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脱出の第一歩と再会の希望

 

 学園長室の空気が、決意の熱で熱くなっていた。

 私は、理沙と目を合わせて強くうなずく。

 自分たちを育ててくれた優しい日比野さんの声が、私の心に火を灯した。

 

『3日以内に、総合病院のヘリポートへ。絶対に、生きて会いに行くんだ……!』 

 

 純真無垢な私の心は、恐怖で震えていたけど、理沙の力強い手と日比野さんの言葉が、それを勇気に変えてくれた。

 私の超能力――念動力と360度の空間把握能力――は、理沙以外には秘密。

 日比野さんにも、誰にも話していない。この力で、理沙を守り、脱出する。それが私の決意だった。

 

「よし、菫。行くぞ!」

 

 理沙が棘バットを握り、ソファと机で作ったバリケードをどかし始めた。

 彼女の手には、職場体験で訪れた金属加工工場の職人からもらった、ステンレス製の一体鋳造の棘つきバット。

 鋲まで完璧に成型されたそのバットは、見た目以上にずっしりと重い。

 それを、理沙はまるで木の枝のように軽々と持つ。

 もう一本は、学園長室の隅に「予備」として隠してあったものだ。職人が「理沙なら使いこなせる」と笑って渡したと聞いたとき、彼女の身体能力のすごさに驚いたけど、今はその力が頼もしい。

 

『理沙なら、ゾンビだらけの道を切り開いてくれる……』

 

 私は、部屋の壁に飾ってあった短い槍を手に取った。美術品として置かれていたけど、ずっしりとした重さと鋭い先端は、ただの飾りじゃないことを物語る。

 

『これなら、私でも戦えるかも……』 

 

 気弱な私が握るには少し心許ないけど、理沙がいるから大丈夫――そう信じたかった。

 能力のことは、誰にも知られちゃいけない。理沙との秘密を、胸にしまって。

 

「菫、準備できた? 私の後ろにいてね。危なくなったら、すぐ教えて!」

 

 理沙がバットを肩に担ぎ、先頭に立つ。私はうなずき、念動力のレーダーをそっと展開する。普段より広い範囲の空間情報が、頭に鮮明に浮かぶ。

 廊下の埃、壁のひび、遠くのゾンビの呻き声――死角も、壁の向こうも、すべて見える。

 でも、能力を使っていることは悟られないよう、平静を装った。

 

『怖いけど……行かなくちゃ。日比野さんが待ってる!』 

 

 私は槍を握りしめ、理沙の後ろについた。

 廊下は静まり返っていた。窓から差し込む朝日が、床に長い影を落とす。遠くでゾンビの呻き声が響くたび、私の心臓が跳ねる。

 

『落ち着いて、菫。能力でしっかり見るんだ……』 

 

 死角や壁の向こうを探りながら、理沙の背中にぴったりついていく。理沙はバットを軽く振りながら、慎重に進む。彼女の背中が、まるで盾のようで、私の気弱な心を支えてくれる。

 玄関に向かって歩いていく途中、用務員室の前を通った瞬間、レーダーに反応があった。

 ゾンビとは違う――明らかに人間の動き。体温、息遣い、微かな足音。

 

『生きてる人……! 誰?』 

 

 私の心が一瞬高鳴る。でも、能力のことは言えない。どうやって説明しよう? 私は慌てて言葉を探した。

 

「理沙、待って! 用務員室に、誰かいる……ゾンビじゃない、たぶん人間だよ!」

 

 理沙が振り返り、目を細める。「たぶん?」と聞くような視線に、私はごまかすようにうなずいた。『ごめん、理沙……秘密、守るよ』 理沙はバットを構え、用心深く扉に近づいた。

 

「誰かいる!? 出てきて! 私たち、敵じゃないよ!」

 

 理沙が扉越しに声をかけると、ガタッと音がして、扉がゆっくり開いた。中から現れたのは、長い黒髪をポニーテールにした女性――中学1年から今の中3まで、私たちの担任を務める桐野美弥先生だった。

 彼女の手には、バールが握られている。少し汗ばんだ額と、緊張した表情。

 でも、先生の落ち着いた瞳は、いつも通り私たちを安心させてくれた。

 

「菫、理沙……無事だったのね!」

 

 桐野先生の声には、安堵と疲れが混じっていた。彼女はバールを下ろし、軽く息をつく。私は胸が熱くなる。

 

『先生、生きててよかった……!』 

 

 純粋な喜びが、恐怖を少しだけ押しやる。理沙が笑顔で話しかける。

 

「先生! よかった、会えて! でも、どうしてここに?」

「昨夜、校舎に残って書類整理してたら……あの騒ぎよ。ゾンビがうろついてて、隠れてたの。あなたたちは?」

 

 先生の言葉に、私は昨夜の恐怖を思い出し、身震いした。能力で見た、血と悲鳴の光景が頭に蘇る。でも、理沙がすぐに状況を説明し始めた。

 

「実は、学園長さん――日比野さんから、電話で情報もらったんです! この街、ウイルスが漏れてゾンビが溢れてるって。脱出するには、15km先の総合病院のヘリポートに行くしかないんです。ヘリコプターで街から出られるって! でも、3日以内にしないと、滅菌作戦で街が爆撃されるって……」

 

 理沙の声は力強いけど、言葉の重さに先生の表情が引き締まる。私は槍を握りながら、そっと付け加えた。

 

「日比野さんが……私たちならできるって。先生、一緒に、行きませんか?」

 

 私の声は少し震えた。気弱な私が、こんな提案をするなんて、自分でも驚いた。

 でも、先生が一緒なら、きっと心強い。能力のことは言えないけど、私の「勘」で導ければいい――そう願った。桐野先生は一瞬考えるように目を閉じ、バールを握り直した。

 

「そうね……私も、ここでじっとしていても仕方ない。あなたたちと一緒なら、可能性があるわ。行きましょう、総合病院へ」

 

 先生の決断に、私の心が軽くなった。

 

『先生がいてくれるなら、もっと強くなれる……! でも、能力は絶対に秘密。理沙と私の約束だもの』 

 

 理沙が棘バットを軽く振り、笑顔を見せる。

 

「よし、決まり! 菫の勘で道を探して、私のバットでゾンビをぶっ飛ばす! 先生も、バールでガンガン行っちゃってください!」

 

 先生が小さく笑い、バールを肩に担ぐ。

 

「ふふ、理沙らしいわね。菫、道案内は任せたわよ」

 

 私はうなずき、レーダーをそっと展開する。

 

『3人で、病院まで。絶対に、生きて脱出する!』 

 

 心の中で日比野さんとの約束を繰り返し、恐怖を押し込めた。能力を隠しながら、でも確実に道を見つけ出す。

 理沙の背中、先生の落ち着いた瞳――それが、私の純真な心を勇気で満たした。玄関への廊下を、3人で進み始めた。希望はまだ、ここにある。

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