第9話 帰還とさらなる勘違い(英雄譚が広まる)
森での狼遭遇――偶然が重なり、どうにか生き延びた俺たちは、夕暮れ時にようやく領主館の門へと戻ってきた。
身体は無傷。いや、正直俺は転んだり叫んだりしていただけだが、それでも三人娘がしっかり護ってくれたおかげで無事だった。
――そのはずなのに。
「おおっ! 無事に帰ったか!」
「よくぞ狼の群れを退けた!」
「さすがは異邦の青年だ!」
門をくぐった瞬間、待ち構えていた兵士や使用人たちが、一斉に俺たちを迎えた。
いや、なんでそんな英雄凱旋みたいな空気になってんだよ。
「えっ、いやいやいや! ちょっと待って! 俺は別に――」
否定しようとしたが、リサが元気よく胸を張って叫んだ。
「悠真さんが、私たちを守ってくれたんです!」
「はぁぁ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげた俺を無視して、兵士たちは「やはり勇敢だったか」とうなずき合う。
さらにセレナが厳かに言葉を重ねる。
「偶然ではありません。すべては必然……悠真さんは導かれたのです」
「導かれてねえよ! 転んだだけだよ俺!」
ツッコミ虚しく、ミリアまでが冷静に断言した。
「彼がいなければ、私たちは助からなかった。それは事実」
――おいおいおい。
三人揃って俺を英雄に祭り上げるのはやめろ!
領主館のホールに通されると、領主代理を務める執事長が俺をねぎらった。
「よくぞ無事に。……まさか狼の群れを退けるとは。あなたが異邦から来たという噂も、もはや疑う余地はありませんな」
「いやいやいや、誤解です! 本当に俺、なにもしてなくて……」
「謙虚さまでもお持ちとは、恐れ入りました」
「ち、違うってば!」
俺の必死の否定はすべて「謙虚さ」と「武人らしい控えめさ」として解釈され、拍手と賞賛が飛び交う。
……いやホント勘弁してくれ。
数日後。
俺は食堂で昼飯を取っていた。すると――。
「お兄ちゃん、狼をやっつけたんだよね!」
「かっこいい!」
近所の子どもたちが目を輝かせて話しかけてきた。
おい、早速町にまで噂が広がってるのか!?
「いや、俺は別に……」
「照れてる! やっぱり勇者様だ!」
……全然話を聞いてくれない。
さらに大人たちからも「いつでも店に寄ってください」とか「うちの娘を紹介したい」など、妙に厚遇される。
おかげで俺の居心地は最悪。
俺が欲しいのは静かで目立たない“脇役の暮らし”なのに……!
ある晩。領主館の大広間で「森から無事帰還祝い」が開かれることになった。
テーブルには豪華な料理、ワインの香り、煌びやかな照明。
俺は隅っこでこっそりパンでも齧っていようと思ったのだが――。
「悠真さん、こちらのお肉もどうぞ!」(リサ)
「ワインはいかがですか?」(セレナ)
「野菜も食べたほうがいい」(ミリア)
三方向からヒロインたちが次々に俺を取り囲み、皿を差し出してくる。
俺の席の周囲は、あっという間に豪勢な料理で埋め尽くされた。
「ちょっ、待て待て! 俺一人でこんなに食えねえって!」
三人の間には目に見えない火花が散っている。
リサは「一番尽くしたい」オーラを放ち、セレナは「運命に導かれし者」ムードを演出、ミリアは「冷静にして独占欲強め」な空気。
――やばい。これ、完全にハーレムの中心にされてるぞ俺。
宴が盛り上がる中、俺は心の中で必死に嘆いていた。
(……なんでだよ。俺はただの脇役でいいのに……。
森で転んだだけなのに……。
それがどうして英雄伝説になっちゃうんだよ……!)
人々の笑顔。ヒロインたちの視線。
すべてが俺を“物語の中心”に押し上げようとしている。
その補正は、もはや運命の強制力に近かった。
宴が終わり、俺は自室に倒れ込んだ。
窓の外からは、まだ広間の笑い声や歌声が聞こえる。
「……俺はただの傍観者でいたいだけなのに」
しかし、その願いは叶わない。
運命の歯車は、脇役であろうとする俺を嘲笑うように回り続ける。
そして――館の外では兵士たちがこう囁いていた。
「新たな英雄が現れたな」
「ああ、あの青年がきっと、これからの時代を変えていく」
……知らぬ間に、俺はまた一歩、物語の中心へと引きずり込まれていったのだった。




