04
「次のニュースです。
本日未明、──区内のマンションの一室で男性の遺体が発見されました。」
星那に看病をしてもらったあの日から数日後。
とある男性の遺体が発見された。
第一発見者は交際相手の女性だった。
男性は首を複数回刺された後があり、抵抗したのか部屋も荒れていたとのことだ。
警察は防犯カメラから犯人を特定し逮捕に至った。
犯人は「誰でも良かった。だから町でたまたますれ違った男性に目をつけ襲った。」と供述しており、これにより自分じゃなくて良かったと安堵する者が多く存在した。
第一発見者である恋人は憔悴状態である、とも報道され可哀想だと言う人が沢山居たがそれも数日経てば誰も話題にすら出さないのである。
桃次郎から星那に送られたメッセージは既読がつかないまま、また数日経過する。
あの事件以降星那が店に顔を出すことも無ければ、メッセージも返さず電話にも出ない。
でもそれでも桃次郎は苛立ったりはしない。
この世で最も邪魔だった人間が消えた喜びが大きいからである。
あの日以降不調を感じることが無くなったのだ。
何度もあのマンションの下まで足を運んだ。
ここはやはり星那の家らしい。
ニュースで言っていたマンションからは少し離れた場所なのだ。
「人から恨みを買うような人ではない。」
インタビューに答えていた男性の友人の言葉を聞いて桃次郎は声を出して笑った。
さて、どうやって星那に近付こうか?と考えている時携帯電話の液晶におーちゃんと表示される。
携帯電話を手に取り通話ボタンを押した桃次郎はまだ不気味な笑みを浮かべたままだった。
「もしもし。」
「とうくん今大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。」
「良かった。
幼なじみにとうくんの恋の話をしたら、横取りはいけないって言い出して。
はは、黄汰の友達なら幸せにならないとって。」
「有難う。
でも今はまだ星那さんから連絡が返ってこなくてさ。」
「まあ、あんな事があればすぐには立ち直れないかもしれないですね。
でも、今こそチャンスなんじゃないですか?」
「チャンス?」
「だって、今が一番繋ぎやすいじゃないですか。」
「……そうかな?でもどうやって?」
「家に行っちゃえばいいんですよ。」
「俺が家を知ってるって事を星那さんは知らないからなぁ。」
「今そこに疑問を持てるほど冷静でもないでしょ。
それに、同じように考えてる男が他に居ないとも言いきれないですよ。
とうくんも、二回も横取りされたら嫌でしょ。」
「……そうだね、うん。そうだ。
俺星那さんの所に行ってみるよ。
あ、そうだ。考えが纏まったよ。」
桃次郎は黄汰に自分の気持ちを伝えると、黄汰はそれに対し渋った答えを出したが、桃次郎の考えを変えることは出来ないと悟り仕方なく頷くことにした。
「本当に嫌ですけど、でもそれがとうくんが出した最適解って言うなら俺は応援するだけです。
でももしまた気が変わって人の手が必要となれば言ってください。
せきくんも協力してくれます。」
「うん、ありがとう。
……おーちゃんの幼なじみにも伝えておいてくれる?」
「はい!じゃあ俺は今から彼女をお風呂に入れてあげないとだから。
……上手くいくことを願っています。」
「本当に有難う。じゃあまたね。」
「はい、じゃあまた。」
桃次郎は電話を着るとすぐに家を出て星那の家へと向かった。
──────────────
桃次郎はマンションポストの前に立っていた。
「華園……華園……。」
指を指し一つずつ確認していく桃次郎は、華園と書かれたポストの部屋番号を見るとエレベーターに乗り込みボタンを押す。
ドキドキと胸が高鳴るのは会える喜びから来るものである。
エレベーターが到着し扉が開くと小走りで星那の部屋を目指す。
もし星那以外の人がいたらどうしよう?
もし星那が家を知っている事に不信感を抱いたら?
また疑問が浮かび上がるがそれよりも顔を見たいという気持ちが強く、気付けばインターホンを押していた。
「……はい。」
弱々しい声が聞こえる。
「あ、あの、桃次郎です。」
緊張からか少し上擦る声。
「え?桃次郎くん?」
「はい。少しいいですか?」
「今はちょっと……また電話するね。ごめんね。」
「星那さん!少しだけ、少しだけなんで。」
インターホンを切られると察した桃次郎は大きな声で話しかけた。
「わ、分かったから。ちょっと待ってね。」
星那は困ったような声でそう言うとインターホンが切れ、数秒経つとガチャリと鍵が開く音がした。
「……何かな?」
扉を少し開け顔を覗かせた星那の顔色は悪く、少し窶れたように感じる。
「やっぱりあの事件って星那さんの……?」
「うん。だから本当にごめんね。今はそっとしておいてほしいの。
わざわざここまで来てくれてありが───」
星那は言葉の途中バッと顔を上げ桃次郎を見ると、桃次郎はニタリと笑いドアに手をかけ足を捩じ込んだ。
「少しお邪魔してもいいですか?」
「いやだ、やめて!
