06
桃次郎の動きがスローに見える。
「桃次郎くん!!」
ハッとした星那が名を叫び手を掴もうとしたがそれは空を切っただけであった。
ドンッと大きな音が響く。
人の叫び声が聞こえる。
恐る恐る下を見ると、地面に横たわる桃次郎が見え星那はその場にへたり混んだ。
暫くするとサイレン音が鳴り響き、そこから暫くしてインターホンが鳴る。
警察から事情を聞かれている間も星那は上手く言葉を発することが出来ず、綺麗な瞳からは徐々に光が失われていった。
桃次郎はすぐに病院に運ばれ死亡が確認された。
星那は枯れるほどに涙を流した。
星那の周りで立て続けに男性が死亡したことから、事件に関与しているのではないか?と疑う人が増え始める。
世間のそんな声は星那の家族や友人も苦しめる結果となり、全て自分が悪いのだと自分を責める日々が続く。
目を閉じると桃次郎の顔が浮かび上がり眠れない。
家を引き払い実家に帰ったはずなのに、あの家にいるような感覚に陥り、あの日の桃次郎を思い出してしまう。
いつもと違った。
嫉妬だなんだと言っていたが、それ以外にも何か抱え込んでいるような感じにも見えた。
それが何なのかは今となっては分からない。
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あの日から一ヶ月、三ヶ月と流れるように時は過ぎ、気が付けば半年という時を経ていた。
彼よりも桃次郎の顔を思い出すことが多い。
声はもう分からないが、桃次郎に似た声が聞こえると全身の震えが止まらなくなる。
仕事を辞め病院に通いカウンセリングを受けるものの、一向に良くなる気配は無い。
このままでは駄目だ。
そう思ったある日、星那の携帯電話が鳴った。
着信画面を見て一度画面を閉じたが、このままではいけない。そう思ったところでしょ。と自分に言い聞かせ、震える指先で画面に触れた。
「もしもし。」
驚く程に震えている自分の声。
「もしもし。お久しぶりです。黄汰です。」
「久しぶりだね。もう連絡先消されていると思ってたよ。」
平然を装うが、きっと黄汰にはバレているんだろうなと思う。
「消しませんよ。……あの、今お時間大丈夫ですか?」
「うん。桃次郎くんの事だよね?」
「……はい。」
黄汰の声色が変わる。
泣くのを堪えているような僅かに震える声に星那の心が締め付けられる。
「黄汰くんと桃次郎くん仲良かったもんね。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
あの時私がもっと早く動いていたら……本当にごめんなさい。」
「そんな謝らないでください。
星那さんのせいじゃないでしょ。
とうくんが自らの意思で飛び降りた、俺は分かっていますよ。」
「でも、私の部屋であんな……。」
「沢山の人に疑われ、ある事無い事好き勝手に騒がれて疲れているんじゃないかな?と思って電話をしただけで、別に星那さんを責めようとかそういった気持ちは無いので、もう謝らないでくださいね。」
「……有難う。」
星那は溢れ出る涙を拭う。
「ほーんと、世間は憶測で好き放題言い過ぎですよね。
俺もちょくちょくやられるんで気持ちは分かるつもりです。
もし、そういった声に悩んでいるなら出来る限り気にしないようにした方がいいですよ。
何か気を紛らわせたりして。」
「うん、有難う。でもそこは大丈夫。
あまりテレビもネットも見ていないし、人と話すのも家族と離れなかった友人とだけでそういった話は出てこないし。」
「そうですか。
……無理かもしれませんけど、あまり気を落とさないでくださいね。
とうくんを失ったのは正直とても辛いし、久々に仕事も休んじゃいましたけど。
でも、そこまでする程に星那さんを愛していたという事だけ覚えていてあげてください。」
「…………うん。」
「汚いやり方ですけどね。
星那さんからしたらたまったもんじゃないですよね。
……とうくんって人に対して凄いポジティブ思考で、明るい言葉をかけてくれたり、負の沼から引きずり出してくれたりするんですけど、自分の事となるとすっげぇマイナス思考になっちゃう人で。
今回もマイナスにばかり考えちゃったのと、慣れない恋愛絡みで不安定になっちゃったのかもなと思ってたんですよ。
実際はどうだったのか分かりませんけど。」
「……うん、分かってるよ。
あの日の桃次郎くんはいつもと少し違ったというか。
冷静に落ち着いて話せばきっと……そう思ったけど、気付いたらあんな事になっちゃってて。
年上の私がもっとしっかりしていればあんな事にはならなかった。
メッセージも返していれば、電話も出ていれば、あの時に結婚報告をしなければ、一番になれると嘘でも言っていれば……後悔しかないよ。」
「……俺も後悔している事があります。
俺が忙しくしているからと思って連絡頻度を減らしたって事に気付いていながら俺から連絡しなかったんです。
単純に忙しいのもあったんですけど、まあまたすぐ会えるだろうって思ってて。
寂しがり屋なのを知っているのに、放ったらかしちゃったんです。
今俺がこの世界で歌えているのはとうくんのおかげなのに、少し雑になっちゃったんです。
もっと連絡していればとか、ご飯に誘っていればとか考えちゃいます。
はは、でもあんまりこうやって落ち込んでいると叱られそうなんで考えない努力もしているんですけど。」
「…………。」
星那は再び溢れ出る涙で言葉を発せずにいた。
「多分……ですけど、星那さんが落ち込んだままだととうくんも報われないです。
むしろこんな事をした俺を嫌ってくれとか恨んでくれと思っているはずです。
余計なお世話かもしれないですけど、それでも考えてしまって苦しくなっちゃったらいつでも連絡してください。
俺と星那さんはとうくんの友達ですし、とうくんの事での悩みならきっと俺が一番話しやすいでしょう?」
「うん、うん。有難う。本当に有難う。」
「じゃあ俺はこの後仕事があるので。
突然すみませんでした。
……星那さんと話せて良かったです。」
「私も、黄汰くんと話せて……良かった。」
「はは、本当ですか?嬉しいです。
本当いつでも連絡くださいね。返せる時すぐに返しますし、星那さんが良ければご飯とかも行きましょう。」
「うん、有難う。」
「じゃあまた。」
「うん、またね。」
星那は通話を切ると声を上げて泣き叫んだ。
黄汰と話すことにより、まだあの店に黄汰が居た時のことを思い出してしまったのだ。
仲良さそうにニコニコと笑う桃次郎と黄汰。
きっと自分よりも辛い思いをしているであろう黄汰に気を遣わせた事に対する情けなさと、あの時に戻りたいと思う強い気持ち。
星那は声が枯れるまで泣き続けた。




