第29話 宴と囁き 英雄と呼ばれる夜
「勇者殿のご帰還を祝して――乾杯!」
領主ガルド卿の力強い声が大広間に響くと同時に、杯が一斉に掲げられた。
悠真はその場の中心、どう考えても“主役席”に座らされている。
「いやいや……俺、全然活躍してないんですけど……」
心の中で泣きながら、無理やり差し出された杯を口にする。
芳醇な香りが鼻を抜け、熱い液体が喉を通る――ただ、胃のあたりはもうキリキリだ。
大広間には豪華な料理が並び、村人や騎士団が笑顔で談笑している。
そしてその輪の中心には、四人の少女たち。
「悠真さん、本当にお疲れさまでした!」(リサ)
「怪我がなくて良かったわ……」(セレナ)
「まあ、相変わらず“奇跡”体質ね」(ミリア)
「ふふ……やはり悠真さまこそが、私の運命の方ですわ」(クリスティア)
それぞれが杯を手にしながら、悠真を囲むように座っている。
ただし――その視線は互いにチラチラぶつかり合っていた。
「(な、なんで俺の周りが戦場になってるんだ……?)」
笑顔の裏でメラメラと火花が散るのを、悠真はただ震えながら見守るしかなかった。
「やっぱり勇者様は只者じゃねぇな」
「蒼紋剣が応えてるんだ、間違いねぇ」
村人たちはすっかり“勇者像”を作り上げてしまっている。
悠真は両手を振って否定したいが、この空気で口を挟む勇気はなかった。
そのとき――
「……だが、どこか影があるな」
「そうだな。あの目、どこか怯えているようにも……」
ごく一部の者だけが、悠真の表情を見て不安を覚えていた。
屋敷の廊下の闇に、フードをかぶった影が潜んでいた。
人々の笑い声を遠くに聞きながら、影は小さく呟く。
「宴……か。だがその笑顔も長くは続かぬ」
「勇者を名乗る偽物……その存在が、この地に災厄を呼び込む」
黒い瞳が、薄い笑みを浮かべていた。
「悠真さん、これ食べてください!」(リサ)
「あまり飲みすぎないでね」(セレナ)
「まったく……あんたはすぐ潰れるんだから」(ミリア)
「わたくしが介抱して差し上げますわ」(クリスティア)
四人娘に代わる代わる世話を焼かれ、悠真はますます居心地の悪さを覚える。
(俺は……本当に、このままでいいのか?)
脇役でいたいと願いながら、彼の胸に小さなざわめきが広がっていく。
――誰かの期待を、裏切っているのではないか?
その隙を狙うかのように、背後から囁きが届いた。
「……偽りの勇者よ。お前の座は、すぐに崩れる」
振り返った時には、誰もいなかった。
夜が更け、宴が終わるころ。
人々は酔い潰れ、眠りにつき、屋敷は静けさを取り戻した。
悠真は一人、夜風に吹かれながら中庭に立っていた。
「……俺は、本当に……どうすればいいんだ」
胸の奥に残る囁きの余韻が、眠りを拒む。
見上げた夜空の星は、まるで彼を試すかのように冷たく輝いていた




