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第2章:希望の電話と燃える決意

 

 朝7時。学園長室の窓から差し込む薄い朝日が、埃っぽい空気をぼんやりと照らしていた。

 私は、ソファに体を沈め、膝を抱えて座っていた。隣の理沙も同じく、疲れた顔でテレビの画面を見つめている。画面には、繰り返し流れるニュース。ゾンビパニックの映像が、豊栄町の惨状を映し出す。

 

 血、叫び、崩れゆく街並み――昨夜の悪夢が、頭の中で何度もリプレイされる。数時間前まで校庭に響いていたクラスメイトの悲鳴、先生の叫び声。それが止んだ今、代わりに聞こえるのは、遠くで断続的に響くゾンビの呻き声。低く、うめくような、不気味な音が、静寂を切り裂く。

 

『どうしてこんなことに……みんな、どこにいるの? 生きてるの?』

 

 私の心は恐怖と不安で締めつけられていた。純真無垢な私は、こんな残酷な現実を耐えきれそうになかった。能力で周囲をスキャンすると、学園全体にゾンビの気配が点在しているのがわかる。いつもは半径5メートルくらいに抑えている能力を酷使したせいか頭がずきずきする。

 昨夜、理沙と交互に番をして、ほとんど眠れなかった。目が乾き、体の芯に重い疲労が溜まっている。涙がまたにじみそうになる。

 

『私、気弱で何もできない……怖いよ、理沙……』

「菫、大丈夫だよ……きっと、助けが来るよ」

 

 理沙が私の肩に手を置いて、励ましてくれる。でも、その声にはいつもの明るさがなかった。

 彼女の目にも疲れが滲む。棘バットを膝に置いたままの理沙は、いつもみたいに力強く笑えない。

 お人好しで、どんな時も前を向く理沙が、こんな風に覇気を失っている。それが、私の不安をさらに大きくした。

 

『理沙まで弱ってる……私、守られてるだけじゃだめなのに……』

 

 そんな中、突然、学園長室の固定電話が鳴り出した。

 

「ひゃっ!」

 

 私は体を震わせて飛び上がった。心臓が喉まで跳ね上がるような衝撃。電話のベルが、静かな部屋を鋭く切り裂く。理沙も目を見開き、電話を睨む。外はゾンビだらけなのに、誰が? 恐怖が全身を這う。

 

『まさか、ゾンビが……? いや、そんなわけないよね……』

「理沙……どうしよう……出る?」

 

 私の声が震える。理沙は深呼吸をして、恐る恐る受話器を取った。

 

「……はい、もしもし?」

 

 彼女の声は緊張で硬い。数秒の沈黙。次の瞬間、理沙の顔がぱっと輝いた。

 

「日比野さん!? 」

 

 私は耳を疑った。理沙は急いでスピーカーボタンを押し、私にも聞こえるようにした。電話から響いたのは、間違いなく日比野菜緒さんの声。両親が死んで親戚に引き取られて離ればなれになるところだった私たちを引き取ってくれた育ての親のような存在、学園長さんの優しく、でもどこか疲れた声。

 

「理沙、菫、無事でよかった……本当に、無事で……」

 

 その声を聞いた瞬間、私の胸が熱くなった。涙が溢れ、頰を伝う。

 

『日比野さん……生きてる、声が聞こえる……!』 

 

 安堵が体を包み、昨夜の恐怖が一瞬だけ溶けていく。日比野さんの声は、私の心を包む毛布のようだった。彼女は落ち着かせるように、ゆっくりと話し始めた。

 

「二人とも、怖い思いをしたわね。でも、落ち着いて聞いて。あなたたちは私の大事な娘たち。絶対に守るから、信じて」

 

 その言葉に、胸が震えた。日比野さんは、元教え子で政府に顔が利く官僚から情報を得たと言い、脱出のための重要な話を始めた。

 

「この街は、国営の感染症研究所からウイルスが漏れ出したせいで隔離されたの。謎の感染症よ。空気感染や飛沫感染の可能性は限りなく低い。でも、噛まれたり、傷口に感染者の体液がかかったりして直接ウイルスが入ると、感染してしまう。そして、ゾンビのようになってしまう……」

 

 私は息を飲んだ。能力で捉えたあのフラフラした人影――血の匂い、乱れた動き、異常な体温――が、頭に蘇る。

 

『ウイルス……研究所……映画みたいなことが、本当に……』 

 

 恐怖が再び胸を締めつける。でも、日比野さんの声がそれを抑えてくれる。彼女は続けた。

 

「脱出するには、学校から15km離れた総合病院に行くしかないわ。あそこにヘリポートがある。ヘリコプターで街から脱出できる。でも、期限は3日以内。それ以降は、救助を断念して、滅菌作戦が行われる。街全体を……爆撃して、ウイルスを根絶するの」

 

 滅菌作戦。爆撃。その言葉が、氷のように心を刺した。3日以内――今、朝7時。残された時間はあまりにも短い。街が燃え、すべてが消えるなんて、想像しただけで体が震えた。

 

『爆撃……私たちも、みんなも、消えちゃうの? そんなの、嫌だ……!』 

 

 涙が止まらず、視界がぼやける。日比野さんの声が、希望の光のように響く。

 

「あなたたちなら、きっとできるわ。菫の知恵と冷静さと理沙の強さで。無事に脱出して、私に会いに来て。約束よ」

 

 電話が切れた瞬間、部屋に重い静寂が落ちた。でも、それは昨夜の絶望的な静けさじゃなかった。

 私の心に、熱いものが灯り始めた。理沙が私の手を握り、目を覗き込む。彼女の目にも涙が光るけど、そこには力が戻っていた。

 

「菫……まだ、チャンスがあるよ。日比野さんに会えるよ! 私たち、絶対に生きて脱出する!」

 

 理沙の声が、部屋中に響く。その力強さが、私の気弱な心を突き動かした。

 

『そうだ……まだ終わってない。日比野さんが待ってる。理沙がいる。私には、能力がある……!』 

 

 涙を拭い、私は立ち上がった。体は疲れている。能力の負担で頭が重い。でも、心の奥で燃える決意が、すべてを凌駕した。

 

「理沙、私……怖いけど、行くよ。病院まで、15km。ゾンビだらけでも、私のレーダーで道を見つけ出す。理沙のバットで、道を切り開く。絶対に、日比野さんに会うんだ!」

 

 私の声が、初めて力強く響いた。理沙が目を輝かせ、大きくうなずく。

 

「それでこそ、菫! よし、行くぞ! 私たちの力で、この地獄をぶち抜く!」

 

 彼女が棘バットを握り、立ち上がる姿は、まるで英雄のようだった。

 私は理沙の手を強く握り返した。外の呻き声が聞こえても、もう怖くなかった。

 日比野さんの声が、私たちの心に火を灯した。15km先の希望――総合病院のヘリポート。それを目指す決意が、私の純真な心を、燃えるような勇気で満たした。

 

『日比野さん、待っていて。私たち、絶対に生きて、会いに行くから!』

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