06
「陽橙もそろそろ結婚を考えてもいいんじゃないか?」
階段を降り家の前を通り過ぎ少し行った場所にちょっとした広場がある。
そこのベンチに腰をかけた陽橙と父親は月明かりを眺め話していた。
「結婚ですか。……まずそんな相手が……。」
紅葉の事は今も伏せたままである。
自殺未遂をした女性というのは勿論言えない。
紅葉という存在も話せばこうして村に来るように言われるだろう。
紅葉が村に足を踏み入れ拒絶すればそれは死を意味する。
「相手か……そうか。慎重に選ばなければならないからな。」
「はい。」
少しの沈黙。とても居心地が悪い。
「陽橙。」
「はい。」
「甘寧紅葉とはどういう関係だ?」
陽橙が立ち上がり父親の顔を見ると、父親は静かに息を吐いた。
「なぜ知っている?と言いたげな顔だな。」
赤夜しか知らないはずだ。話したのか?
陽橙がそう考えている事を見透かしたように父親が続けて話す。
「大事な一人息子を一人の人間に任せるわけがないだろう。」
「それって……。」
「ここに運びに来る者は一人では無い。
今もずっとお前の家を見張っている。
夜になれば明かりが灯り、日が変わる前に消灯する。
今の時代はストーカー対策で自動で電気の点灯が出来るらしいが、それは三年前から突如始まった。
ストーカーにあったという情報は得ていない。
だが、同時期から陽橙とある一人の女性が一緒に行動しているという報告が上がった。
親としては相手の事を調べるのは当たり前のこと。
幼少期から辛い思いをしただろう。可哀想だと思ったよ。
陽橙もきっとそこに心が揺るがされたのだろう。
それを愛だと思い込んでいるだけだろう。
……自殺未遂の女を助け家に匿う?そんな教えをした覚えは無い。」
父親の言葉を聞いた陽橙は膝から崩れ落ちた。
冷たい瞳で捕らえられ、淡々と話すその内容は陽橙が誰にも知られたくは無いと思っていたものの全てだったからだ。
「結婚も考えていないのなら、その女は守り神に捧げるべきだ。
そうは思わないか?」
「……思いません。」
「そうか。それはどうしてだ?」
「だって……紅葉はこれから幸せになるべきだから。
紅葉は僕が幸せに────」
「お前がこの三年間で運んで来た人間の数を覚えているか?」
「……え?」
「数人?数十人?覚えていないだろう?」
「え?え、え?」
陽橙は父を前にし緊張と混乱で考えに纏まりが付かなくなっていたのだ。
「その者達は、これから幸せになるべきではなかった。そういう事か?」
陽橙の心臓が大きく波打つ。
「陽橙がその女を幸せにしたいと考えるように、生贄となった者達に対しそう思っていた人がいるかもしれない。
でもそれをお前は村へと運んだ。そうだろう?」
「そ、れは……。」
「自分が愛する者は別だと?
それは本当に愛なのか?不幸話を聞き同情しただけじゃないのか?
本当に大切に思うのなら、一人にはしないだろう?」
「一人に……それは……どういう意味ですか?」
「先程も言ったが、陽橙の監視役は墨河だけじゃない。
墨河も、陽橙と同じ年齢で意気投合したように思えたから声を掛けたがあいつは駄目だ。
甘寧紅葉の事も知っていたんだろう?