どうして桃次郎くんが私の家を知っているの?
どうしてあの事件が彼の事だと分かったの!?」
叫ぶ星那の口を手で押さえドアを開いた桃次郎はそのまま家の中に入り鍵を閉める。
「なんだ、星那さん元気じゃん。」
口を押えたまま押し倒した桃次郎の心は、怯える星那の目を見てまたドクンと大きな音を立てる。
「そんなに暴れないでよ。」
桃次郎はもう片方の手で星那の両腕を掴み顔を近付ける。
「星那さん、やっとこの距離で話せた。」
「んん!んんぅう!!!」
「何言ってるのか分からないよ。」
「んんん!!!」
「……大きな声出さないでね。分かった?」
星那が頷くと桃次郎はそっと手を離す。
「誰か!!助け───」
頬に強い衝撃が走る。
熱を帯びじわじわと広がる痛みと鉄の味。
「大きな声出さないでって言ったじゃん。」
星那が理解する前に桃次郎は星那の腕を引き摺り廊下を歩く。
背中が擦れる。どれだけ暴れようと逃れられない。
「へぇ、星那さんもワンルームなんだ。
……このソファの上にあの人も座ったの?」
桃次郎は星那をソファの上まで引き摺り、隣に並ぶベッドを見てため息をつく。
「ここであの男とセックスしたんだ?
この部屋であの男にも料理を振舞ったんだ?
ただいま、おかえりなんて新婚みたいに言い合ってたのかな?
ははは、いいなぁ、俺も星那さんと新婚ごっこやりたいな。」
「と、桃次郎くん?どうしたの……?」
怯えきっている星那は頬を押さえたまま涙を浮かべる。
「どうもしないよ。
ただの嫉妬かなぁ。男の嫉妬なんて醜いよね。」
「嫉妬……?」
「まだ分からない?
俺はずっと星那さんが好きだったんだよ。
今もこうして嫉妬する程には好きなんだよ。」
「え?」
星那が目を丸くするとそれを見た桃次郎はケラケラと笑う。
「全然気付かなかった?」
星那が頷くと桃次郎は少し落ち込んだような顔をし寝転ぶ星那の上に跨った。
「星那さん、好き。」
ドクン ドクンと波打つ鼓動が桃次郎の息を上げる。
「一回落ち着こう。ね?」
「俺は落ち着いてるよ。」
真っ直ぐに見下ろす目は今までの桃次郎とは思えないほどに冷たく、星那は鳥肌を立てた。
「ねえ、星那さん。」
桃次郎は星那に抱き着き首元に顔を埋める。
「あの男が一番なの?俺じゃダメなの?」
「え、きゅ、急にそんなこと言われても……。」
星那は抑え込まれ動けない。
ドクドクと伝わる早い鼓動と首にかかる荒い息。
「俺は星那さんじゃなきゃダメだよ。星那さんがいいよ。」
「有難う。でも私は今そんな事を考え───」
「そんな事?」
星那は空気が変わったことに気付く。
ゆっくりと離れる桃次郎。
星那の視界に映る桃次郎の顔は今まで見たことの無いような表情をしており、怒っているとも悲しんでいるともとれるなんとも言い難いものだった。
「俺は、星那さんさえいればそれでいい。
俺は、星那さんの一番になりたい。
俺は、星那さんの記憶に一番濃く残りたい。
俺は、星那さんを独り占めしたい。」
「と、桃次郎くん……。」
「でもきっとそれは出来ないんだ。
記憶に残るあの人が消えることは無いんだ。
こうして何日も悲しませ続けられるほどにあの人との思い出があるんだよね。」
桃次郎は立ち上がるとキッチンへと向かう。
自由になった星那が痛む体をゆっくり起こすと、包丁を片手に虚ろな目をする桃次郎が立っていた。
「桃次郎くん……危ないから辞めて。」
桃次郎はブツブツと何かを言っている。
「桃次郎くん!一回落ち着こうよ。ね?ちゃんと話そう?」
「…………………。」
「桃次郎くん!!」
星那は立ち上がると桃次郎に駆け寄り包丁を持つ手を握る。
「これ渡して?危ないよ。」
ガッチリと掴まれた包丁を取り上げることが出来ず焦る星那は、ブツブツと呟く桃次郎の言葉を聞いて一歩下がった。
「忘れられない思い出を作ろう。何がいい?ああ、死のう。死んだら忘れられない。目の前で。でも一緒がいい。忘れられない思い出を作ろう。何がいい?ああ、死のう。死んだら忘れられない。目の前で。でも一緒がいい。忘れられない───」




