01
「黄汰くんが人気者になっちゃって寂しいんじゃないの?」
「いやいや、嬉しいですよ。
寂しいのは星那さんの方じゃないんですか?」
「少しね。
でも桃次郎くんの方が寂しいのかなって思ってたから意外だなぁ。」
星那が数着の服を渡すと桃次郎はそれをレジに通しながら話し続ける。
「そりゃまぁ……前みたいに会えないし、忙しそうだから誘うことも出来ないし寂しいっちゃ寂しいですけど、それよりもやっぱり嬉しいって気持ちの方が強いですね。」
桃次郎は丁寧に服を畳むと取り出した袋に入れていく。
「この店も黄汰くんの元バイト先って知られてから忙しそうだし、なんだか居場所まで奪われたような感じ。」
星那は桃次郎に背を向けると服を選ぶ人々を見た。
十代から二十代の女性が多く足を運ぶこの店は、元バイト店員の黄汰のファンが殆どであり、店の前で写真を撮ったり店内に飾られた黄汰のサインを見て騒ぐ者が多く、店員からすれば迷惑客でしかないのだ。
それと同じように、黄汰がバイトをしていた時既に常連客となっていた星那にとっても居心地の良いものでは無かった。
仕事を終え帰宅した桃次郎は明かりを灯しテレビをつけると買い物袋を床に置いた。
「白風黄汰さんのライブ映像を入手しました。」
テレビから聞こえた言葉に反応し振り返ると画面には楽しそうに歌う黄汰の姿が映し出されていた。
客席は満員でその場にいる人は皆黄汰の歌声に聞き惚れている。
「おーちゃんは凄いなぁ。」
桃次郎は床に座るとじいっと画面を眺め続けた。
中学生の時に知り合った二人はすぐに意気投合した。
一つの年の差は気にならなかったし、なんなら同級生よりも気が合うと思っている。
黄汰の歌を、演奏を誰よりも近くで誰よりも早く聞いていたのは桃次郎なのだ。
寂しいんじゃないの?と聞かれた時、思わずはぐらかしたがきっと誰よりも寂しがっている。
でも嬉しいと思う気持ちも嘘では無い。
前よりも連絡を取っていないし、勿論前のように簡単に会うことも出来ない。
黄汰だけが前に進み、自分はずっと同じ所で足踏みしている状態。
隣で笑っていた人の小さくなる背中を見て寂しさを感じているだけだ。
黄汰の映像から別の映像へと切り替わるとテレビの電源を落とした。
暗くなった画面に映る桃次郎の顔は疲れきりどこか虚ろな瞳をしている。
「早く寝なきゃ。」
床に置きっぱなしにしていた袋を手に取り小さな冷蔵庫を開き買ってきた飲み物を入れるとそのまま浴室へと向かう。
シャワーを浴び目を閉じると自然とこぼれ落ちる涙。
桃次郎はシャワーを手に持ち顔に当て何度も強く擦った。
「泣いてない。泣いてない。」
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「紫扇くん、ちょっといい?」
土砂降りの日。
客が全くと言っていいほど顔を出さず時間を持て余していた桃次郎は店長に呼ばれスタッフルームへと向かった。
「どうかしました?」
「白風くんのことなんだけど。」
桃次郎は黄汰のファンの事で何か困ったことがあるのか?と思ったが、それを口に出さず店長の次の言葉を待つ。
「最近出した新曲は聞いた?」
「恋愛ソングですよね?聞きましたよ。」
「あの曲、白風くんっぽくないと思わない?」
「……そうですか?俺はそう思いませんでしたけど。」
「そう?
