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歪愛  作者: 藤岡
灰月 陽橙
18/35

01

「飛び降りたとみられる男性は────」

男がリモコンを手に取るとテレビ画面に男女が一人ずつ映し出される。

「あ、ごめんね。うるさかったよね。」

男性に申し訳なさそうな顔をし謝る女性。

男性はリモコンをテーブルの上に置くと静かに口を開いた。

「こういうニュースはあまり見ない方がいい。

最近自殺だ殺人だと物騒な事件が多いから目に入るのも分かるけれど、そういったものばかり見ているとまた自分もってなるだろう?」

「……ううん、ならないよ。

私には陽橙(ひとう)くんがいるもん。」

「そう?それならいいけど。」

陽橙は女性の隣に腰をかけるとさらりとした髪に触れる。

紅葉(もみじ)が大切なんだよ。」

「私も陽橙くんが大切だよ。」

二人は目を合わせ抱き合うとそのまま優しく唇を重ねた。

幸せそうな表情を見せる紅葉を愛おしそうに見つめる陽橙。

紅葉が目を瞑り陽橙が再び顔を近付けようとした時、陽橙の携帯電話が鳴り響いた。

「電話鳴ってるよ?」

中々出ようとしない陽橙に声を掛ける紅葉は、陽橙が一瞬だけ見せた悲しそうな目を見逃さなかった。

「ごめん、少し話してくるね。」

陽橙はそう言うと紅葉の頭を優しく撫で自室へと戻っていく。

「……どうして辛そうな目をしていたんだろう?」

──────────────

三年前。

「綺麗だなぁ。」

闇を照らす月の灯りを眺めながら足をプラプラとさせる。

片手は柵を握り、その後ろには丁寧に靴が並べられている。

人通りの少ない時間帯。

しんと静まり返ったこの世界に自分一人しか存在していないような気持ちになる。

甘寧(かんね)紅葉、二十二歳。

二十二年間よく頑張りました。お疲れ様、私。」

紅葉はポツリと呟くと涙を零しながら笑顔で手を離そうとした時、背後から声をかけられた。

「ここで死ぬつもり?」

紅葉は驚き咄嗟に柵を強く握り恐る恐る振り返った。

「キミ、ここで死ぬつもりなの?」

もう一度確認をとりながらゆっくりと紅葉に近付く影は紅葉に鼓動を感じさせた。

「ねぇ?聞いてる?」

「あ……えっと……貴方は?」

「僕はここから見えるマンションに住んでいるんだけど。」

「マンションから見えたから来てくれたんですか!?」

食い気味で話す紅葉に呆気を取られ思わず笑ってしまった男を見て紅葉は恥ずかしそうに目を逸らした。

「見えるわけないじゃん。

眠れないし暇だなって散歩をしに来ただけ。

今日は月が綺麗だなって見上げたらキミが見えたんだよ。」

「あ、そうですよね。すみません、私ったらつい……。」

「ふふ、なんだ。元気そうじゃん。危ないし一回こっちに来たら?」

男は紅葉に手を差し出す。

「立てる?」

紅葉は男の優しい声に聞き惚れ従いゆっくりと立ち上がった。

少しの風に押されれば簡単に落ちてしまいそうな程に幅狭い足場に今更恐怖を感じ始める。

「よいしょっと。」

怯える紅葉を持ち上げ自分の方へと抱き寄せる男は、紅葉と目が合うと優しく微笑みかけた。

月明かりに照らされる二人は見つめ合い、そこから恋に落ちるまでそう時間はかからなかった。

「あの、すみません。ご迷惑をおかけしてしまって。」

靴を履き俯きながら謝る紅葉を見て男が笑い出すと紅葉は驚き顔を上げる。

「はは、別に僕に謝らなくてもいいだろう。寧ろ邪魔をしてしまって悪かったね。

……キミはまた別の場所で同じことをしようと思う?」

男の問いかけに紅葉は声を詰まらせた。

決して簡単に決め実行しようとしたわけではない。

一人で考え、考え、考えた結果なのだ。

こうして助けられる事は想定外だった。

それを避ける為にこの時間帯を選んだまであるのだ。

でもどうしてだろう。

紅葉の心はポカポカと温もりを感じ始めたのだ。

今まで感じたことの無い温もりを。

「分からない。」

「そっか。

……答えたくなければ答えなくてもいいんだけど、どうしてこの決断に至ったの?」

「それは────」

紅葉は幼少期から両親から良い扱いを受けていなかったことを話した。

何をしても否定され、何をしても怒られ、何をしても暴力を受けた。

中学を卒業し逃げるように家を飛び出したが、すぐに警察に保護されてしまった。

どれだけ事情を話そうと警察は取り合ってはくれず、帰るくらいなら施設に入れてくれと頼んでもそれはやんわりと断られ、両親には自分が話したことを全てばらされてしまった。

両親は心配したふりをして紅葉を抱き締め涙を流しその事実は無いと断言した。

「あまりご両親に迷惑をかけないように。」と言ってきた警察の顔は死ぬまで忘れないだろう。

玄関扉が閉まり車が遠ざかる。

何も音が聞こえなくなると紅葉は髪を引っ張られリビングの床へと叩き付けられた。

何を言っているのか、何をそんなに叫んでいるのか聞き取れない。

憎悪に満ちた表情で痛みだけを与えてくる両親が悪魔に見えた。

高校へは行かず朝から夜まで働いた。

稼いだお金は全て両親に奪われた。

賄いとして出される料理が唯一の食事の時間だった。

親しい友人も高校へ進学すると時間が合わず会うことは無くなってしまい、仕事先の人達も何かを感じとっているのか下手に関わろうとはしてこなかった。

家に帰るのが辛い、苦しい、逃げたい、そう思ううちにあっという間に成人し、変わらぬ生活のまま今に至る。

味方は誰もいない、誰かに助けを求めることも出来ない、誰も助けてはくれない。

それならばもういっそ自分でこの人生に幕を下ろそう。

そう思いここまでやってきたのに、どうして。

溢れ出る涙がコンクリートに染みを作り広げてゆく。

また帰らなくちゃいけない。またあの家に。そう思うと震えが止まらない。

やはり、手を離しておけば……後悔が押し寄せる。

「僕がいるよ。」

「えっ……?」

「僕がキミを助けるよ、甘寧紅葉さん。」

「どうして私の名前を……。」

歪んだ視界に映る男は輝いて見えた。

「さっき自分で言ってたでしょ?甘寧紅葉二十二歳って。」

「聞いてたんですね……。」

「いや違うよ。聞いていたんじゃなくて聞こえたの。たまたまね。」

子供のように無邪気な笑顔を見せる男に紅葉はまた心に温もりを感じる。

「……貴方のお名前は?」

「僕は灰月(かいげつ)陽橙。二十四歳。よろしくね。」


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