03
家に着いた赤夜はそのままベッドへと向かい愛久を押し倒す形で愛久を横にさせた。
まだ赤夜から離れるつもりが無い様子だ。
「おい、起きろ。」
愛久の耳元で囁くように話しかけると愛久は足をモゾモゾとさせ反応する。
「……寝ててもええわ。とりあえず手ぇだけ離してくれへん?」
愛久の手が緩むことは無く、赤夜はうんざりした顔をする。
「なぁ、はよ離して。このまま犯してまうで。」
「…………。」
「おい。」
「…………。」
「……愛久。離して。」
「んぅ……。」
赤夜が名を呼ぶと愛久はにまぁと間抜けに笑みを浮かべた。
赤夜が手を回し愛久の手に触れると、愛久は一瞬ビクッとしたがスルスルと絡みつく赤夜の指を受け入れ自分の指を絡ませた。
「愛久。」
愛久はビクビクと身体を震わせ、手から力が抜けていく。
「赤夜くん。」
薄く目を開いた愛久は見慣れぬ天井と愛しい重みに困惑する。
「起きた?」
「あ、わ、私……えっと。」
絡みつく指はするりと外れ耳元から聞こえる声がゆっくりと離れる。
「お前ほんまに寝てたんか?」
やっと解放された赤夜は上半身を起こすと伸びをしながら愛久に問いかけた。
「薄ら意識はあったけど、居心地が良くて、私……。」
自分の上に跨り見下ろしてくる赤夜を見て顔を赤くし戸惑う愛久。
そんな愛久を見た赤夜は呆れた様子でベッドから降りるとそのまま部屋を出て行った。
一人取り残された愛久は微かに残る赤夜の匂いと重みに胸が高鳴り、耳元で名を囁かれた事を思い出し悶えた。
煙草の臭いに混ざったあの匂いはシャンプー?香水?なんだろう?
赤夜から漂う香りは愛久にとって嗅いだことの無い居心地の良い匂いで、いつまでも嗅いでいたいと思わせるほどであった。
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「まだおったんか。」
「え!?」
暫くして扉が開いたかと思えば上裸で濡れた髪を雑に拭く赤夜が姿を現し、愛久は思わず目を覆った。
「なんやその見たらあかんもんみたいな反応。男の半裸なんか慣れてるやろ。」
「きゃ、客と好きな人とでは全然違うから!」
「あー?変わらんやろ。」
「全っ然違うから!!」
「あ、そ?
なんでもええけど俺は軽く飯食ったらもう一回寝るしはよ帰ってくれへん?」
赤夜に真っ直ぐ見つめられた愛久は恥ずかしくなり俯きながら小さな声で返事をした。
「……分かった、今日は帰るよ。」
「おう。じゃあな。」
あまりにも素っ気ない返事の赤夜に対し愛久は寂しさを覚える。
扉が閉まると愛久はベッドから降り、名残惜しそうに部屋から出る。
廊下の先にある扉の向こう側からガチャガチャと物音がし、そちら側へ向かってポタポタと滴が落ちている。
「お邪魔しました。」
愛久の声が赤夜に聞こえているのかいないのかは分からない。
雑に脱ぎ捨てられた靴を履き玄関に手をかけた時、ガチャリとドアが開く音がした。
「帰る前に食って行くか?」
「え?」
愛久が振り返ると赤夜は別にどちらでもいいけど。と言いたげな顔をして立っていた。
「いいの?」
「ええから声掛けたんやんけ。」
「本当に?」
「おぉ。」
「じゃあ食べる!」
愛久は靴を脱いで赤夜の方へ小走りで向かったが、辿り着く前にドアを閉められてしまった。
「ねぇ、酷くない?」
ドアを開き顔を覗かせると、悪戯をした子供のような笑顔を向ける赤夜にドクンと大きく鼓動が波打つ。
「ぶつからんで良かったなぁ?」
ケタケタと笑いながら食器を運ぶ赤夜が愛おしくて堪らない愛久は、勢いよく赤夜の背中に抱きついた。
「あぶな。」
バランスを崩した赤夜にお構い無しでギュウギュウと抱きつく愛久。
