02
「とにかくお前は客の財布から抜いてへんねんな?」
「抜いてないよ。どうせたいしたお金も持ってないし。
お金欲しさででたらめ言ってるだけでしょ。」
「まぁそうやろな。
風俗業界下に見てる客なんか蛆虫の如く湧いてくるし、自分の欲を発散するだけじゃ飽き足らず金の無心までしようとするやつがおるのは確か。
店長が俺らに投げたのも客側が黒やと分かってるからやろうな。」
「え?じゃあどうして私はここに連れてこられたの?疑われているからじゃないの?」
「念の為やろ。
お前が普段誰にどんな態度で接してんのか知らんけど、真っ白やとは言いきれんってとこちゃうか。」
「はぁ?客が黒って分かってるのに私の事も疑ってるとか意味分かんない。」
「信じてるというより信じたいの方がしっくりきそうやな。
まぁお前が白やって言い張るんやったらもう帰ってええで。
今頃その客の事も調べついてるやろうし、客が黒ってはっきりしたらそいつ詰めて終わり。
仮にお前が俺らに嘘ついとったら今度は俺らがお前に会いに行くだけ。」
「え?赤夜くんが私に会いに来てくれるの?」
「あ?嘘ついてんのか?」
「ううん、ついてないよ!」
「じゃあ会いに行く必要無いやろ。」
「なんで?会いに来てよ!私が毎日来てもいいけど。」
「……もううるさい。帰れお前。疲れる。」
「ひどーい!疲れるとか言わないでよ。
ねぇ、赤夜くん。」
愛久はその場にしゃがみこむと赤夜の太腿にそっと手を添え上目遣いで「赤夜くんの事好きになっちゃった。」と伝えた。
「……もうええから帰れ。」
赤夜は愛久の手を払い除け立ち上がると部下達の間を通り抜け部屋を後にする。
「あ、待ってよ!」
愛久は慌てて立ち上がり転びかけながら赤夜の後を追った。
部下がそんな愛久を引き止めなかったのは単純にこの状況を面白がっているからである。
「ねぇ、まだお仕事残ってるの?」
「…………。」
「終わったらご飯に行こうよ!」
「…………。」
「赤夜くんは何が好き?私は好き嫌い無い方だからなんでも大丈夫だよ!」
「…………。」
「ねぇ、聞いてる?」
「……っせぇなぁ!!」
「わ、大きい声!ふふ、怒っててもかっこいいね、赤夜くん。」
「あのなぁ、俺は早く帰れって言ったやろ?
それにお前と飯なんか食いに行かん。」
「どうして?」
「どうしてって、なんで俺がお前と飯なんか食いに行かなあかんねん。」
「じゃあ、ホテルでも行っちゃう?」
「なんでそうなんねん。いらんわボケ。」
「えー?私は赤夜くんになら何されてもいいよ?」
「……会話にならん。はよ帰ってくれ頼むから。邪魔や。」
赤夜は鬱陶しそうに自分にぴたりとくっつく愛久の襟を掴むとそのまま引き摺るようにして部屋から追い出した。
ドンドンと扉を叩き「開けてよ!」と騒ぐ愛久。
どっと疲労を感じた赤夜は鍵をかけソファにダイブしそのまま意識を手放した。
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「……あかん、寝すぎた。」
しんと静まり返った部屋。
薄目を開け窓の方を見ると外は薄明るくなっており、少し肌寒かった。
「はぁ……。」
疲れが取れ切れていない赤夜は重い体を起こし携帯電話と煙草を取り出した。
煙草を咥え火をつけ画面に触れる。
腹を鳴らしながら新着メッセージを一つずつ確認していく。
多くの文字に目を通し理解するのに少し時間を要した。
「小崎愛久の客の発言は偽りでした。」
最新のメッセージに目を通した赤夜は白い煙を吐き出し立ち上がるとポケットに携帯電話をしまった。
