03
「そろそろ慣れろや。」
「慣れる方がおかしいんだよ。」
自宅マンション下に止まっていた一台の車に乗り込む陽橙。
後部座席に乗り込むと先に乗っていた男が嫌そうな顔をして話しかけてきた。
「せやけどお前毎回そんな顔して家出とったら女が心配するんちゃうんか?
なんやっけ、も、も、紅葉やっけ?」
「……まずどうしてお前がいるんだよ?」
「あ?そりゃお前俺直々に渡しに行ったろうと思って。」
「今回は……そうか、またそういう人なのか。」
「嫌なん?」
「そりゃ嫌だろ。」
「嫌がってんちゃうぞ。選んだのはお前やろ。」
「……分かってるよ。」
「ほぉ、ほんならええけど。」
陽橙は目眩がした。吐き気が込み上げ気分が悪い。
車酔いだとかではなく、これから行われる事を想像し逃げ出したいのだ。
だがそれを誰も許さない。
特に隣に座るこの男が許さないだろう。
ヘラヘラと笑い軽い口調で話してはいるが、到底人間だとは思えないことをやり遂げる男なのである。
悪に染った人間とはこの男の事を指すのだろう。
陽橙とこの男が知り合ったのは数年前。
出身地での仕来りにうんざりしていた陽橙の前に配達員として現れたのだ。
話しかけられ渋々返事をしていく中で同じ年齢だと知った途端、親近感が湧いたといってそれから顔を合わす度にお喋りに付き合わされていたのだ。
最初は気さくな人だと思っていたが、話せば話すほどにこの男の本性を知る事になり距離を置いた。
そうすると男はそれを察してか無闇に絡もうとはしてこなかった。
このまま話さなければ、距離を取り続ければ、そう思っていた陽橙だったが、三年前自分からこの男に連絡をしたのだ。
「愛する人が出来た。」
「急に電話してきたと思ったら惚気とかどんな嫌がらせやねん。」
「その人を苦しめる人がいる。」
「へぇ。ほんで?なんの用?」
「助けてほしい。」
「……俺がタダで動くと思ってんの?そもそも距離取ってたんお前やろ。都合良すぎちゃうか?」
「それは申し訳なく思ってる。
あまりにも住む世界が違いすぎてついていけてなかった。
不快にさせたなら謝る。ごめん。」
「まぁ俺もちょっと気ぃ許して話しすぎたかもな。
助けんのは別にええけど、その代わりお前はもう逃げられへんで。」
「ああ、大丈夫。覚悟は出来てる。」
紅葉と出会ったあの日、陽橙は完全に抜け出せない底なし沼へと足を踏み入れてしまったのだ。
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「お帰りなさいませ、坊っちゃん。」
陽橙に頭を下げたのは優しげな顔をした白髪頭の老人だった。
「ええなぁ、俺も坊っちゃんって呼ばれてみたいわ。」
車から降りた男は陽橙の隣に並ぶとヘラヘラとしながら陽橙の肩に顎を乗せた。
「……さっさと終わらせよう。」
「まぁそう急ぐなって。
着いて早々できるもんちゃうやろ?用意もあるし。」
山の中にある小さな田舎村の奥深くに建つ大きな屋敷には灰月という表札が飾られている。
陽橙はこの村の村長の息子なのである。
またこの村は少し風変わりであり、この村特有の仕来りがある。
古く昔から行われてきたこの仕来りは、産まれたばかりの陽橙を洗脳していた。
これが当たり前だと教えられ育った陽橙は疑うこと無くそれに従い生きてきたが、進学と共に村から出てその異常さに気付いた。
村を出ることを強く反対され、考えを改めるまで入っていなさいと蔵に入れられたが、陽橙は仕来りには参加をする。数年だけ外の世界に行ってみたいと強く語りかけ、両親を説得したのだ。
だが、現実を知った陽橙は村の異常さに恐れ中々帰れずにいたが、あの日を境にまたこの村へと足を踏み入れることとなった。
両親から叱られると思っていた陽橙であったが、両親は陽橙をにこやかに歓迎しそれがまた陽橙の恐怖心を煽った。
周りは山に囲われ車が無くては移動が困難なこの場所は、逃げ出すことを許しはしない。
それが村の人であろうとも。
「灰月家当主ってなんかかっこよくない?響きが。」
夕暮れになり村にある小さな神社へと続く階段に腰をかける男とそれに付き合う陽橙。
「別にかっこよくないよ。」
「そうか?俺はええと思うんやけど。」
持参したのか駄菓子を頬張り満足そうにしている男を見て、子供っぽいな……と思うが口には出さない。
この男は誰のどの言葉で怒り出すか分からないのである。
気分で怒り気分で優しくし気分で壊すのだ。
日が沈み薄暗くなった村に灯りが灯ると陽橙達は神社の方へと向かう。
足が重い。何かに掴まれているような重み。
この村には成仏出来ず彷徨う霊が数千といるのだろう、と村を出て思った陽橙はその重みに対し息苦しくなる。
ひょいひょいと階段を駆け上がる男を追うようにして一歩、また一歩とゆっくり上がっていくと、提灯の灯りが陽橙達を照らす。
少し進むと中央には木の板で作られた大人一人が入るには十分な大きさの箱が置かれており、その隣には裸で手足を拘束された女性が座っていた。
怯えた瞳は潤んでおり、口には鉄製の口枷がはめられている。
「美人やろ?」
そんな女性を指さし笑顔で話す男に吐き気がする。
「あいつなぁ、おっさん引っ掛けて金取っとったんやけど、その中の一人のおっさんが借金苦で自殺したんや。
あの女に使う為に借金してアホらしいやろ?
