02
陽橙に連れられ陽橙の家の中に入った紅葉は、仮にここで殺されても構わない。自業自得だ。と言い聞かせた。
善意で助けてくれたのはわかるのだが、さっき知り合ったばかりの人間をそう簡単に家に入れる方も、ついて行く方も悪い。
「はは、そんなに緊張しなくていいよ。って無理があるか。
大丈夫、何もしないよ。寛いでいてよ。
僕は向こうで少し電話をしてくるからゆっくりしてて。」
ソファに座る紅葉にそう声をかけた陽橙は自室へと入っていく。
扉が閉まると薄暗く静かな部屋に少し不気味さを感じた。
寛いでいてと言われても何をすれば良いのか分からない。
紅葉は陽橙が戻ってくるまでじっと座り続けた。
数分、数十分と時間が経ち、両親に探し出されるのでは無いだろうか?陽橙が悪者にされるのではないだろうか?連れ帰られたら次は何をされるのだろうか?と悪い考えばかりが頭を巡らせ、やはりここに居てはいけないんだと思ったその時、カチャリと扉が開く音がする。
「ごめんね、少し時間がかかっちゃって。」
戻ってきた陽橙は紅葉に手を合わせ謝る。
その顔はどこか清々しさを感じる。
「あの、やっぱり私……。」
帰る。
この一言が言えない。言いたくない。帰りたくない。だけどこのままここにいれば。
「怖くなっちゃった?それとももしかして僕に悪いとか思っている?」
「あの……その……。」
紅葉が中々次の言葉を言えずにいると、ふわっと頭に温もりを感じた。
「大丈夫だよ。ここにいて。」
「でも、私陽橙さんに迷惑かけるかもしれないし、両親にバレれば陽橙さんが悪者にされちゃうかもしれないし。」
「迷惑じゃないし、悪者にもされない。
大丈夫だよ、何も心配せずここにいてよ。」
「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか……?」
「どうしてだろう。
紅葉さんを可愛いと思っているからかな?」
陽橙は自分の言葉に照れを感じ隠すように笑うと、それを見ていた紅葉はつられて笑った。
薄暗い部屋の中でも陽橙の耳や頬が赤く染っていくのが分かったからだ。
それから数日経とうと両親から一切連絡はこなかった。
それはそれで不気味に思うのだが、初めて両親から解放された気持ちにもなれた。
自死を決断した時に両親に黙って仕事も辞めていた紅葉は、毎日陽橙の家で家事をする位しかやる事がなかった。
家事全般は実家でも紅葉の役割だった為なんでも出来てしまう。
それに、陽橙と二人なので洗濯や食事の用意も少なくて済む。
といっても食事に関しては両親の分しか作らなかったので今までと変わりは無いのだが。
紅葉はいつも両親から渡される菓子パンや食べ残しを食べていたのだ。
自分の為に作るという事をしてこなかった紅葉は毎日陽橙に何が食べたいか?と聞いていたのだが、「紅葉が食べたいものでいいよ。」と返されそれはそれで困るのである。
買い物は陽橙が一人で行ってくれたり、一緒についてきて荷物を持ってくれた。
洗濯や掃除に必要なものがあるとすぐに買ってくれたし、紅葉の衣類や必要なものも買ってくれ部屋まで用意してくれたのだ。
一緒に過ごす時間が増えるほどに紅葉が陽橙に対する思いも深まり、それは陽橙も同じであった。
会うべくして出会ったのだ、と紅葉は運命を感じたのだ。
そして、三年経った今も両親から連絡が来ることは無く、紅葉も少しずつ悪魔の呪縛から解放されつつあるのだ。
──────────────
自室から戻った陽橙はソファに座る紅葉を後ろから優しく抱きしめ首元に顔を埋めた。
「どうしたの?陽橙くん。」
「そろそろ行かなきゃ。」
「仕事の電話だったから悲しそうな目をしてたの?」
「そんな目をしてた?
……そりゃ悲しいよ。紅葉と離れなきゃいけないんだから。」
「ふふ、私も寂しいよ。」
「でも紅葉の為なら僕頑張れるよ。
今回は三日ほど帰れないからその間良い子に待っててね。
もし何かあったらすぐに連絡するんだよ?」
「うん、分かってるよ。
気を付けて行って帰ってきてね、陽橙くん。」
陽橙が離れると紅葉が振り返り笑顔を見せる。
すると陽橙は名残惜しそうにその場に立ち止まり「仮病使おうかな。」と呟くと紅葉は「駄目でしょ。」と優しく諭し渋々頷く陽橙と共に玄関へと向かう。
「行ってらっしゃい。」
「……行ってきます。すぐ帰るから。」
「うん、待ってるね。」
陽橙は紅葉を数秒間強く抱きしめると、気を引き締め家を出て行った。
紅葉は陽橙の姿が見えなくなると玄関を閉め鍵を閉める。
リビングへと戻りソファに腰をかけ、はぁと大きく息を吐いた。
「……陽橙くんはなんの仕事をしているんだろう?」
紅葉は陽橙の仕事内容を知らない。
給料がいくらだとか何も知らないのだ。
居候の身でそんなことを聞くのも悪いと思い最初のうちは気にしないようにしていたが、時が経ち二人の関係性がはっきりした時に一度聞いてみたことがある。
だが陽橙は「人助け……介護のような感じ?僕もうまく説明できないんだけど。」と濁すように答えたきりでそれ以降は仕事について聞いたことは無い。
聞いてはいけないのだと本能がそう言っているのだ。




