02
「あのー、少し時間をもらってもいいかな?」
機材を片付ける黄汰は背後から投げかけられた言葉に反応し振り向くと、スーツを着た男が立っていた。
「え……俺ですか?」
「そう!キミ!!いいかな?」
「は、はい。」
嬉々として笑う男を警戒しながら黄汰が応じると、男は思い出したかのように名刺を取り出し黄汰に渡した。
「ジョワプロダクション……高平さん?」
「そう!聞いたことあるかな?」
「芸能事務所……?」
「そうそう。結構有名な人も所属してたりするんだけど、俺そこの人間なんだよね。」
「はぁ……。
そんな人が俺になんの用事ですか?」
「キミの路上ライブ見させてもらったよ。
思わず立ち止まってしまう程の澄んだ歌声と綺麗な音色。
力強い思いが籠った言葉達。
いやぁ、驚いた。今まで見てきた人達の中でも最も輝いていたよ。
キミの歌は世界中の人を魅了する、俺は確信した。」
「有難う……ございます。」
「単刀直入に言うと、俺はキミの歌声を世界中の人達に聞いてもらいたい。
キミの歌に救われる人は多くいるだろうし、キミがそれに応えてくれるというのならば、俺はこの命をキミに捧げてもいい。」
「世界中の人に……俺の歌を?
いやいや、そんなの無理ですよ。
趣味程度に作った歌だし、今日も先輩に言われて渋々披露しただけだし。
俺の歌に救われる人がいるとしてもそれはほんの僅かな人で……。」
「ほんの僅かでも救われる人がいるという事実が素晴らしいとは思わないか?
俺はキミの歌を聞いて心が震えたよ。
今日俺がここに来たのも別件でたまたま通りかかっただけ。
そしてキミは渋々でも今日今この時間にここで歌を歌った。
俺とキミは会うべくして会ったんだよ。運命という言葉は今使うべき言葉なんだと確信した。
キミの歌を人々の耳へ……いや、心に届けないのは勿体無い!!」
力強く話す高平に対し黄汰は少し引き気味であった。
だが、自分の歌をここまで褒めてくれる人がいる事に驚きと喜びも感じていた。
「今直ぐにとは言わない。
キミの気が向いた時でいい。それが一年後だろうと五年後だろうといつでもいい。
欲を言えば今直ぐに一緒に歩んでいきたいが、本人の気持ちが重要だからね。
俺はいつまでもキミを待つよ。」
高平は黄汰の手をそっと握ると真剣な眼差しで黄汰の瞳を見つめた。
「……考えてみます。」
高平の圧に押された黄汰が小さな声で返事をすると、高平はとびきりの笑顔を見せた。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったな。
教えてもらってもいいかな?」
「白風黄汰です。」
「白風黄汰、黄汰ね。名前にもウタが入っているんだな。」
高平は腕を組みウンウンと頷きながら話す。
黄汰は高平のテンションについていけず、終始苦笑いをしたままだった。
「じゃあ俺はもう行かなきゃならないから今日はこれでお別れだけど、本当いつでも連絡してね。
事務所に入るのが嫌だったり、活動をする気がなくても連絡してよ。悩みでもなんでも聞くよ。」
「有難うございます。」
「うん、じゃあね黄汰。
帰る時は気をつけるんだよ!」
高平はそう言うと手を振り人混みの中に消えていった。
「……なんなんだあの人。怖いな。」
黄汰は高平の名刺をポケットに仕舞い暫く高平が向かった方向を見つめていた。
「おーちゃんお疲れ様。」
「あ、とうくん。お疲れ様です。」
少し離れたところから声をかけ近付いてくるこの男は黄汰の一つ上の先輩であり、路上ライブを勧めた人物である。
「やっぱり歌って正解だったね。凄い人で俺が焦っちゃったよ。」
「いやぁ、流石に俺も緊張しましたね。」
黄汰がヘラリと笑うと先輩から笑顔が消え少し冷たい目で見つめた。
「さっき話してた人は誰?邪魔しないように離れてたんだけど変な人だったりしない?」
「あぁ……変と言えば変……いや、凄い元気な人というか。
ジョワプロダクションの人でスカウトしに来ましたって感じでした。」
黄汰の言葉を聞いた先輩は目を大きくすると可愛らしい笑顔を見せる。
「え!ジョワプロ?凄いじゃん!
じゃあもうおーちゃんはプロの歌手になるって事?やべぇ、サイン貰わなきゃ。」
「いやいや、受けるだなんて言ってないし。
プロとかも目指してないし、俺はこのままとうくんと同じ店で今まで通りの生活をしますよ。」
「そう言うけどおーちゃん別に服とか興味無いでしょ?
俺が働いてるからって理由だけで同じ店に来たんでしょ?」
黄汰は先輩からの問いかけに数秒考えたあと、下向きかげんで口元を緩ませる。
「まぁ。でもそれでいいんですよ。
俺は別にやりたいことも無いし、とうくんと居ると楽しいし。」
「それは嬉しいけどさぁ、俺はおーちゃんの歌が認められたことを嬉しく思うし、人気出ると思うけどなぁ。顔も可愛いし。」
「……顔は別になんでもいいんですけど。
今日もとうくんに言われたから渋々やっただけで、別に人前で歌うことが好きなわけでもないし。」
黄汰が先輩に背を向け大きな鞄を背負うと、先輩は静かに声をかける。
「本当に?」
「え?」
黄汰は先輩の「本当に?」という言葉を聞き動揺した。
胸がざわざわする感覚に陥る。
「好きでしょ、人前で歌うの。
というか、自分の歌に共感してたり感動してる人の顔を見るのが好きでしょ。
歌ってる時すげぇ楽しそうだったよ、おーちゃん。」
「…………。」
ドキドキと音を立て続ける意味が理解出来ない。
いや、理解しているがそれを否定したいと思っている。
「一回チャレンジしてみたら?
それでも嫌なら今までと同じ生活すりゃいいじゃん。
意外と楽しいかもよ。スカウトだって誰にでも声をかけてるわけじゃないだろうし。」
「……そ、うですよね。
とりあえず一回一人で考えてみます。」
「うんうん。ごめんね、余計なお世話だったよね。」
「いやいや、そんな事ないですよ。
とうくんが言ってくれなきゃここでこうして歌うこともなかったし。」
黄汰がヘラリと笑うと先輩は不安そうに問いかけた。
「……楽しかった?」
余計なことをしたのではないか?と考えているのだろうと顔を見ればすぐに分かる。
そんな先輩をの顔を見た黄汰は笑顔で「はい!」と答えた。