デスクの上の灰皿に煙草を押し付け部屋を出ると赤夜は目を疑った。
「……なにしてんの?お前。」
扉を開いてすぐ目に入ったのは座り込みウトウトとする愛久の姿だった。
「あ、赤夜くん。おはよう。」
「おはようちゃうやろ。何してんねん。」
「ふふふ、出てくるの待ってたら寝ちゃった。」
「アホかお前。風邪ひくで。」
「へへ、心配してくれてるの?優しいね。」
「はぁ……ほんまはよ帰れよ。」
赤夜が呆れたように言うと愛久はフラフラと立ち上がりそのまま赤夜に抱きついた。
「赤夜くん、いい匂いするね。」
「煙草臭いの間違いやろ。」
「んーん、いい匂い。……本当に、いい…匂い……。」
「おい。」
赤夜に体を預けるように体重をかける愛久を赤夜は咄嗟に支えた。
「おい。」
あれだけ煩くしていた愛久が一言も返さない事を不思議に思った赤夜は愛久の顔を覗き込む。
「嘘やろ。」
こんな状態で安心したように眠る愛久を見て赤夜は思わず笑ってしまった。
自己中心的で人の事はお構い無しで騒ぎ立て挙句の果てには出会って間もない男に全てを委ねて眠り始める人に初めて出会ったのだ。
赤夜は何度か起こそうと声を掛けたが、愛久は幸せそうな顔をしたまま目を覚ます気配はなかった。
どうしたものかと考えていると階段を下りてきた部下と鉢合わせる。
「あ、す、すみません!」
「なにが?」
「いや、その……お取り込み中邪魔をしてしまって……。」
「迷惑してるだけや。どうにかしてくれ。」
「どうにかと言われても……その人赤夜さん以外には噛み付いてくるし俺らじゃどうにも出来ないですよ。」
「はぁ。じゃあもうここに置いて俺は帰るから、後はよろしくな。」
赤夜はそう言うと愛久をその場に寝かせようとしたが、赤夜の腰に回った愛久の手は固く閉ざされ簡単には引き剥がせない。
「なんやねんこいつ。」
寝起きなのと空腹感から苛立ちが隠せない様子の赤夜。
それを見ていた部下が慌てて赤夜の元へ駆け寄り愛久を引き剥がそうとするが、部下が愛久の手に触れると鋭い爪が食い込んだ。
「いった!」
「あ?何?」
「赤夜さん、絶対こいつ起きてますよ!今爪立てられましたもん!ほら!」
部下が赤夜に爪の跡がつく手を見せると赤夜は愛久の髪を掴んだ。
「起きてるんやったらさっさと離せや。」
「んー……。」
「もう寝たフリとかええねん。」
それでも愛久はスースーと寝息を立てており、赤夜と部下は目を合わせた。
「もしかして無意識的に赤夜さん以外に攻撃してるってことですか?」
「知るかそんなもん。」
「……赤夜さん、もうこのまま連れて帰るしか無いんじゃないですか?」
「あ?なんで俺が家に連れ帰らなあかんねん。」
「だって離れないし。
置いていけたとしても目が覚めた時が怖いっすよ。」
「それはお前らがなんとかせぇよ。」
「いやぁ、何とかって言われても……。」
部下と赤夜が話し合ってる間も力強く抱きつき離れようとしない愛久。
早く帰って腹を満たし風呂に入りたい赤夜は、愛久の腕を折る。と言い出すが部下に止められ、気付けば部下が用意した車に乗っていた。
後部座席に座る赤夜の足の間に顔を埋め寝ている愛久は傍から見ればいかがわしい行為をしているように見える。
赤夜の自宅前に着くと赤夜は諦めたような顔をして愛久を支え家の中へと入っていった。
「赤夜さん、どうして無理矢理引き剥がさないんだ?」
「さぁ?玩具にしようと思ってるんじゃないか?」
「でもどこか優しくなかったか?」
「寝起きなのと面倒くささが勝っているだけだろ。」