ほんでなんか知らんけどあの女は、おっさんが死んでから夢に出てきたり見られてる気がして心が病んでしんどなったから死のうとしたんやって。
それを拾ったのが俺。
くくっ、家で大人しく一人で勝手に死んだら良かったものをわざわざ外に出てきて他人の目がつく場所でやろうとするからこうなんねん。
でもまぁ、やっと願いが叶うわけやし俺と出会えて感謝って所か?」
「本気でそう思ってるのか?」
ケラケラと笑っていた男は陽橙の言葉を聞くとスッと真顔になり「本気で思ってんで。」と冷たい声で返すと陽橙は鳥肌を立てる。
この村に対する嫌悪感や恐怖心とはまた違った、自分の命に関わる本能的な恐怖心を感じたのだ。
「まぁええわ。見よや。」
興醒めとでもいいたげな顔をして女性の方へと視線を戻した男に陽橙は従う他なかった。
これから行われるのはこの村の守り神への贈り者。
生贄だなんていう風習はもう古いものであると耳にすることがあるが、この村は昔から変わらずずっと守り神に対し人間を差し出しているのだ。
その人間とは、自ら命を絶とうとした者に限るとされる。
神に与えられし命を粗末にする位ならば、守り神に差し出しその血肉諸共全てを捧げた方がその者にとって良い最期になると考えられるのである。
だがしかしそう簡単に自死を決断する者が見つかるわけでもなく、ましてやこんな小さな村で毎年のようにそんな者が現れれば村自体が終わってしまう。
そこで村長、陽橙の父は村の外の人間に依頼しているのだ。
その中の一人が今陽橙の隣に立っているこの男である。
金銭を報酬として貰うわけではなく、不要となった人間の処理をこの村で行う許可を得、その代わりに生贄を調達し運んでくるのだ。
生贄となった人間に性別や年齢は問われない。
一年に一度という決まりもなく、年に何度でも捧げられるのならば捧げようという曖昧な仕来りは、陽橙からすれば暇を持て余した村人達の悪趣味な戯れなのである。
どうして村人達の悪趣味な戯れという考えに至ったのかというと、生贄が運ばれてきたその日、日が暮れると同時に神社の前で全裸の生贄を村人達で痛めつけるのだ。
それは必要なのか?と問いたくなる程に惨たらしく、生贄となる人間が虫の息となり初めてその行為が終わるのだ。
そうなると次は体格の良い男達が生贄の膝から下を切り落とすのである。
大体の者はそこで息絶えるが稀に耐えきる者が現れる。
ここで息絶えていればあとは用意された箱に入れられ神に捧げられ翌日には火葬されるのだが、耐えた者は息絶えた者と同じように箱に入れられ捧げられた翌日、まだ息が残っていれば何時間にも及んで暴行が加えられるのだ。
これは、生きた人間は神の捧げ者にはならないとされる事から、捧げるまでの儀式が無駄な時間だったと判断され行われる行為であり、簡単に言えば自分勝手の極みである。
この者に対して火葬はされず、息が絶えると山に捨てられ野生動物に食われて終わるのである。
これが当たり前のことなのだと思っていた陽橙は、そう思い育った自分を汚らわしいとさえ思っていた。




