第33話 旅の始まり
村を出てすぐの草原を、俺は一人で歩いていた。
空は高く澄み、太陽は容赦なく照りつける。
昨日まで村でのんびりしていた俺の体には、すでに汗が流れていた。
「……王都って、どっちだっけ?」
出発からわずか三十分でこの疑問。
いや、俺の頭に地図なんてあるわけがない。
村人から「街道をまっすぐ行けば王都に着く」と聞いていたはずだが……問題はどっちが“まっすぐ”なのか、ということだ。
結局、俺は「こっちだろう」と直感で進みはじめた。
脇役の勘? いいや、ただの自信過剰だ。
道すがら、牛車を引いている商人風の男に出会った。
麦わら帽子をかぶり、腰には帳簿をぶら下げている。
「おい、兄ちゃん。どこに行くんだ?」
「王都だ」
俺が胸を張って答えると、男は一瞬、ぽかんとした顔をした。
「……王都? そっち方向に行くと、砂漠しかねえぞ?」
「砂漠?」
俺の頭に、炎天下で干からびる自分の姿がよぎった。
「え、でも……たぶん、王都って裏道があるんだろ?」
「裏道? いやいや、王都へは西の街道一本だ。そっちは東、完全に逆方向だぞ」
「……なるほど。だが、俺はあえて裏道を行く」
「はぁ!?」
商人は心底驚いた顔をしていた。
けれど俺は気づかなかったふりをして歩き出した。
(俺は脇役だ……! だからきっと、王道ルートじゃなくて脇道ルートで物語が進むんだ……!)
そう、これは自己暗示。
俺はただ単に、道を間違えたことを認めたくなかっただけだ。
昼過ぎ。
木陰で休憩しながら、俺は村のみんなを思い出していた。
「リサは泣きそうだったな……。セレナは期待しすぎだし。ミリアは信じてくれないし……。クリスティア嬢は、約束とか言うし……」
あの四人の顔を思い出すだけで、胸がじんわりする。
脇役の俺に、あんな真剣な眼差しを向けるなんて。
だからこそ、余計に裏切りたくない。
「……よし、絶対に王都で会うぞ」
そう呟いて荷物を開けると、中に小さなお守り袋が入っていた。
見覚えがある。リサが持っていたやつだ。
たぶん、俺に気づかれないように忍ばせてくれたんだろう。
中を開けると、小さな薬草と、手書きの紙切れが入っていた。
《絶対に帰ってきてくださいね》
「……ったく」
俺は思わず笑ってしまった。
脇役にこんな重たい約束を背負わせるなっての。
その夜。
焚き火を囲み、簡素な干し肉をかじりながら空を見上げた。
「……寂しいな」
今までは誰かが横にいた。
リサの笑顔、セレナの知恵、ミリアの毒舌、クリスティアの気品。
それが当たり前になっていたんだな。
「ま、俺には似合わねえよな」
寂しさを打ち消すように、薪を放り込む。
パチパチと音を立てる炎が、俺の影を揺らしていた。
「……でもまあ、明日には王都も近づくだろ」
――そう信じながら、俺は眠りについた。