なのにその報告をしなかった。
突然陽橙と接触し、これからは仕事の手伝いをしてもらうから村にも顔を出すようになる。
そう聞いた時は、この男に任せてよかったのだと思ったが……別の者にも頼んでおいて良かった。
勿論墨河は自分以外に監視役がいる事は知らない。
あの男の性格上、自分も監視されているような気分になって気を損ねかねんからな。」
「赤夜は……何も話さなかったんですか?」
「そうだ。
陽橙にそういった相手はいないのか?と聞いたら、居なさそうだから今度自分が適当に紹介すると言っていた。
嘘をつくのが上手いな。すっかり騙された。」
「父さんは……赤夜にも怒っているのですか?」
陽橙は手の震えを必死に押えながら話す。
「いいや。誰にも怒っていない。
墨河は陽橙と何かしらの条件を交し其方を優先した迄で、生贄は変わらず運んでいる。
陽橙はそこまでして隠し守りたい、そう思い空振っているだけ。
やはりお前はまだ子供。親元にいた方がいい。
女を連れてくるも来ないも任せるが、お前は今週中に必ずこの家に帰ってくるんだ。いいな?」
「い、いやです。僕は紅葉とあの家で、二人で暮らしたい!」
「じゃあ村に連れて来なさい。
自殺未遂という点については特別に目を瞑ってやろう。
しかし、仕来りには参列してもらう。それを拒否する事は許されない。
明日の火葬と掃除はしなくていい。
起きたら直ぐに家に帰り、甘寧紅葉に全てを話しなさい。
連れてきたくないと言うのであれば、きちんと別れを告げて帰ってきなさい。」
「そんな……父さん待ってください。
僕はただ紅葉と静かに暮らせればそれで……。
村に来たら紅葉は……また……。」
陽橙が泣き崩れると父親は静かに立ち上がり言葉をかけず家へと向かって行った。
声を上げ泣く陽橙は何度も額を地面に打ち付けた。
──────────────
翌日早朝。
陽橙は一睡も出来ないまま赤夜の車に乗っていた。
ひとしきり泣いたあと無意識に赤夜に電話をかけていたのだ。
「どうするつもりなん?」
後部座席で放心状態の陽橙とその隣で駄菓子を食べる赤夜。
「分からない。どうしたらいいんだ。」
「うーん。……おい、今の時間そんな人もおらんしちょっとスピードあげてくれや。」
赤夜が運転席に声を掛けると少しばかり車のスピードが上がる。
「従うも地獄逃げるも地獄。陽橙に残された道は多くないわな。」
「ここで離れた方が紅葉の為になるのかな。」
「……どうやろうな。」
「村に連れ帰らなかったら父さんもわざわざ手を出さないはずだろ。
村に連れ帰ったらどうなるか分からない。」
「自殺未遂しとった事もバレてるんやろ?
そんなもん息子の彼女やから泳がせたってるってだけで、別れたら生贄候補やろ。
どうせ両親がもうこの世におらん事も知ってるやろうし、親しい友人ってやつもおらんのやろ?
姿消した所で誰も探さん格好の餌やんけ。」
「じゃあどう足掻いても紅葉は父さんに処分されるって言いたいのか?」
陽橙が声を荒らげると赤夜は呆れたように笑う。
「まぁ落ち着けって。
あの村の村人や村長が大切に思うのはあの村の人間だけや。
俺や他の監視役でさえただの駒。
親父からしたら陽橙さえ無事であり、手元に置いとけたら他はなんでもええんやろ。
大事な大事な陽橙に手を出した女や。放っとくとは思えんな。」
「そんな……本当にどうしたらいいんだ?」
陽橙が頭を抱えると赤夜は棒付きキャンディを取り出し咥える。
「俺が助けたろか?
まぁここで陽橙の事助けたら俺らの処理場を一つ失う事になるんやけど。」
「……どうやって?」
「俺も陽橙が生まれ育った村の人間と同じで自分の身内以外どうでもええ。
野垂れ死んでようと誰かに暴力を受けていようと酷く傷ついていようと、俺には関係ない。
……陽橙、お前俺の所来いや。俺の身内になれ。
ほんなら女も纏めて俺が面倒見たる。どないや?」
「赤夜の所って……裏社会にってこと?」
「まぁそんな感じ。
そもそもこんな運びとかしてる時点で立派な裏社会の人間やと思うけどな。
ただなんて言うんや、今の陽橙は派遣というかフリーというか。
ちゃんと属してへんやろ。」
「赤夜の所に就職しろってこと?」
「くはは、あぁそう。それ。就職!
俺が社長でお前が社員。社長は社員の為に命張るもんやろ?」
「普通の会社ならそんなことないと思うけど……。
でもじゃあ僕が赤夜のところに行ったとしてどうやって助けるつもりなんだ?」
赤夜はガリッと音を立て飴を噛み砕くとニコリと可愛い笑顔を見せた。




