を与えられ続ける仲間に対し情けをかける訳ではなく自業自得だと思うと同時に自分はボスを怒らせるようなことはしていないか?あの女性と関わってはいないか?と自分の過去を遡る。
「お前ちょっと調子乗りすぎや。」
男の首を掴み目を合わせた赤夜。
咥え煙草をする赤夜と煙越しに目が合った男は下半身に温もりを感じる。
「すみません!許してください!!すみま──」
男の口に投げ込まれたのは火がついた煙草。
ジュッと音を立てる煙草を吐き出す前に下から顎を殴られ舌を噛む。
赤夜に呼ばれた部下達の手によりそのまま口は閉ざされ、男は熱を帯びた煙草と切れた口の痛みに悶え苦しんだ。
「んんんっ!んんーっ!!」
ジタバタと暴れるが数人の男に押さえつけられ逃れる事など出来るはずもなく、男は赤夜の許しが出るまで苦しむ他に選択肢がないのである。
「大丈夫。それくらいで死なんやろ。死んだら死んだでそれはしゃーない。」
赤夜はパソコンを起動すると一つのファイルを選択し連なる文字に目を通した。
カタカタとキーボードを叩く音が響き、暫くすると男は解放された。
血液と唾液によってしなしなになった煙草が吐き出される。
黒く濁った唾液を垂れ流しそのまま嘔吐する男の前に赤夜がしゃがみこむと、男は震えながら顔を上げる。
「こいつの返済は今日で終わり。退店と代わりの女の用意しとけ。
お前のポケットにいれた余分な金はお前が用意して俺のとこに持ってこい。
その前にここの掃除。風呂にも入って着替えろ。臭いねんお前。」
「ヒューッ……ヒューッ……。」
喉を火傷した男が返事を出来ずに頷くだけで済ませると、頬に衝撃が走る。
「返事は?」
「ヒューッ……ヒューッ…………は、…………ぃ。」
「おう、最初からちゃんと返事せぇよ。ほんならあとは任せたで。」
赤夜は他の部下達にそう告げると手を振り部屋を後にした。
残された部下達は赤夜の足音が聞こえなくなると一斉に息を吐き出しその場に座り込んだ。
「やっぱ赤夜さん怖いわ。」
「これでも手加減してる方だよな?良かったな。赤夜さんの下の人間で。」
「お前がここの人間じゃなかったら殺されてたぞ。」
吐瀉物に塗れた男は涙をこぼす。
赤夜が言うように舐めていたわけではない。
慢心から来るものだった。
愛久は赤夜に話さないとか、話したとしても自分と赤夜の関係値なら目を瞑ってくれるのではないか?とか。
決してそんなことは無かった。
正直愛久が赤夜を見て惚れたことは直ぐにわかったし、その時に胸騒ぎもした。
だが赤夜が相手にしないだろう、相手にしたとしても一晩だけの身体だけの関係だろう。
そう思っていたが、それも違った。
想定外だった。赤夜が愛久を気にかけるという事が。
もしこのまま赤夜と愛久が付き合うとなれば、次にやられるのはきっと借金をした愛久の彼氏だろう。
赤夜は自分が気に入らない相手を人間だとは思わない。
虫やゴミの方がまだ価値があるとさえ考えるような人。
他の部下達が言う通り、赤夜の部下という立場でなければ今頃こんな事を考えることも無く、ただ痛みと苦痛を与え続けられ、命をじわじわと削られていたのだろう。




