第26話 揺れる想いと四人の火花
「――悠真様! お加減はもう大丈夫なのですか!」
朝から村を歩けば、どこからともなく声が飛んでくる。
畑仕事をしていた老爺が腰を伸ばして駆け寄り、
子供たちは木の枝を剣に見立てて「蒼紋剣だ!」と叫ぶ。
「い、いや……俺は大丈夫だけど……その、様付けはやめてくれると……」
必死に苦笑する悠真。しかし村人たちは聞く耳を持たない。
「勇者様が何を仰いますやら! あの魔物の群れを一太刀で薙ぎ払ったのは、ほかならぬ悠真様ではありませんか!」
「そうだそうだ! あの光、村の外からでも見えたんだぞ!」
「蒼い紋章の剣……本当に眩しかったんだ……」
――胃が、痛い。
悠真は胸を押さえてうめいた。
いつものことながら、この世界の人々は見たものをそのまま信じる。
自分では「ただ脇役で居たい」と必死に言っているのに、
どうして誰もそれを信じてくれないのだろう。
(俺はただの補正持ち、チートキャラでも主人公でもない。ただの脇役なんだって……!)
心の叫びは、朝靄に消えていく。
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一方、屋敷の中では――。
「悠真さん、また村の人たちに囲まれてましたね。……すごいなぁ」
リサは窓辺から外を見つめ、頬を赤らめていた。
彼女にとって悠真は、命を救ってくれた大切な人。
村人たちの憧れが、まるで自分のことのように誇らしい。
「……はぁ」
その隣でセレナが小さくため息をつく。
彼女の胸に去来するのは誇らしさではなく、焦燥感。
(私だって助けられた。何度も……。でも、悠真は誰にでも優しい。私だけに向けられたものじゃない……)
その優しさが嬉しくて、同時に切なくて、言葉にできない。
「ふん。騒ぎすぎね、みんな」
ミリアは腕を組んでそっぽを向いた。
けれど耳の先は赤い。
(……私だって、あいつに借りがある。忘れたくても忘れられない。
でも……そんなこと、今さら言えないじゃない)
「まあまあ。みなさま、嫉妬なさらなくてもよろしいのに」
最後に口を開いたのはクリスティア嬢。
彼女は余裕たっぷりの笑みを浮かべ、扇子で口元を隠す。
「結局のところ、悠真さまは私の婚約者候補であることに変わりはありませんわ。正式に王都から認められる日も近いでしょうし」
「なっ――!」
三人同時に立ち上がり、声を揃えた。
リサの瞳は揺れ、セレナの頬は真っ赤に染まり、ミリアのこめかみには青筋が浮かぶ。
その日以来、四人の間には目に見えない火花が散るようになっていた。
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「……で、だ。王都にはもう報告しておいたからな」
領主――クリスティアの父が、ワインを傾けながら悠真に告げた。
晩餐の席。煌びやかなシャンデリアの下で、悠真は絶句する。
「な、なにを勝手に報告してるんですかっ!」
「なにって、決まっておろう。蒼紋剣の勇者の出現だ。王家が無視するはずがない」
「だから俺は勇者じゃ――」
「ふむ。まあ表向きはそう言っておいてもよいが、いずれ勅使が来るぞ。覚悟しておけ」
――やめろぉぉぉ!
心の中で絶叫するも、声には出せない。
彼の必死の否定は、豪華な食卓の上で虚しく消えた。
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その晩餐の席は、やがて修羅場と化す。
「悠真さんは私のヒーローなんです!」
リサが両手を胸の前で握り、真っ直ぐに告げた。
「助けられたのは私も同じよ!」
セレナも負けじと身を乗り出す。
「……勘違いも大概にしなさい」
ミリアが低い声でつぶやく。
「ふふ。どちらにしても、正式に縁談が進むのは私ですわ」
クリスティアが優雅に微笑み、さらりと言い放った。
「「「――っ!」」」
リサ・セレナ・ミリアの三人が一斉に睨みつける。
そして同時に、互いにも鋭い視線を向けた。
空気がピシリと張り詰め、食卓の上で目に見えない火花が散る。
その中心にいる悠真は――ただオロオロするばかり。
「ちょ、ちょっと待ってみんな! 落ち着こう! 俺はただの脇役で――」
「「「「黙ってて!!」」」」
四重奏の怒号が飛んだ。
その瞬間、悠真の心は粉々に砕け散った。
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夜。
ベッドに横たわった悠真は、天井を見つめながら深いため息を吐く。
(俺はただ静かに暮らしたいだけなのに……なんでこうなるんだよ……)
脇役でいたい。
目立ちたくない。
けれど彼女たちの瞳を思い出すと、胸がざわめく。
リサの真っ直ぐな眼差し。
セレナの揺れる瞳。
ミリアの不器用な視線。
クリスティアの自信に満ちた微笑。
(……あんな顔をされて、どうすりゃいいんだよ……)
答えの出ない問いを抱えたまま、彼は眠れぬ夜を過ごした。
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そのころ、闇の中で――。
「女どもが争うのは好都合だな」
低い声が響く。
「いずれ奴は孤立する。孤立したとき、取り込むのは容易い……」
仮面の男が笑った。
その眼光は、まるで獲物を狙う獣のように鋭い。
「勇者の器に収まるのは、我らの望む結末だ」
闇の囁きが、夜の帳に溶けていく。




