07
「俺は星那さんの一番になりたいんだ。
でも、星那さんの幸せを壊してしまったという罪悪感もあるし、一緒にはなれないだろうなって。」
しょんぼりとした声で話す桃次郎。
「壊した?相手が勝手に死んだだけでとうくんには関係ないことでしょう?」
「……俺が話さえしなければこんな事にはならなかったよなって思って。」
「ん?とうくんは確かに俺には話しましたけど、向こうの人に話したのは俺ですよ。
だから、壊したのはとうくんじゃなくて俺って事です。」
黄汰はあくまで悪いのは自分であって桃次郎では無いと言い張るが、桃次郎はそれに納得できない様子だった。
「俺だって悪いよ。
あの時はもう気が動転していたというか、冷静に判断出来なくて。
いなくなればいいなんて言っちゃったし……。」
桃次郎の声は更に落ち込みを見せる。
「……で、まとまった考えっていうのは、その後悔していることについてですか?」
「それもあるし、これから星那さんに対して伝える言葉とか、俺の気持ちとか。」
「聞かせてもらえますか?」
「うん。……怒らない?」
怒らない?という言葉が引っかかった黄汰は、桃次郎の落ち込みようと自責の念から嫌な予感がする。
「え?怒るようなことなんですか?全然分からないんですけど。」
すっとぼけたように返事をする黄汰に返ってきたのは、長い沈黙と聞きたくない言葉であった。
「死のうかなと思って。」
「……え?
すみません、俺の聞き間違いじゃ無ければ死って聞こえた気がしたんですけど、違いますよね?」
「合ってるよ。」
先程までとは違い芯のある声で返す桃次郎。
覚悟を決めているんだと察した黄汰。
それでも、そうですか。と簡単に納得をすることは出来ず、なんとか考えを改めてもらえないか?と思考を回転させる。
「駄目ですよ、とうくん。
それじゃあなんの意味もないじゃないですか。」
時間を稼がなければならないと考える黄汰に対し、桃次郎は淡々と話す。
「でもさ、目の前で人が死んだら忘れられなくない?
元から死んでいた人を見るよりも、生きていた人間が目の前で自分を想いながら死ぬって、忘れられないよね?」
桃次郎の考えに黄汰は思考が停止した。
自分の想像を上回る考えに驚いたのだ。
どうして死という選択肢が出てきたのか理解が出来なかったが、この言葉を聞いて少し理解出来てしまった自分が嫌になる。
最愛の人は婚約者と死別をし悲しんでいる。
死という壁を乗り越えなければ、婚約者との記憶を上塗りできないと考えたのだろう。
そこから考えをふくらませた結果が、目の前で生から死を。
なんて事を考えるんだと思う反面、感心もしている。
そこまでして誰かの一番になりたい、そう強く思う気持ちだけは嫌という程理解が出来るから。
「……まぁ、確かに。
でもだからといってその選択をするのは俺が悲しいですよ。」
「でもここまでしてやっとあの人を上書きできる気がするんだよね。」
「婚約者ですか?でもそんな事しなくても……。」
黄汰は必死に考えた。
これを上回るほどの愛の伝え方を。
自室に連れ込み世話をすればいい、と自分と同じような愛情表現を提案することも出来たが、桃次郎の性格からしてそれは嫌だと否定されるだろう。
じゃあ他に良い案があるか?と聞かれれば、それは無い。
「でね、おーちゃんに頼みたいことがあるんだよ。」
「なんですか?」
黄汰は恐る恐る返事をした。
死を覚悟した人間からの頼みごと。
遺体の回収?手伝い?なんだ?
黄汰は何を言われるのか?と少しの恐怖を胸に返事を待つ。
「俺が死んだあと、おーちゃんの気が向いた時でいいから星那さんに連絡してくれない?」
申し訳なさそうに話す桃次郎。
想い人への連絡をしてくれという頼み事を聞き、黄汰は桃次郎の歪んだ愛情に思わず笑がこぼれた。
「……ずるい人ですね、本当。
共通の知人からの連絡ってだけで嫌でも思い出す。
それによって記憶から薄まることは無い。
そこまで考えてたんですか?」
「よくわかったね。
たださ、おーちゃんが面倒になったら辞めていいからさ。」
「面倒とかは無いですけど。
そもそも俺はとうくんが死ぬってことにまだ納得はしてないんですけどね。
他のやり方考えましょうよ。」
そこまでの覚悟が決まっているならもう何を言っても考えが変わることは無いだろう。
そう半ば諦めながらも少しでも望みがあるのならばと黄汰は再び引き留めようと試みたが、桃次郎はそれにイエスを出してはくれなかった。
「……こんなこと頼めるのおーちゃんしかいないからさ。よろしくね。」
もう決断しているのだ。
誰に何を言われようと変わることは無い。
黄汰はこれから桃次郎を失うのだと思うと胸が締め付けられ、とても悲しくなった。
だが、そんな大切な人が人生を賭けた決断を下したのだから、応援してあげるのが良いのだろうと引き止めたい気持ちを押し殺す。
「はぁ。はいはい、分かりましたよ。
まったく……歪みすぎですよ。」
「ははは、それはおーちゃんに言われたくないよ。」
笑う桃次郎の声はどこか寂しそうで、嬉しそうで、どちらとも取れる声に黄汰は頭を悩ませる。
この電話を切ればもう二度と会うことも話すことも無いのだろう。
桃次郎が最期に見る顔は星那で、最期に聞く声も星那で、最期に愛した人も星那になる。
それでいい。嫌だけれど、それでいいんだ。
「本当に嫌ですけど────」