「なんやねんお前。」
「好き。好きだよ赤夜くん!」
「はぁ?」
赤夜はテーブルの上に食器を置くと愛久の手を引き剥がし対面になる。
「なぁ。」
「なに?」
「俺、お前にそんな好かれるようなことしたか?」
「うん!」
「うん?……俺何した?」
「というか、何か言われたとかされた訳じゃなくて顔!!赤夜くんのお顔が大好きなの!!」
ハッキリとにこやかに宣言された赤夜は一瞬固まったが、「まぁ俺の顔ええしな。」と謎に納得した様子で椅子に腰をかけた。
「本当に大好きなの。
真っ黒な瞳と長い睫毛。シュッとした鼻に少し大きめの口。それら全てを映えさせるような白くて小さなお顔に、サラサラの黒い髪。お姫様みたい!」
「姫?そこはお前王子って言えや。」
「え?それは赤夜くんが王子様で私がお姫様みたいってこと!?」
「なんでそうなんねん。」
赤夜がヤレヤレと首を振り椅子に腰をかけると、愛久は迷いなく赤夜の隣に座りニコニコとしていた。
「赤夜くん私と付き合ってよ!」
「は?」
食事を終えた愛久は少し眠たそうにする赤夜の手を握る。
「だから、私と付き合って?彼氏になってよ!」
「嫌や。」
「どうして?こんなに好きなのに?」
「俺は別に好きちゃうねん。」
「家に連れ込んでおいてそんな事言う?」
「お前がアホみたいな力で離さんかったからやろ。」
「その気になれば私位どうとでも出来たくせに。
ベッドに優しく寝かせて耳元で名前呼んだじゃん。
あんなのもう好きって言ってるようなもんじゃん。」
「アホかお前?もうええから飯食い終わったんやったら帰れや。」
「そう、ご飯まで食べさせてくれたし!
どうでもいい人にそんな事する?しないよね?」
「……はぁ、ほんまなんなん?お前。」
「ご飯も作るしお部屋の掃除も洗濯もするし、赤夜くんに求められたら絶対に断らないよ。どう?」
「いらん。」
グイグイとくる愛久に対し赤夜は引き気味で冷めた対応をとるが、愛久は諦めようとはしなかった。
「大好きなの!」
「分かったって。」
「一緒にいたいの!」
「俺は一緒におるつもりないねん。」
「もう!こんなに愛を伝えてるのに!」
「伝えてるのにってそんなん一方的すぎやろ。」
「今は好きじゃなくてもいい。
お試しで付き合ってみない?好きになれなかったら捨ててくれていいから!」
「絶対お前しつこく引き止めてくるやろ。
もう分かってんねん、だるいわ。」
「ねぇ、お願い!お願いお願い!!」
「あーもううっさいなぁ!」
赤夜は立ち上がると愛久の腕を掴み立ち上がらせる。
「出ていけボケ。」
「もう!すぐ暴力で解決しようとして!馬鹿!」
「あ!?」
苛立った赤夜の拳が振り上げられた時、赤夜の首に愛久の腕が絡みつき唇に柔らかい感触が残る。
「……お前。」
「ふふ、ちゅうしちゃった。」
「アホやろほんまに。」
「うん、アホでいいよ。」
嬉しそうに笑う愛久の瞳はどこか寂しげであり、それに気付いた赤夜は愛久の腕から手を離すと振り上げた手で愛久の頭を撫でた。
「お前ほんまに俺の事好きなんやな。」
「うん。好きだよ。」
「……はぁ、もう寝る。お前と話しとったら疲れる。」
「ごめんね……そうだよね。うん。いつもそうだもん。」
「三時間後。」
「ん?」
「三時間後に起こせ。その間にそれ片付けてテレビでも見てて。」
赤夜はテーブルの上の食器を指さすと大きな欠伸をした。
「え、いてもいいの?」
「おらんかったらどうやって起こすねん。」
「いいの!?」
「うるさい。ちゃんとやっとけよ。」
赤夜は再び大きく息を吐き出し怠そうにベッドへと向かう。
扉が閉まり静かになると愛久はその場に座り込み、涙を流した。
「私を受け入れてくれるの?」