一番仲が良かった紫扇くんが言うなら僕の勘違いかもしれないけれど……少し気になってね。
相当忙しいみたいだから少し病んでしまっているのかな?なんて思っちゃって。」
店長は気まずそうに笑みを浮かべる。
「はは、どうだろう。
俺も最近は連絡を取っていないし、どういう状況なのかとかもよく分かってはいませんけど。」
桃次郎はこれ以上この話題を膨らませまいと別の話題を振った。
それを察したのか店長はこれ以上黄汰について話すことは無く、たわいない会話を少しすると桃次郎にそのまま休憩に入るように伝えスタッフルームを後にする。
‘’愛しい人よ。消えないで。
キミがいないと寂しくて。
粉々に砕けた心は戻らなくて 哀しくて。
こんな思いをするならば 強くその手を掴んでいよう。
繋がれた鎖は僕とキミの赤い糸。
愛しい人よ。そばにいて。‘’
黄汰が出した新曲のサビを思い出し桃次郎はうーんと考える。
普段は前向きであったり明るい曲調のものが多かったため、少し暗めのバラードで恋愛絡みという今までとは少し違った雰囲気の曲に違和感を覚えた人は店長だけでは無いだろう。
この曲を出す前に、恋愛ソングを作りたい。とインタビューで答えていたのも話題になっていた。
もし誰かと恋に落ちこの詩を書いたというのなら、黄汰がその人を愛している事が伝わる。
偶然に出会いそのまま恋に落ちた二人のストーリー。
この歌を好きだというのは女性の方が多く、男性ファンからはあまり好評では無いイメージはあった。
だが、桃次郎はこの歌が好きだった。
黄汰の曲だからか?と聞かれれば頷く。
だがそれだけでは無い。単純に共感したからだ。
黄汰がデビューする前に彼女だった女性二人と会ったことがある。
二人共明るくて笑顔が素敵な年上の女性だった。
どこで知り合ったのか?という問い掛けに黄汰は先輩からの紹介と答えた。
名前を言われなくともその先輩が誰なのかすぐに分かった。
あまり関わりを持たない方が良いとされる人である。
桃次郎もその先輩の事を知っている。
地元では恐れられており、どうして捕まっていないのか?と疑問に思うほど悪い噂しか聞かない人だ。
そんな先輩と黄汰が幼なじみだという事を知っているのはきっと桃次郎だけだろう。
新曲を聞いた時、もしかして?とその先輩の顔がチラついたが、今こうして表舞台で活躍する中わざわざ絡む必要も無いだろう。
そう思った桃次郎は、黄汰に連絡する手を止めたのである。
幸せになってほしい。
そう思う反面心配する心もそこにあった。
なぜなら、会ったことがある黄汰の元彼女の二人はもうこの世にいないからである。
厳密に言えば、一人はある日突然死を遂げ、もう一人は今も行方が分かっていないのである。
これを知るのも桃次郎だけである。
一人の死は黄汰から悲しげに告げられた。
「少し目を離した隙に死んでしまった。あの人は俺と一緒に居ることよりも自死を選択したんだ。」
そう話す黄汰の声は震えており、綺麗な涙を流していた。
それから一年ほど経ち次の彼女と出会った。
だがその彼女も数ヶ月後には行方不明になってしまった。
立て続けに愛する人を違った形で失い悲しんでいると思った桃次郎は黄汰の家を尋ねたが、黄汰の顔を見て桃次郎はかける言葉を失った。
「どうしたの?とうくん。」そう言って出迎えた黄汰は満面の笑みを浮かべており、どこにも悲しさや寂しさを感じ取れなかったのだ。
演技をしているのか?とも思ったが、それはあまりにも自然であり、演技にしては上手すぎたのだ。
桃次郎は黄汰に彼女の事は聞かず、「たまたま近くに寄ったから。」と嘘をつき軽く世間話をしてその日は別れを告げた。
見送る黄汰は変わらず幸せそうに笑っており、「気を付けてね!」と叫ぶその声は嬉々としていた。
それ以降黄汰から彼女が出来たと聞かされることはなく、ひたすらに音楽に打ち込む姿を見続けた。
人の恋愛に口を出すのも違うと思い桃次郎はその二人の女性の事を奥深くにしまい込んだ。
だが、新曲を聞きその二人のことを思い出してしまった。
胸騒ぎがしたのは、今もし新しい彼女が出来たのならば、また失ってしまうのではないか?と思ったからだ。
黄汰からすれば余計なお世話だろうが、一番近くで見てきた桃次郎にとって気にせざるを得ないのである。
唯一安心出来る要素と言えば、きっと新しい人はあの人絡みの女性では無いだろう。と思える事だ。
過去を思い出しグルグルと色んな思いが巡る中、黙って応援しよう。という答えに辿り着く。
それにもう、あの時とは違い黄汰の周りには頼りになる大人が多く存在するし、黄汰は煌びやかな世界にいるのだ。
あの二人のように桃次郎だけに話す人ではない。
こうして曲にするという事は、少なからず黄汰のファンは曖昧ながらも認知することになる。
多くの祝福を受け幸せに暮らす。
黄汰にはそうなる権利があるのだ。
過去を知っているのは桃次郎だけ。
だからこそあの詩の意味が分かる。
黄汰はきっとあの二人の事を忘れられないでいる。
忘れられなくて当たり前だ。
彼女からすれば不快かもしれないが、多分少しでも重ねてしまっているのだろう。
消えないで、そばにいて、という詩は絶対とは言いきれないがきっと、消えてしまった二人を思い出し書いたのだろう。
と、勝手な解釈をし当時の黄汰を思い出し共感したのだ。
知らない人が聞けば愛が重いタイプだと思われるだろう。
でも、そうなってしまうのも無理は無い。
桃次郎は失い悲しみの涙を零した黄汰を思い出し胸がギュッと締め付けられる。
二人目の時はきっと、どこかで生きていると信じているからこそ笑顔だったのだろうと思う。
そう思わなければ、不自然すぎたから。




