幕間 理沙の独白
……はあ、息が上がってる。こんなに走ったの、部活やってない私でも久しぶりだよ。菫の後ろ姿を見ながら、桐野先生の横を並んで走る。街の通りはもうめちゃくちゃで、壊れた車が転がってるし、遠くからゾンビのうめき声みたいなのが聞こえてくる。菫の能力で先の危険を察知してくれてるから、何とか避けられてるけど……いつまで持つか、心配だ。
菫。山野菫。私の幼馴染で、親友で、まるで双子の姉妹みたいに育ってきた子。彼女の姿を見てるだけで、心がふわっと温かくなる。いつも小柄で華奢で、制服のスカートが膝丈で揺れて、茶色の髪が背中に優しくかかる。あの純真無垢な顔立ち、甘くて幼い目鼻立ちなのに、整ってるんだよね。絵本の中のお姫様みたいだって、昔から思ってた。
小学校の頃から、菫の隣にいるのが当たり前だった。両親の事故で二人とも学園長さんに引き取られて、寮で一緒に暮らすようになってから、もっとそう。菫は勉強が得意で、私の苦手なところを教えてくれる。運動神経は悪くないって言うけど、自分じゃ気づいてないみたいで、いつも私に頼ってくる。クラスメイトからはマスコットみたいに可愛がられてて、私もそれを見て微笑ましいと思ってた。
でも、ある時気づいちゃったんだよね。この気持ち、ただの憧れとか、家族みたいな愛情じゃなくて……もっと違う。恋愛感情だって。
いつだったかな。去年の夏休み、寮の部屋で二人でアイス食べてた時。菫が本を読んでて、突然顔を赤くしてクッションに顔を埋めたんだ。「どうしたの?」って聞いたら、恥ずかしそうに本を隠そうとする。無理やり覗き込んだら、ファンタジー小説で、侍の女の子が貴族のお嬢様を護衛する話。最終的に二人が恋人になって、キスするシーンだって。
私は冗談めかして、「へえ、女の子同士の恋愛か。菫、どう思った?」って聞いた。菫はもっと顔を赤くして、「わ、わからないけど……こんな素敵な恋愛、してみたいかも」って小さな声で言ったんだ。あの時の菫の表情、忘れられない。純真で、憧れの目をしてて、私の胸がドキドキした。
それからだよ。自分の気持ちに気づいたのは。菫の笑顔を見るだけで、胸が熱くなる。彼女の髪を触りたくなる。抱きしめたくなる。でも、私も菫も女の子だよ? そんなの、普通じゃないよね。世間じゃどう思われるかわからないし、何より、菫に伝えたら……これまでの関係が壊れちゃうかも。幼稚園からの付き合い、双子みたいに育った絆が、ぱっと崩れるのが怖い。
前に、女の子同士の恋愛について、もっと探ってみたことあった。菫に直接聞くのは怖くて、ネットで調べてみたけど、寮のネット制限が厳しくてあんまりわからなかった。ただ、菫のあの答えが頭に残ってる。「素敵な恋愛をしてみたい」って。女の子同士がわからないって言ってたけど、憧れてるみたいだった。それに、迷うよね。私みたいな、身体能力だけが取り柄の、勉強苦手な子が、菫みたいなふんわりしたお姫様に恋をするなんて。
今、このゾンビパニックの中で、そんなこと考えてる場合じゃないのに。学校から脱出して、病院目指して走ってるのに。桐野先生が先頭で道案内してくれて、菫の能力でゾンビを避けられてるけど、いつ死ぬかわからない。昨日、クラスメイトの何人かが噛まれて、変わっちゃった。あの光景、忘れられない。菫の目が涙でいっぱいになって、私がバットで……。
もし、私や菫が、想いを伝えられずに死んじゃったら? そんなの、悔しすぎる。菫の能力、常時は5メートル以内だけど、広げすぎると電池切れみたいに疲れちゃう。理沙、私の身体能力で守らなきゃ。でも、心の中はぐちゃぐちゃだ。
あのファンタジー小説の話みたいに、私が菫の護衛になって、恋人になれたら……なんて、夢みたいだけど。菫は読書が趣味で、そんな世界に浸ってる。私も、菫の隣で一緒に本読む時間が好きだった。寮で、菫が和食作ってくれて、私が洋食作って、二人で食べる。あの日常が、戻るのかな。
怖いよ。告白なんて、したら菫が引いちゃうかも。女の子同士で、そんな感情持ってるなんて、変だって思われるかも。でも、菫の答え、あの時みたいに「素敵」って言ってくれたら? 迷うけど、この状況で、もし脱出の目処がついたら……告白しよう。
そうだ、無事に街から脱出できて、日比野学園長さんと再会したら。学園長さん、親代わりみたいに私たちを見てくれてる。あの人の前で、菫に伝えるよ。「答えを聞かせて」って。菫、私の気持ち、受け止めてくれるかな。恋愛感情だって、わかってくれるかな。
はあ、息が切れてきた。菫が振り返って、「理沙、大丈夫?」って心配そうに言ってる。あの声、優しい目。好きだよ、菫。絶対、守るから。脱出して、伝えるから。
胸の中で、決意が固まる。ゾンビの影が近づいてくるけど、私のバットがある。菫の能力がある。桐野先生の知恵がある。行こう、病院まで。菫を絶対に守る!