28話 試練の森と偽りの勇者
「――悠真。そなたに、討伐の試練を受けてもらう」
重厚な声が屋敷の大広間に響き渡った。
領主ガルド卿は、いつもの堂々たる態度で悠真を見据えていた。
「はああああ!? なんでそうなるんですか!」
悠真は思わず素っ頓狂な声をあげた。
胃がきゅうっと縮むのが自分でもわかる。
嫌な汗が首筋をつたい、手は震えていた。
「王都からの使者も来る。この地に蒼紋剣の勇者が現れたと示す必要があるのだ」
「だから俺は勇者じゃないって言ってるのにぃぃぃ!」
必死の否定も空しく、周囲の騎士や村人たちは期待に満ちた目を向けてくる。
リサは拳を握りしめて「悠真さんならきっと!」と微笑み、
セレナは緊張気味に「無茶しないでね」と声をかける。
ミリアは「……また偶然で乗り切るんでしょうね」と皮肉を飛ばし、
クリスティアは「まあ、旦那さまのお披露目ですのね」と勝手に納得していた。
「……誰か助けてくれぇぇぇ!」
悠真の悲鳴は、大広間の天井に虚しく反響するだけだった。
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三日後。
村人や騎士団、領主一行に見送られながら、悠真は試練の森へ足を踏み入れた。
腰には例の古びた剣――いつの間にか《蒼紋剣》と呼ばれるようになった代物がぶら下がっている。
「悠真さん! 絶対無事に帰ってきてください!」(リサ)
「あなたならできるわ……信じてるから」(セレナ)
「失敗しても……まあ、私がどうにかしてあげるわよ」(ミリア)
「悠真さまの勇姿を、この目で見届けますわ」(クリスティア)
四人それぞれの言葉に、悠真の心臓は爆発寸前。
(いやいや! どう考えても死地に送り込まれてるだろこれ!)
胃を押さえながら、森の奥へと進んでいった。
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ガサガサ、と茂みが揺れる。
次の瞬間、狼型の魔獣が五体、鋭い牙をむき出しにして飛び出してきた。
「ひぃぃぃぃ!」
悠真は剣を抜くどころか、反射的に背を向けて全力疾走。
だが足がもつれて転倒、手から滑り落ちた剣が――運悪く、いや運良く狼の額に直撃。
ドガンッ。
狼はその場で痙攣して倒れ、他の群れも怯えて散っていった。
「……は?」
呆然と立ち上がる悠真。
茂みの向こうで見守っていた騎士たちはどよめいた。
「見たか!? 一撃だぞ!」
「やはり勇者だ!」
「いやいやいや! 転んだだけだから!」
悠真の否定は誰の耳にも届かなかった。
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森の奥。
黒いフードをかぶった数人の影が、その様子を遠くから見ていた。
「……見ろ、剣が反応している」
「だが奴自身に力はない。ただ“運命”が奴を動かしているだけだ」
「ならば利用できる。偶然も必然も、我らにとっては同じこと……」
不気味な笑いが木々に溶けていった。
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森の最奥。
悠真の前に現れたのは、全身を鎧のような筋肉で覆った巨大なオーガだった。
その咆哮だけで足がすくむ。
「……む、無理だろこれぇぇぇ!」
必死で逃げる悠真。
崖際をよろめきながら駆け上がり、バランスを崩して転倒。
ゴロゴロと転がった岩が崖下へ。
ドゴォォンッ!
岩は正確にオーガの頭に命中し、巨体が地響きを立てて倒れ伏した。
「え……俺、何もしてない……」
だが森の外で見守っていた兵や村人たちは大歓声を上げる。
「勇者様がオーガを討ち取ったぞ!」
「蒼紋剣が奇跡を呼んだのだ!」
「ちがぁぁぁう!」
悠真の声は、歓声にかき消されていった。
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森から戻った悠真を、四人娘が迎える。
「悠真さん……やっぱりすごいです!」(リサ)
「こんなに頼もしい人、他にいないわ」(セレナ)
「……本当に、トラブルに愛されてるわね」(ミリア)
「悠真さま……私を導いてくださいませ」(クリスティア)
熱を帯びた瞳で見つめられ、悠真の顔は真っ赤。
(やめてくれぇぇ! 俺はただの脇役なんだって!)
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夜。
屋敷の自室でベッドに倒れ込み、悠真は天井を見つめながら呻いた。
「……どうしてこうなるんだ……俺は舞台袖でのんびりしていたいだけなのに」
それでも頭に浮かぶのは、真剣な眼差しを向けてくる四人の姿。
リサの純粋な信頼。
セレナの優しい微笑み。
ミリアの皮肉の裏にある不器用な気遣い。
クリスティアの真っ直ぐすぎる好意。
胸がざわつく。
「……俺は……本当に、脇役でいられるのか?」
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屋敷の屋根の上。
黒フードの影が、悠真の部屋の灯りを見下ろしていた。
「英雄の名に縛られ、女どもに縛られ、やがて孤独になる……」
「そのときこそ、我らの手に落ちる」
風に乗って囁きが消える。
運命の歯車は、悠真の望みとは裏腹に着実に回り始めていた。




